11話 甘美な香り
「今食べたいのを当ててあげましょう。それはズバリ……!」
レインが自慢げにかけていない眼鏡をクイッと上げる動作を取り、片目を閉じて宣言する。
「ズバリ……?」
「肉汁がたっぷりと詰まった、骨付き肉!」
私達三人は戦慄した。
やはり楽園到達者、頭もキレる。
驚くように拍手して感心していると、流石に少し恥ずかしかったのかレインが頭に手を置いて苦笑いをしていた。
しかし、私達の頭の中は既に肉のことで頭がいっぱいだった。
秘境探索は本当に持っていく物の効率が最重要とされる。
嗜好品などもっての他。
生存率が数%でも上がる物と入れ替えられるのが鉄則である。
それに加えて前人未到と言われていた楽園への探索とあれば、致し方ない犠牲となるのだ。
久しぶりの動物性タンパク質を目の前に、
もう我慢の効かなかった私達は逸る気持ちを必死に取り繕ったつもりで案内を頼む。
きっとレインも楽園に到着してから並べられている美食を前に必死に我慢したことだろう。
「早く行きましょう! 置いて行くわよ!」
私よりも更に先頭をウキウキで歩いているのはイリーナだった。
余程我慢続きの探索をしていたのだろう。
追いかけるように、私達は後を駆け足で追いかけていく。
今までの疲労感を感じさせない軽い足取りは、きっと端から見ても違和感を隠し切れなかった。
店の前に到着する。
大きな黄色い看板には、楽園の外と同じ言語でシンプルに「食事処・エデン」と書いてある。
レインが店の引き戸を開けて入るのを追いかけると、
すぐに本能に訴えかけてくるような甘美な香りが鼻腔を抜けていく。
表情が思わず緩むのを手で押さえながらイリーナは既に四人が囲めるだけの机に腰かけてスタンバイしている。
フレイルが少し呆れながらも座席に向かい料理が運ばれてくるのを待っていると、
火の光りで顔が照らされている料理長と思われる人物と目が合う。
すぐに目を逸らされてしまったが、少し距離がある私が座っている机まで聞こえるくらい大きな声で
「もうできるから少し待ってな」
と優しく声をかけてくれた。
運ばれてきたのは想像よりも立派な骨付き肉の山。
香しい肉の香りは本能に直接訴えてくるような危険な匂い。
もう我慢する必要もない。
口の中はもう唾液が洪水のように溢れ出てきている。
「待たせたな。レイン嬢ちゃんには普段から世話になっているんだ。
思う存分食べな! それにしたってレイン嬢ちゃん。ここにくるのは久しぶりだったか?」
「そうだね。ちょっと久しぶりかも。
またここに何度か世話になるね」
「おう! いつでも待ってるぜ。ってもう食ってるな……!
いい食べっぷりじゃねえか! お前さん達!」
まるで数週間ぶりの食事をするかのように、
私は必死に焼かれた骨付き肉にかぶりついていた。
歯に肉の表面が食い込んだ時に出る「パリッ」っという軽快な音から
押し返してくるような中身の詰まった肉本来の噛み応えが頭を揺らすような感覚。
噛んだ傍から溢れんばかりの油の甘みが更に追い打ちをかけてくる。
私は涙を滲ませながら自然と
「幸せすぎる……」
と口にしていた。
私が一つ食べ終わる頃、一番楽しみにしていたイリーナはもう更に二本の骨が置かれており、あまりの早さにフレイルに笑われていたが、そんな些細なことは気にもかけずに三本目に手が伸びていた。
「レインは食べないの?」
「私はみんなよりも早く済ませてきたから大丈夫。取ったりしないからゆっくり食べて」
「そっか、ありがとう!! でも食べたくなったらいつでも食べていいからね」
「わかった」
レインの表情は懐かしい過去の自分を見ているかのように、優しく微笑んでいた。
満足に食事も済んだところで料理長にお礼を残して店を出ると、
街の人達が一定の方向へ全員が駆け足で集まって行く。
「何だろうね?」
私は満腹感から気の抜けた表情で人の流れを見ていたが、レインの表情は険しかった。
「まさか……」
「どうしたの?」
少し間が空いてから、レインは唇を強く噛んで人の方向よりも逆側へ歩みを進める。
「ううん、何でもない。人が集まっているなら今のうちに宿を抑えに行こう。
おすすめは私が今泊っているところだよ。さっ、早く早く」
私達は促されるままにレインが寝泊まりしている宿へ、街の人達が歩く方向とは反対側へ歩を進めた。
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