第7話 旅の途中、初の人間族
太陽が辺りを照らす頃、私は森から広大な草原に出る。
草原は風で揺れ、擦れる音が耳に入ってくる。
そんな、青い草原の上に立つ私は、袋から地図を取り出す。
地図を見る限り、道の先にはルーフと言う名前の町があるようだ。
「もう少し、移動してから休憩ね」
私は、地図をしまうと再び歩き出す。
町まで、時間はかかるだろうが、夕方には到着するだろう。
草原を進んでいくと、草原から雑木林に入る。 雑木林は、風の通りが良く、とても心地良い。
丁度言い大きさの、岩が目に留まる。
「……ちょっと休憩しようかしら」
私は、岩に腰かけると空を見上げる。 木々の間から、綺麗な青空が見え、小鳥が飛んでいる。
私は、袋から携帯食料を取り出す。 空腹は、いざと言う時に力を発揮出来ない。
「いただきます」
私は、食事をしながら、前方を見る。 風が吹き草木が揺れている。 まるで、私以外には誰もいないと錯覚する程に静かだ。
「……平和ね」
祭りで起きた出来事が、嘘の様に思える程にのどかだ。 今頃、村はどうなっているのだろうか。
私が村を出て、皆んなはどう思っているのだろう。
村長は、皆んなに何て説明をするのだろうか?
そんな考えが、頭の中で次々に出てくる。
「まぁ、そんな事を今更考えても、仕方ないか」
私は小さく溜め息を吐き、自分の歩いてきた道を見る。 遠くに、1人の人影がこっちに歩いて来ている。
種族は人間だろうか。 見た感じは、若い女性で黒いローブの様な服を羽織り、頭にも黒い頭巾の様な物を被っている。
彼女も、旅人なのだろうか?
私は、そんな事を思いながら女性を見ていると、背後から物音が聞こえてくる。
「………!?」
私は振り返ると、そこには髭を蓄えた人間族の男が立っていた。 髪もボサボサで後ろに結っている。
身に付けているのを見ると、傷だらけの燻んだ鎧を着込み、毛皮を腰に巻いている。
革や布は所々破れ、泥などで薄汚れており、腰に差した剣も抜き身のままで、所々刃こぼれが確認できる。
そんな彼が、私を見ている。
「……?」
髭の男は、私に近づいてくる。 表情は、何か緊迫した空気を感じる。
「なぁ、アンタ。 助けてくれ」
髭の男は、私に助けを求める。 どう言う事かしら?
「助けてって……一体、どうしたのかしら?」
「……向こうで、急に3人の野党に襲われちまって。 逃げたは良いが……逃げてる途中で、仲間が捕まっちまったんだ。 連れて行かれた仲間を助け出すのに、人手が欲しい。 どうか、手を貸してくれねぇか?」
「え? 仲間が? それに、野党って」
どうやら、彼の仲間の命が関わっており一刻を争うようだ。
彼も、弓を担いでいる私が戦えると見込んで頼んでいるのだろう。
もしかしたら、私しか頼れる者がいないのだろう。
さすがに、困っている相手に何もしないと言う酷なことはしたくない。
「分かったわ。 案内して」
「助かる。 こっちだ!」
男は、林の中を案内する。
♢
――ある程度、歩いた所で男は立ち止まる。
「あそこだ」
小さな、廃墟が1つ。 私は、周りを見渡す。
廃墟周りに、野党は居なさそうね。
廃墟に近づき、中の様子を見ると彼の仲間と思わしき人間が倒れている。 だが、屋内にも野党の姿が見当たらない。
もしかして、逃げた彼を追っていて留守にしている?
見張りも置かずに?
