第6話 私の、出生 後編
私の見た夢の話を聞いた村長もキキばぁも、顔を合わせる。 村長は、小さく唸りながら腕を組む。
キキばぁは、村長から私の方に顔を向ける。
「アリスの話してくれた、夢の中の蛇に似た怪物が、何かは私には分からないけど……頭に響いた言葉。 それに、周囲に発生している黒い霧。 無関係だとは、思えないね」
キキばぁは、口元に手を当てる。 キキばぁの言う通り、私も何かしら関係していると考える。
村長も、腕を組んだまま、瞑っている眼をゆっくりと開ける。
「アリスよ。 この話は、夢の大蛇と関係があるか分からんのじゃが、“蛇繋がり”と言う事で聞いてほしい」
「……?」
「ワシがまだ、子供だった頃に、爺様に言われた事なんじゃがの」
村長は、間を置いてから話し出す。
「爺様は、ワシによくこう言っておった。 古代エルフ族は、大蛇と共に過ごしていた……と」
「大蛇と?」
村長は、頷く。 確かに、夢の怪物は大蛇見たいな姿だけど。 村長の言う大蛇は、自然に住む蛇の事じゃないかしら? 夢の怪物は、大きな何かが体から生えており、シルエットが全く違う気がする
そう思いながらも、黙って聞く事にする。
「他にも、山と川は蛇そのものだとも言っておったな」
村長の言葉に、キキばぁも反応する。 何かを、思い出したようだ。
「そう言えば、私も幼少にそんな言葉を聞いた事があるね。 私が、お婆様にその事を聞いたら、昔のエルフは山から流れる川の形を、蛇に見立てていたんじゃないかって言っていたねぇ」
「……」
私達エルフは、山や川と共に過ごして来た。
また、蛇は脱皮を繰り返す事で新たな体を作り出し、生まれ変わると言う事で、"再生"の象徴としている。
川も、山から常に流れ古い水は下流に行き、上流から新たな水となる。 これが、途切れる事なく続いている。
古代エルフが、この循環を蛇と同じ"再生"とし、川を蛇と同じ扱いをしたのなら、“蛇と共に過ごしていた”と伝えたのも不思議ではない。
「しかし、ここまで話してなんじゃが……夢の大蛇や、黒霧との正体に繋がりはせんな」
村長は、頭を捻る。
キキばぁは、腕を組んで考え込む。 そして、口を開く。
「エルフ族の蛇や、信仰だけじゃ答えが出ないけど……外の信仰からなら、何か分かるかもしれないね」
「外の信仰? ドワーフ族や、妖精族等の事かの?」
「そっちじゃないよ。 1番、勢力のある種族がいるじゃないか」
キキばぁの言葉を聞いた村長は、一瞬考える。 そして、キキばぁに視線を送る。
「もしかして……人間族の?」
村長の言葉に、キキばぁが頷く。 キキばぁは、私の方を向く。
「アリスが言う、怪物の外見的特徴……人間族の宗教に出てくる、怪物を思い出したよ」
「人間族の……怪物?」
私は、聞き返す。 私は人間族について、キキばぁから聞いた事以外は殆ど知らない。
村長も頷く。
「人間族の宗教的な絵や、本に描かれているんじゃよ。 人間族とは、交流を持っとらんから名前は忘れたのじゃが……とりあえず、世界に厄災をもたらす大蛇の怪物じゃ」
「そう。 私も、他種族の信仰の知識は深くないからアレだけど、大蛇に手足を与えて、角や翼を付けた怪物だったね」
キキばぁの言葉に村長が反応する。 確かに、夢の大蛇のシルエットの特徴と一致する。
「それにじゃ。 人間族、最大の国家であるハイラムが保有する島で見つかった壁画にも、似た様な大蛇が描かれていたと聞いたのう」
キキばぁが、村長の言葉を聞いて反応する。
「壁画? もしかして、星の降った古代遺跡から発掘されたアレかい? 当時、あの情報は閉鎖的な我々エルフの耳にも入る位には有名だったね」
私は首を傾げる。 2人は盛り上がっているが、私には何を喋っているのかが分からなかった。
「……?」
