第51話「もう一人の被験者」
美咲の演奏がクライマックスに達しようとした時、画面が切り替わった。
別の部屋。同じような防音室。だが、ピアノはない。
代わりに――椅子に座った一人の男性。
25歳くらい。黒い髪。細身の体格。黒縁眼鏡。
そして、その顔――
凛は息が止まった。
「お父さん……」
写真で見たことがある。母が一枚だけ持っていた、若い頃の父の写真。
その顔と、画面の中の男性の顔が一致した。
これは父だ。佐々木隆。凛の父。
「これが――」
美波が驚いて言った。
「凛のお父さん……?」
凛は頷くことしかできなかった。喉が詰まって、声が出ない。
涙が溢れそうになった。ぐっと堪える。
父。10歳の時に失踪した父。その前の記憶もほとんどない。
でも今――目の前に父がいる。
25歳の若い父が。生きている父が。
隆はマイクの前に座っていた。NEUMANN U87。美咲の部屋と同じマイク。
そして――話し始めた。
「僕は――1974年、東京で生まれました……」
父の声。
初めてちゃんと聞く父の声。
低くて、優しくて、でも少し震えている。
隆は自分の人生を語り始めた。生まれてから今まで。すべてを。音として。記録として。
凛は一言も聞き逃したくなかった。
父のことを何も知らなかった。でも今、父が自分で語っている。
自分の人生を。思い出を。感情を。すべてを。
画面の隅のタイムコードが進んでいく。
「1999.12.4 00:15」
「1999.12.4 00:30」
「1999.12.4 00:42」
73分間。父は話し続けた。
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