私は、何か違和感を覚える。
その、違和感の答えが出ないまま、私は出入り口の方に移動する。
地面には、昨日の雪の影響なのか、ぬかるんでおり幾つもの足跡が廃墟周りに出来ている。
その、色々な大きさの跡から、3人以上は出入りしているだろう。
「ねぇ。 野党って何人だったのかしら?」
「数か? 野党は3人だ」
「……そう言えば、そうだったわね」
私は、彼の足跡を見た後、ある質問をする。
「廃墟へ入る前に、もう1つ良いかしら? 貴方は、野党がこの廃墟に仲間を連れて行くを見たのよね?」
「ああ。 そうだな」
「その後、廃墟に近づいたりしたかしら?」
「は? 何言ってやがる? 遠くから確認して、廃墟には全く近付いてねぇよ」
「……」
私は、その言葉を聞いて、違和感の中身が分かった。
確かに彼は、私に”逃げている途中で、仲間が連れて行かれた”と説明していた。 それならなぜ、この廃墟の事を知っているの?
違和感は、言葉だけじゃないわ。 足跡もそう。 彼の足跡の大きさと靴底が同じ跡が確認できる。 それに、踵を擦って歩く癖も一緒だ。 偶然で終わらせるには、余りにも不自然だ。 私は、この髭男に質問をする。
「貴方……私に、隠してる事は無いかしら?」
「隠すって何だよ? 目の前に、仲間が居るんだから、早く中に入ろうぜ?」
「……貴方が、中に入りなさい。 私は、野党が帰ってこないか見張るから」
私がそう告げると、廃墟から離れようとする。
流石に不安要素があるこの状況で、廃墟に入るべきでは無い。
「お頭。 こいつ……もう気付いてますぜ?」
「!」
声がして、私が後ろを見ると、知らない男が廃墟の陰から現れる。 手には、大きな刃物を持っている。
そして、出入り口も開くと、小柄と大柄の男が出てくる。
「なんだよ。 せっかく捕まったとフリしてたのによ。 廃墟にはいらねぇのかよ」
「俺も、ドアの陰に隠れてたのによ。 やっぱ、お頭の演技はダメでしょ」
男はそう言いながら、髭男の方を見る。 彼らも、服は薄汚れており髪が乱れている。
大きな刃物を持った顔に傷のある男が、鼻で笑いながら口を開く。
「昨日、お頭の計画を聞いた時は騙される奴はいないと思ったけど、まさかエルフのガキが来るとは思わなかったぜ。 ただ、詰めが甘かったですがね」
お頭と呼ばれた、髭男が傷の男を睨む。
「うるせぇよ。 だれが、この小娘を連れてきたと思ってるんだ? あ?」
髭男は、他の人間達に圧をかけている。
私は、髭男を見る。
「……どう言う事?」
「どう言う事だって? こう言う事だよ。 お前みたいな奴を、誘い出す嘘だよ」
「……嘘」
周りの男達が笑い出す。 髭男は私を指差す。
その顔は、とても醜悪だった。
「もしかしたら、警戒して付いてこねぇと思ったが……本当に着いてきて驚いたぜ?」
小柄の男が、腰に手を当てて前屈みになる。
「そうだぜ? もっと相手を見てから動くこったな」
大柄の男が、私の前に出る。 服のサイズが合っていないのか、少し張っている。
「まぁ……とりあえず、武器を捨てて金目の物を置いてきな。 そうすりゃ命は取らねぇぜ?」
「……」
野党達は、この状況を楽しむかの様に笑う。 私は、そんな野党達を黙って見ている。 初めて出会った他種族が、こんな奴らと言うのがショックだった。
「おい。 何か言えよ。 黙っていてもつまらねぇじゃねえか」
小柄の男が、気持ちの悪い笑顔で言ってくる。
「良いじゃねぇか。 俺達にビビってるんだ。 おい、ガキ。 何も言わなくて良いから、さっき言った様にさっさと物を置きな。 コイツがキレて身に付けている物が傷ついて汚れちまったら、商品価値が落ちちまうからな」
大柄の野党は、私に指示をする。
だが、私は動かない。 動く気は全く無い。
行動に移さない私に苛立ったのか、顔に傷の有る男が、声を荒げる。
「聞こえなかったか? 身に付けてる物を脱げって言ってんだよ! それとも、俺達がガキには手をださねぇっと思ってんのか?」
