第8話 泉のある迷宮

4層に降りると急に辺りが開けた。空間が大きくなるためか、灯の反射が少なく暗く感じる。広いわりに入り組んでいて岩陰から魔物が出てきても不思議ではない。


緊張しながら進んでいると、突然地面が揺れた。図書室で得た情報では地面を揺らす魔物はグランドキャットフィッシュだ。もしそうなら取り巻きとともに現れる。警戒していると、地面が揺れたまま、四方にシャドウバロウズが現れた。グランドキャットフィッシュの姿は見えない。


大きく揺れる地面にトワが膝をつく。魔弾を放とうとするが揺れで照準が合わない。シャドウバロウズは揺れに影響されないかのように近づいてくる。僕も立てなくなりそうだ。ふと思いついて地面を蹴る。そして宙に浮いた姿勢のまま4つの魔弾を放った。


シャドウバロウズは倒れた。だが地面の揺れは大きくなる。そしてまた四方にシャドウバロウズが現れた。トワが剣を構えるがその姿には力がない。地面を蹴る。魔弾を放つ。それを数回繰り返した。この揺れにモグラたちが引き寄せられているのであれば終わりがない。そう思い怖くなった。


ふと思いついて地面に向けて魔弾を放つ。少し揺れが収まった。魔弾を放つ。揺れが大きくなり、僕たちの足元の土が大きく盛り上がった。トワを抱えて飛びのくと同時に大きな魔物が現れた。グリズルマウルよりも大きい。だが、その皮膚は決して硬くはない。月光の剣で姿を現したグランドキャットフィッシュはもはや脅威ではなかった。


「ありがとう。助けられちゃった」


「そんなことはないよ。怪我はないかな」


「大丈夫。座っていただけだもん」


落ち込んでる様子のトワがお礼を伝えてくる。少し心配になって声をかけるが落ち込んだままだ。無理に続ける話でもない、そう思い先へ進む。



グランドキャットフィッシュを退けてホッとしていた。だから油断したのだろう。物音がした次の瞬間、影のように盗賊たちが四方から現れた。鋭い刃が灯を反射し、緊張が一気に高まる。


灯が届かないくらい広く、岩陰が多くある地形だ。オランドさんの言葉を忘れた訳ではない。だが、グランドキャットフィッシュを退けたことで気が緩んでいた。後ろに回られて気づかないなんて最悪だ。盗賊は前に8人、後ろに3人だ。トワを庇うように前へ足を踏み出す。


そのとき大きな影が降ってきた。その影が剣に絡まる。丈夫な網だ。動きが制限される。そう思っていると矢が飛んでくる。トワを庇うように身体を拡げる。だが十分ではない。僕に2本、トワに1本の矢が突き立った。そしてトワがしゃがみ込んだ。


「麻痺毒だ。死なねえから安心しな。もっとも死ぬより辛い目に合うかもしれないがな。特にそっちのお嬢ちゃんは。男は殺してアイテムを貰う。幸運の印を持っていたら見逃してやっても良いぜ」


真ん中にいる盗賊が嗤うように話しかけてくる。そして、周囲の盗賊が嬉しそうに嗤った。


気づかれていないが僕に麻痺は効いていない。アウウレア様からもらった守護の指輪だ。だけど剣や荷物に網が引っ掛かり上手く動けない。盗賊が嗤いながら近づいてくる。


トワと目が合う。トワは僕が動けるのに気づいたようだ。動かない手を小さく震わせ僕の網をその手に持つ剣で斬り始めた。盗賊がさらに近づいてくる。トワが網を切る。僕も自分の近くの網を切る。そして盗賊が間近まで来たとき、自由になった剣でその盗賊の首を斬った。


盗賊たちは何が起きたか分からないようで呆けている。その隙をついて後ろの盗賊3人の体を魔弾で貫く。そしてトワを庇うように、トワの前に立った。


「なんだお前。麻痺が効いていないのか。よくもやってくれたな。楽には死なせねえぜ」


盗賊たちは激高するが突っ込んでは来ない。きっと今まで弱いものしか狙ってこなかったのだろう。僕はサクヤから多対一の戦いを教えて貰っているんだ。盗賊の隙をついて僕はトワにアウウレア様の水を口に含ませる。そして僕も一口飲む。矢傷の痛みが無くなった。