「おお、すまんのう。 何の話か、アリスに説明しなければな」
村長は小さく咳払いをする。
「今の、若いエルフは知らんだろうが、今から1900年前に、ハイラム領の島に、星が堕ちたんじゃよ」
「星が?」
「そう。 それの、インパクトポイントから地下遺跡が発見され、そこから古代に描かれた壁画が見つかったんじゃ」
星が落ちてくるのも凄いのに、地下遺跡も発見。 話を聞いただけでは、にわかに信じられない。
だが実話なのは間違いなく、実際に体験した当時の人達は、どれ程の衝撃を受けたのだろうか。
「それで、その遺跡はどうなったの?」
「最初は、調査が進んでおったんじゃがの、調査中に大規模な事故があったみたいでな。 危険だと言う理由で、禁足地なっておる」
「禁足地に? それに、事故って? 何があったの?」
私は、禁足地と指定される程の発掘調査事故など、普通の事故では無いと感じた。
村長は、小さく頷く。
「ワシが実際に見た訳じゃないから、真偽は不明なんじゃがな。 風の噂で、地下遺跡の調査中に、黒い霧の様なモノが噴出したらしくてのう。 霧に包まれた者たちは、二度と地上に出ることはなかったと言うのう」
「……黒い霧」
私が、操った霧も黒かった。 これは、偶然?
「生き残った者の証言では、地下遺跡は冬のように寒かったらしくてのう。 黒い霧が現れてからは、更に冷え込んだとも言っておったらしい」
村長は、目を閉じて髭を撫でる。 彼の話を聞いたキキばぁは、頷いている。
「犠牲者も出たのもあるけど、遺跡の柱や壁が崩れだしたのもあって、危険と判断したハイラムは地下遺跡のあった島全体を封鎖、そして禁足地としたんだよ。 入り口を閉ざして、黒い霧が外に漏れ出るのは防がれている。 そして」
キキばぁは、私を見る。
「黒霧と蛇に関係のある、アリスが生まれた。 私は、これを偶然だとは思っていない。 アリスは、地下遺跡の壁画と発生した黒霧と何か関係があると……私は思っているよ」
キキばぁの話を横で聞いている村長も、肯定しているのか話を黙って聞いている。
話を聞いた私は、そこの島……否、その地下遺跡に行けば何か答えが見つかる様な気がした。 根拠は無いけど、なぜかそんな気がする。
「私……ハイラムに行こうと思う。 いや、行くわ」
私の言葉を聞いた村長は、驚いた表情になる。
キキばぁは、私がそう言うと思っていたのか、口が笑っている。
「何となくだけど、そう言うと思ったよ。 でも、村からハイラムに行くとなると、相当な長旅になるよ?」
キキばぁの後に、心配した表情を浮かべた村長が話し出す。
「それだけじゃない。 あの国は、一神教の宗教国家。 自然を信仰するエルフが行けば、異端者として捕らえられるかもしれんぞ? それに、入り口は崩れておるんじゃぞ? 遺跡にどうやって入るんじゃ? それに、入れたとして黒い霧があるんじゃ、死んでしまうぞ?」
「地下遺跡なんだから、もしかしたら別の入り口があるかもしれないわ。 黒い霧だって、私と関係があるなら抑えれるかもしれない」
黒い霧に、寒さの話も、私の出した霧と合致する。 魔獣討伐後に雪が降ったのも、霧の影響だろうし。
「それに……私に関する謎が分かる可能性があるなら、行ってみる価値はあると思うの」
「……」
村長は、呆れた様子だ。
しばしの沈黙が流れた後、キキばぁが真剣な顔になる。
「……外の世界は、アリスが思っているより甘くは無いよ? 私達、エルフより他の種族の方が圧倒的に多いから、助けてくれるかも分からない。 それでも、行くのかい?」
確かに、外はエルフ以外の種族の方が多いだろう。 だからって、村に留まっていては知りたい事も知り得ない。
「なんとかなるわ。 別に他の種族だって、魔獣みたいに話が通じないわけじゃないでしょ?」