そう言いながら、傷の男は、大きな刃物を私に向ける。
私は、野党達の出方を見る。 数で見れば私が不利だが、不思議と恐怖は湧かない。
「何だぁ? 本当に何も喋らなくなったな。 いっそのこと、裸にしちまうか?」
小柄の男は、私を上から下まで舐め回す様に見てくる。 それを、見ていた他の野盗達が反応する。
「出たよ、コイツの気持ち悪い行動が。 コイツは、相手が子供だろうと老人だろうと気にしねぇ奴だからな」
「本当に、気持の悪い奴だよ!」
そう言いながら、周りの野党達が笑う。
そんな中、大柄の男が溜息を吐く。
「話にならねぇ。 無理矢理にでもその装備、外させてもらうぜ」
私は、心の中で願った。 人間族全員が、こんな獣以下ではないと。
そして、呟く。
「――る」
「あ? 何だって?」
私は、もう一度今より大きな声で伝える。 正直、ショックと同時に怒りが込み上げている。
「畜生の汚い言葉に、耳が穢れるって言ったのよ」
「なんだと?」
大柄の男は、眉間に皺を寄せている。 これくらいで怒るなんて、体は大きくても、器は小さいみたいね。
「このガキ!」
男は、私の肩に手を置く。 このまま無抵抗なら、殺されるわね。 私が、無抵抗なら。
「……触らないでちょうだい」
「あ!? !?」
次の瞬間、私は男の腕を掴むと、そのまま地面に叩きつける。 叩き付けたと同時に、鈍い音が響く。
「がはぁ……!」
そして、素早くナイフを取り出し、柄の部分で男の顔面を殴打する。
「ぐがっ……!」
男は、体格に似合わない妙な声を発する。
突然の事に、周りの野党達は固まっている。
それは、当然だ。 彼らから見れば、大柄の男が小柄の少女に流れる様に、地面へと叩き付けられているのだから。
「私を、ただの無力な子供と考えたのなら、それは間違っているわよ?」
私は、掴んでいた大男の腕を放す。 私は、話したその腕を見て驚く。
「……え? なんで?」
私は、思わず声を漏らす。
なぜなら、大男の腕は骨が折れたのか、歪になっている。
私は、そんな力を出した覚えは無いし、そもそも腕を折る程の力は無い。
「……」
私の脳裏に、あの蛇が浮かんだ。 もしかして、黒霧の他にも私の体は、大きく変化しているのではないか?
そんな事を考えていると、周りの野党は状況を理解したのか各々が武器を取り出す。
「てめぇ! 自分でやっといて、え? なんで? は無いだろうが!」
「ふざけやがって! ぶっ殺してやる!」
小柄と傷の野党2人は、私に斬りかかろうする。
傷の野党の斬撃を躱すと、すかさず顔を掴む。 そして、廃墟の壁に叩き付ける。
「うがぁあ‼」
傷の男の顔が、壁にめり込んだ。
壁に当てる位の強さだったけど、まさかぶち抜くなんて。
もうすこし、加減をしなければ。 今後に生活に、影響が出てしまう。
「糞が! ぶっ殺す!」
もう1人が、両手に小型ナイフを持って接近する。 私は、手に持つナイフで攻撃を受け流す。
野党は、次の攻撃に移るが、私は手首を掴んで止めると、そのまま顔面に蹴りを入れる。
「ぶっ!」
蹴られた小柄の野党は、体を半回転させながら地面に倒れる。 体を痙攣させて動かなくなる。
「後は、貴方だけよ?」
私は、髭男にナイフを向ける。
髭男は、倒れた仲間を見る。
「お前を相手にするのは、少々厄介だ。 お前の動きを見た所、ただのガキじゃねぇな」
そう言いながら、髭男は片手を上げる。
一瞬、降参のポーズかと思ったが、その顔はどこか余裕を感じる。
そして、上げた手を振り下ろした。
「? 何、しているのかし……!?」
私が言い終わる前に、何かが顔横を横切った。
地面を見ると、それは一本の矢だ。
「これは?」
「オメェの力量を、見誤ってやり合う程……俺は、馬鹿じゃねぇ」
髭男は、不適な笑みを浮かべる。
「実はな、もう1人仲間がいるんだよ」
「もう、1人?」
