学園最弱冒険者の俺、五十年間魔力だけを鍛え上げた仙人が憑依したので、現代ダンジョンで最強をぶちかまします

甲賀流

第1話 最強の仙人、現代へ


 ここは……どこだ。


 長い間、山の奥で瞑想しすぎて、自分の意識が今何処にいるのか分からない。

 

 五十年だ。

 俺、八雲澄明(やくもちょうめい)は五十年間、山奥でただ魔力を鍛えるだけの修行を続けてきた。

 意識は常に静かで、揺らぎなど一度もなかった。


 だが今は違う。

 闇が蠢いている。

 胸の奥がざわついている。


 そして――聞こえる。


 助けて……やめて……痛い……。


 誰かの声だ。


 しかしこれは俺の声ではない。

 修行中の苦痛の声でもない。

 こんな弱さに満ちた声を、俺は人生で上げたことがなかった。


 だが、胸に刺さる痛みは、まるで俺自身のもののようだ。


 父さん、どうして……。

 借金、返さないと……。

 妹だけは、守らなきゃ……。


 冒険者なのに、弱くて、情けなくて。


 痛い……痛いよ、もうやめて。


 流れ込んでくる。

 誰かの後悔、苦しみ、絶望。

 あまりにも強い感情だ。


 これは……誰だ。

 なぜ俺の中へ、こんなにも深く入り込んでくる。


 この感情は俺のものではない。

 しかし、何かに訴えかけるように――必死さだけが、強烈に魂へ響いた。


 生きたい。

 妹を一人にしないで。


 その声が、ふっと途切れた。


 その直後、

 

 ――視界がぱっと開いた。


 逆さまだ。

 青空が地面に見えて、土と木の匂いが鼻を刺す。


 そして視界の下。

 つまり俺の頭の方に、学生服の男児が三人立っていた。


「九十九(つくも)、この学園にお前みたいなヘボはいらねぇんだよ」

「どの属性も適性なしとか、マジでウケるわ」

「お前ほんとに冒険者かよ?」


 笑い声。

 だがそれは楽しさではなく、弱者を踏みにじるだけの歪んだ笑いだった。


 どうして逆さなのかと視線を下げると、俺の足首が縄で縛られ、太い木の枝に吊られていた。


 つまり、俺は吊るされている。


 しかし九十九、とは誰のことだ?


 おそらく人違いなのだが、果たしてこれはどういう状況なのか。


「もう一発いっとくか」


 中央の少年が手を掲げ、赤い火球を生み出した。


 ほう、これは炎属性の初級魔法か。

 純度も悪くない。

 学生にしては筋がいいな。


「仁さんのフレイムボールだぜ」

「これAクラスにも通じるって」


 五十年間、山奥で瞑想し、魔力だけを鍛え続けてきた俺にとって、誰かが魔法を向けてくるなど初めてのことだった。


「フレイムボール!」


 赤い火球が逆さの腹に直撃した。


「……っ」


 熱い。

 だが痛みは、肉体に巡らせた魔力で容易に遮断できる。


 そして今この時、俺はピンと来た。

 これは……新しい修行なのだと。

 

「いいぞ、そこの男児たち! そうと決まればそのフレイムボール、魔力が切れるまでこの俺に、ぜひとも放って頂こう!」


 そうなんですよね、師匠?


「なんだこいつ……」

「仁さんの魔法効いてねぇぞ……?」

「頭いってんじゃねぇか」


 三人は後ずさる。


「どうした? そのような怪訝な顔をして。ほら、早く撃ってこい。お前たちも師匠の門下なのだろう? それならここで撃たねば、あとでキツイお仕置が待っているぞ」


 本当に師匠は加減を知らない御方。

 昔はよく飲まず食わずの飢餓状態で、命を落とす手前まで魔力を練らされたものだ。


 今となっては笑い話だが。

 

「まあいい。ここで縛っときゃ、どのみち再試験は受けられねぇだろ」


「そうですね。これでコイツは晴れてこの学園から退学ってわけだ」


「はっ、そもそもお前と仁さんが同じDクラスってのがおかしな話だったんだよ!」


 笑いながら、三人は俺に背を向ける。


「じゃあな、九十九くん」


 最後にそう言い残したのち、三人はこの場から立ち去ってしまった。


「なんだ、終わりか……?」


 拍子抜けだ。

 修行というのなら、むしろもっと続けてほしかったのだが。


 まあ終わったのなら、この縄もいらないか。


 俺は足元に魔力を巡らせた。

 縄はメリメリと音を立てて裂け、体は軽く地面に降り立つ。


「やってみれば、案外できるものだな」


 立ち上がり、あたりを見回す。


 校舎裏。

 制服姿。

 どう見ても学園だ。


「おかしい……俺は山奥で修行していたはずだが」


 一歩踏み出すと、体がやけに軽い。

 筋肉のつき方も、骨格も、自分のものとは違う。


 手を見る。

 細く、若い。

 十代半ばの男児の手だった。


「……なぜ俺はここにいる」


 ふと記憶を巡らせた。

 するとある景色が浮かび上がってきた。


 冬の木漏れ日。

 冷たい土の感触と山の匂い。


 痛みも恐れもない、穏やかな時間の中で、視界が黒く染まっていった。


 そうだ、俺は死んだんだ。

 五十年の修行の果てに、俺はただ静かに息を引き取った。

 

 その感覚だけは確かに覚えている。

 それなのに、今こうして立っている。


 理由は分からない。

 だが、何かが起きているのは間違いなかった。


「……まずは状況の確認だな」


 制服の裾を払って息を整えた。


 するとその時、バタバタと足音が近づいてきた。


「穂高! どこ行ってたの!?」


 女の子の声だった。

 俺は思わず身を固くした。

 山には女子などいなかったからだ。


 足音は俺のところまで一気に駆け込み、目の前の女子が目を見開いた。


「よかった……見つけた……って、えっ?」


 彼女の視線が俺の腹に向く。

 フレイムボールを受けた部分の服が黒く焦げ、裂けていた。


「穂高、そのお腹誰にやられたの?」


 彼女と目が合う。

 そして沈黙が流れる。


 その静けさが、逆に胸の奥に響いた。

 そこでようやく悟った。


 女子が……目の前にいる……。


 五十年、山で修行してきた俺が、女子と至近距離で向き合っている……。


 胸が妙に熱くなった。


「ありがとうございます、師匠。これが女子というものなのですね……」


 これは師匠からのご褒美に違いない。


 俺は静かに手を合わせた。


「……では、合掌」


「……えっ。……いや、えっ?」


 彼女が一歩退く。

 その顔は、明らかに困惑していた。


 なので俺は丁寧に頭を下げた。


「いや、実に貴重な体験をさせてもらったと……」


「いやいやいや、何が貴重なの? 穂高、いつもと全然ちがうよ……?」


 困り果てた彼女に、何と言葉を返せばいいか分からない。


 瞑想ばかりしてきたことが仇になってるようだ。

 実に……実に情けない……っ!


「それよりも穂高!」


 彼女がはっとしたように声を上げた。


「再試験! 先生も待ってるよ!」


「再試験?」


「そう! これ落ちたら本当に退学なんでしょ!?」


 退学。

 その言葉で理解した。


 どうやらこの肉体には、果たさなければいけない責務とやらがあるらしい。


「なるほど……では急ごう」


「うん、走るよ!」


 彼女は俺の袖をつかみ、校舎へと駆けだした。


 俺はその勢いに少し遅れながらも、まだ慣れない少年の体を動かし、その背中を追っていくのだった。




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