トワが網を切って立ち上がる。盗賊は思い出したかのように向かってきた。魔弾、二人の男を貫く。二人の男を斬り捨てる。そしてトワが盗賊の頭を斬り捨てた。


「大丈夫?」


「ありがとう。この水のおかげでもう大丈夫よ」


「網を切ってくれてありがとう。おかげで助かったよ」


「力になれたのなら良かったわ。私も森でハルトに助けられたとき思ったの。守るだけじゃなく私が守られることもあるんだって。だから良い関係になれるかと思ってパーティを組んだの。でもグランドキャットフィッシュのときは自信を無くしたわ。私は全く役に立たなくて。


今回、少しでも役に立てて良かった。私もハルトの役に立ったんだって思えた。私も成長して勇者になるから頼ってね。私も頼るから」


「麻痺毒に侵されている中、人のために動けるなんて凄いことだよ」


トワが照れたように笑った。僕はいつも自分のことで精一杯だ。人のことを優先できるトワを見倣いたい。そう伝えたらトワはますます赤くなった。



暗闇の中、小さな灯を頼りに辺りを捜索する。盗賊の残りがいないか、盗賊に捕まっている人がいないかを確認する。そして岩陰の奥、盗賊の住処を発見した。


まずお金や幸運の印などのアイテムが目についた。盗賊が冒険者から奪ったものだろう。奥に進むと2名の女性が囚われているのが見えた。二人とも極度に衰弱している。僕が水筒を取り出そうとしたのをトワが止めて、ポーションを二人に差し出した。二人は虚ろな目でそれを飲み干した。


盗賊のボスの首、幸運の印などの貴重なアイテム、そして保護した二人の女性とともに僕たちは迷宮の入り口へと引き返した。


「噂には聞いていたが、やっぱりいたか。すまなかった。俺たちも迷宮の中まで対応することは難しいんだ」


「女性たちはどうしましょうか?それに回収したお金とアイテムもあります」

「ひとまず教会に行ってくれ。女性たちもだが、幸運の印は俺たちの手に余る」


衛士の言葉を受けて僕たちは教会へ行き、女性たちと幸運の印を引き渡す。教会ではすぐには判断がつかないからと言われ、女性とアイテムを預けて、僕たちはギルドへ報告に戻った。


ギルドは少し騒然としていた。僕たちが教会に寄っている間に噂が伝わったようだ。


「よく無事だったな。今までに片手以上のパーティが行方不明になっている。全てが盗賊のせいかは分からないが、あいつらのせいで間違いないだろう。調査結果が出たら褒章金が出るからまた来てくれ」


「分かりました」


「そういえば、属性の泉には行けたのか?」


「行く前に戻ってきました。囚われている人たちもいましたし、僕たちも少し怖く感じていたので」


「そうだな。それが良い」


受付で盗賊のボスの首を引き渡した時に、オランドさんが報奨金が出るようなことを言ってくれた。金額は分からないが、旅費には困らないでサクヤの仲間を探すことができるかもしれない。こんなときでも自分の都合を考えてしまう僕がいる。



「二人だけでも助けられて良かったのかな」


「僕たちは力不足だ。だから二人だけでも助けられて良かったんだよ」


盗賊が今まで餌食にしてきた人たちは将来のある冒険者たちだろう。宿に戻ったあと、やるせなさを感じてトワと僕は話をする。


やるせないが、それでも僕たちの力は小さい。気持ちは焦るが、今はできることをしていくしかない。それに一つ間違えたら、トワが網を切ってくれなかったら、きっと僕たちも名も知れぬ犠牲者の一人になっていただろう。


怖いと感じる。それでも僕はサクヤの仲間を助けに行きたい。怖いと思うのは当然だ。それをどう乗り越えるかがきっと重要なんだ。


「もっと鍛えないと。剣や魔法だけではなく、罠を見抜いたり危険を察知する支援術もね」


「ハルトは前向きだね。ありがとう。私も少し元気になれたよ」


僕の独り言にトワが返事を返す。トワも怖いと感じているのだろう。


「トワはまずは勇者になって僕を守ってよ。真っ直ぐに勇者を目指すトワはとても素敵だから。僕は薬草採取専門だったから生産術にも適合しやすいし、採取のときに周りを警戒していたから支援術も身につきやすいはずなんだ。だから残りは僕に任せて」