私は、刺さっている矢を見る。
「ソイツは弓術士でな。 今、見えない位置から、オメェを狙っているぜ?」
「……」
「絶望で、声が出ねぇか? なら、そのまま死ねよ」
髭男は、手を上げて振り下ろす。
私は、男の合図と同時に地面を蹴って、身をひるがえす。 この時、矢が頬を掠るが、私は空中で弓矢を構える。
私は、地面に刺さった矢の角度から、弓術士が居るであろう方向に向く。
遠くの枝に、人影を見つけると、矢を放つ。
矢は、狙った通りに影を射抜く。 そして、影は木から落下していく。
それが、確認できたと同時に、地面に着地する。 私が、跳んでから着地までの出来事に、頭が追い付いていないのか髭男は固まっている。
そんな状況の中で、私は矢を構えて髭男に向ける。
「まだ、続ける?」
髭男は、抵抗の意志があるのか私に向かって走り出す。
「舐めるな!」
髭男は、隠し持っていたナイフを取り出すと、襲いかかる。
私は、男のナイフを矢で撃ち抜く。
「ぐっ!」
髭男は、弾かれた右手を押さえている。
「力量を、見誤ってやり合う程馬鹿じゃないと言ったそばから、挑んで来るなんてね」
追い詰められて、自暴自棄になった感じね。 狩でもそう、冷静さを失えば誰でも陥るのよ。
髭男は、後退りする。
「――ゆ……許してくれ! この通りだ!」
さっきの威勢が嘘のように、左手を出して、命乞いをする髭男。
どうやら、戦意喪失したみたいね。
「……私も、降参する奴を痛めつける趣味は無いわ」
「なら、見逃してくれるのか?」
「ええ。 仲間を連れて、私の前から消えなさい」
髭男は、私の言葉を聞いて安心したような表情になる。
「そりゃ、助かるぜ。 本当に良かった。 本当に……な!」
「⁉︎」
髭男は、右腕を大きく振る。
すると、私の顔に砂が飛んでくる。
「‼︎」
私は、目を瞑る。 目に砂が入れば、開けるのが困難になる。
奴は、地面に付いていた右手で砂を握って目潰しを計ったようだ。
奴の、走る足音が聞こえる。 どいやら、私が目を瞑って隙を見せたと思って接近している様だ。
「俺は、勝つ為ならどんな手も使うぜ! ガキが!」
髭男の、声が響く。 どうやら、勝ちを確信しているみたいだ。
私は、その方向に矢を放つ。
「‼︎ な、何だぁ⁉」
髭男の、悲鳴ともとれる叫び声が耳に入る。
私は、眼を開けて男の姿を確認する。
「は? あぁ! あぁああぁぁ……‼」
髭男は、何が起こったか解らず呆気に取られていたが、矢を撃ち込まれた痛みに叫びを上げている。
矢が、男の伸ばした手のひらを貫き、肩まで貫通していた。
曲げる事も出来ず、腕を伸ばしたまま両膝をついて、男は唸り声を上げながら私を睨む。
「うが……ぁ。 く……て、テメェ」
私は、片目を開けて髭男を見る。
「足音と声で、位置が丸分かりよ」
音は、重要な情報だ。 森で上手く隠れようが、暗い洞窟に居ようが、音を立ててしまっては相手に居場所がバレてしまう。
この男も、声を出しながら私に近づいていた。
そうなれば、相手がいるであろう場所を射れば良いだけ。
私は、男に近づくと首を掴んでそのまま小屋に投げつける。
髭男は、小屋の壁にメリ込む。
「全てにおいて、獣にも劣る奴らだったわ。 まぁ、あの状態でも攻撃の意思を崩さない根性だけは、認めるけど」
そう言いながら、私は当たりを見渡す。 動ける、野党は居ない。 私は、服の埃を払う。
想像以上に、時間を食ったわ。 早く道に戻って、町に行かなければ。
私は、来た道を戻ろうとする。
「あの数の野党達を倒してしまうなんて、エルフは凄いんですね」
「!?」
突然の声に私は驚き、咄嗟にナイフを構える。
もしかしたら、奴らの仲間かも知れないからだ。
「誰!?」
私は、声の聞こえた方を向くと、1人の女性が立っていた。
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