「う~ん。分かったわ。そう言われたら勇者を目指して頑張るしかないわね。頼りにしているわよ」


「僕も頼りにしているよ」


トワは怖がらずにまっすぐ伸びて欲しい。僕はトワほど強い理由で賢者を目指している訳ではない。空虚な憧れがあるだけだ。それにサクヤの仲間を助けるには様々な技術を身に着ける必要がある。トワに伝えると、トワは迷いながらも嬉しそうに頷いた。



「報奨金が出たぞ。1億バルだ。教会からの褒章も含めてだがな。幸運の印が6つあっただろう。それが大きかった。本来盗賊を倒して得たものは自分のものにしても良かったんだぞ。1億バルは大きいとはいえ、幸運の印6つと比べるとかなり少ない。教会は最初渋ったようだが、さすがに体面もあり切りの良い1億バルになった」


「女性たちはどうなりましたか?残りのお金が多少でも女性たちの役に立てば嬉しいです」


「それなら大丈夫だ。幸運の印を受け取るんだ。教会が責任をもって面倒を見ることになった」


「なら良かったです」


「お金はどうする。手持ちはお勧めしない。ギルドに預けるか」


「はい。それでお願いします。僕とトワで半分ずつに分けることはできますか?トワもそれで良いかな」


「私が半分貰ってよいの?ハルトの方がずっと活躍していたのに」


「もちろんパーティだからね」


「分かった。半分ずつで預けておく。預かり証を発行するからちょと待っていてくれ」


「分かりました」


翌日冒険者ギルドに顔を出すとオランドさんが手招きしていた。そして別室で報奨金を受け取り、女性たちの話を伺った。1億バルの半分5千万バルだけでも僕には見たこともない大金だ。数年間の旅費にはなるだろう。女性たちが立ち直る機会を得られるのであれば、それで十分だ。そう思い僕は話を続けた。


「一つお願いがあるんです。支援術、気配を探ったり罠を発見したりすることを教えてくれる方を紹介していただけませんか?冒険の安全を確保したくて」


「確かにな。いつも盗賊たちを撃退できるような幸運がある訳では無い。避けられるのなら避けた方が良いだろう。そうだ探索術に長けたヤツがギルドで指導者をしている。割高だが個別に習うこともできる。どうする?」


「せっかくなので個別にしてください。少しお金に余裕ができたので」


「じゃあ今日でも良いか。どちらにしろ迷宮は今日は使えない。他に盗賊がいないか冒険者と衛士が協力して内部を探索しているんだ。ちょうど良いだろう」


「トワは?」


「私も受けてみる。習得する自信はないけど、私も知っておいた方が良いと思う」


「それじゃあ声をかけてみるよ。盗賊を倒したお前たちの評判は良い。時間が空いていれば受けてくれるだろう」



それからしばらくして僕たちはギルドの訓練場に呼ばれた。フロストヘイブンでは使ったことは無かった。100メートル四方ぐらいの平地に屋根が付いた簡単な構造をしている。その中でみんなが真剣な表情で剣を振り魔法を放つ。確かな緊張感が感じられる。


「カイルだ。よろしくな」

「ハルトと言います。よろしくお願いします」

「トワです。よろしくお願いします」


支援術を教えてくれるカイルさんと挨拶を交わす。初老ながらも鋭い目つきで僕たちを見つめている。すでに何か始めているのだろうか。


「トワは分かりやすいな。剣が得意だろう。ハルトは難しいな。重心もブレない。剣ダコもある。だが魔法も使えそうだ」


「合っています。なんで分かるんですか」


「支援の基本は観察だ。気配探知であれ罠外しであれ観察が重要になる。そしてそれは戦いでも使えることを知って欲しかった。


なぜ分かったかだが、お嬢ちゃんは姿勢が剣士のそれだ。そして予備の剣を持っている。魔法剣士だと少しでも身軽になるために予備の剣を持たない奴が多い。持っていても短剣くらいだろう。


坊主の方はそうだな。重心のブレもなく剣ダコができている。剣の技術もそれなりだろう。ただそれよりも周囲を観察するクセが気になった。剣士の目ではなく危険がないかを確かめる目だ。後衛職だろう。支援術が得意なのかと思ったが、今習いに来ているからそれはない。消去法で魔法使いだよ。正直分からなかった」


「今は剣も魔法も使えますが、一か月前まで薬草採取で生計を立てていました。周囲を伺うのはその時のクセですね。凄いです」


僕たちの得意なものをいきなり当てられた。確かに観察は重要だ。僕もカイルさんを見つめるが、目つきが鋭い以外のことは分からない。


「坊主たちはまず気配探知と罠外しが知りたいんだな。気配探知は難しい。目ではなく耳で鼻で、すべてを使って観察するんだ。変な音が紛れていないか、変な匂いがしないか。洞窟で過ごしている盗賊たちならきっと臭いで分かるだろう。

上級者になると触感、風の流れから違和感を読み解く。探索術は違和感を感じるところまでをしっかりやろう。違和感さえ感じられれば、あとは実践で覚えていけば良い」


カイルさんの説得力のある言葉に僕たちは深く頷いた。 カイルさんは2枚の布をふところからとりだし、それを僕たちに渡した。


「目隠しだ」


「目隠し…?」


「そうだ。耳や鼻を活かすためには目が邪魔をする。逆に目が見えないときに、他の感覚を研ぎ澄ませられるかが生死を分ける」


カイルさんの言葉に僕たちは目隠しをする。そして深く息を吸い込み神経を集中した。


「まず、俺が歩き回る。俺が止まった位置を当ててみるんだ」


カイルさんがゆっくり歩きだす音が微かに響く。土を踏む音、衣擦れの音などを頼りにカイルさんの動きを探る。


「そこ」

「惜しいが外れだ。感覚をもっと信じてみろ」


僕は指を差すが、カイルさんの声が背後から響く。数度の試行錯誤の末、僕ははついにカイルさんの位置を正確に捉えることができた。


「さすがだな。坊主は薬草採取の時に辺りの様子を気にしていただろう。もともと音で捉えていたのかもしれない。嬢ちゃんの方はまだまだって感じだな」


「はい。正直分かりませんでした」


「普段から観察を意識することだ。一流の剣士になるためにも必要なことだぞ」


カイルさんが感心したように僕を褒めてくれる。そして音を捉えられなかったトワにも戦いにも役に立つことを示唆してくれる。


「匂いはそうだな。ギルドの建物の方を向け。そして匂いを嗅いでみろ。その次にあそこで訓練している奴らの方を向け。最後に魔法を扱っている奴らの方を向いて匂いを嗅いでみろ。違いが判るか」


「ギルドからは食事の匂いがしました。そして訓練している人たちからは僅かですが汗のような匂いを感じます。魔法を扱っている人たちからは焦げくさい感じの匂いでしょうか」


「そうだ。その違いを知ることが重要だ。今は風がないが街の外に出ると風も吹いている。三方からの匂いを嗅ぐことは難しい。だから匂いの変化に敏感になれ。そして風下の匂いは感じられないから目や耳でカバーすることを心掛けろ」


カイルさんの教えは参考になる。風の流れも大事なんだ。目を閉じて風の流れも感じてみる。人が動いているのだろうか、ときどき流れが乱れる感じがする。目を開けるとトワが楽しそうに僕を見つめていた。


「次は罠外しだな。これは単に罠を無効化するだけでなく、その仕組みを理解することが重要だ」


カイルさんは簡単な木製のトラップを組み立て、それを解くよう僕たちに指示する。僕たちは慎重に罠のパーツを触り、バネの力や仕掛けの意図を読み解こうとした。


「大きな罠も小さな罠も仕掛けはだいたい一緒だ。だから違和感を感じることがまず重要だ。外せないと思ったら無理に外さず近づかないこと。無理して外すよりはずっと良い。その罠は持って帰ってよいぞ」


気がつくと陽が傾き始めていた。集中していたから分からなかったが、カイルさんは初心者の僕たちに辛抱強く教えてくれたのだろう。金額と見合っていないが大丈夫なんだろうか。


「「ありがとうございました」」


「お前さんらが盗賊を退治してくれたお礼じゃ。二人とはいえ冒険者が、俺たちの仲間が助かったんだ。よくやってくれた」


僕たちのお礼にカイルさんの鋭い目つきが緩む。そして人が好さそうな顔になって僕たちにお礼を伝えてきた。表情を変えることも一つのテクニックかもしれない。頭を掻きながらギルドの建物へカイルさんを見てふと思った。

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