「それでも……何があるか分からんぞ? 本当に、村を出るのか?」
「ええ。 日が昇る前に、村を出ようと思うわ」
私の覚悟が伝わったのか、村長が小さく頷く。
「分かった。 急だが……そうと決まれば、準備せねばな。 キキ様も異論は無いかい?」
「……まぁ、止めても無駄だろうしね。 後悔がない様、支援するさ」
「ありがとう」
キキばぁは、私の前に出る。
「良くお聞き。 もしかすれば、入るのが不可能の可能性もある。 黒霧を抑制できずに、遺跡に入れないかもしれない」
そう言いながら、キキばぁは咳払いをする。
「その時は……世界を見てくる旅だと思って切り替えるんだよ? そして、私達に旅であった出来事を聞かせておくれよ?」
「ええ、分かったわ。 嘘のような、とびっきりの話を引っ提げて来るわ」
私は、そう言うと部屋を後にする。
家に帰った私は、今夜に向けて準備を始める。
♢
夜明け前、私は壁に立てかけられた弓を担ぐ。 弓はキキばぁが狩人時代に使っていた物で、傷んでいた部分を交換して使える様にした物だ。
上衣も、準備されており、私は腕を通した。
机の上に置いてあるのは、村長とキキばぁが用意してくれた人間族の使うお金と地図。 私は、それ以外にも携行食を腰袋に入れると、家のドアを開ける。
村は静まり返っており、昼間とまったくの別世界になっている。
「……」
私は、村の出入り口に差し掛かった所で、陰から人影が現れる。
「!? だ、誰?」
出てきた人物。 それは、クロエだった。 顔や体に包帯を巻き、腕にも当て木をしている。
「傷の状態を見に来てくれたキキ様に、教えてもらいましたわ。 村を、出ますのね」
どうやら、キキばぁが伝えたようだ。 もしかして見送りかしら? それとも、自分がこうなったのは、私のせいだと言いに来た?
「ええ。 そうよ」
「そうですのね」
「……」
お互い、沈黙になる。
いつもの、彼女にしてはとても静かだ。 これじゃ、私もどう接していいか迷う。
とりあえず私は、当たり障りのない言葉を絞り出す。
「……別れの言葉は、言わないわよ」
そう言って、私は歩き出す。 こうい言っておけば、彼女も軽い返事をするだろう。
私が、彼女のそばを通る。
「……ありがとうですわ」
「……え? え? 今、何て?」
彼女の口から、予想してなかった言葉が飛び出し、私は聞き返す。
今、お礼を言われた? しかも、彼女の口から。
「だから……魔獣討伐の時に、助けてくれてありがとうですわ。 微かにしか覚えてないですが、アリスが必死になって気を引いていたのを覚えてますわ」
私は、一瞬思考が止まる。 それと同時に、何て返そうか考える。
「……魔獣が、貴女を選んだのを見て……まるで、自分が不味いみたいだと思ったら、段々と腹が立って必死になっただけよ」
私は、自分でも分かる位に、凄く変な事を言っていると思った。
そのよく分からない言葉を聞いて、クロエは肩をすぼめて静かに笑う。
「ふふふ。 貴女の肉が、硬く見えたのかもしれないですわねぇ」
「ははは。 ちょっと、鍛え過ぎたかしら?」
「かも、知れないですわ」
私達は、久しぶりに笑っている気がする。
クロエは笑い終えると、私の前に手を差し出す。
手にある物が握られていた。
「コレを渡しますわ」
「コレって」
それは、大型と小型のナイフが収められたレザーシースとベルトだった。
「良いのかしら?」
「これは、旅立つ友へのせんべつですわ」
「ありがとう。 大事に、使わせてもらうわね」
私は、お礼を言う。
「後、今までキツイ態度をとって、ごめんなさい。 私、貴女の才能に嫉妬していましたわ」
「嫉妬って……貴女も才能の塊じゃないの」
クロエは首を振る。
「今回で、分かりましたわ。 今まで嫉妬していた、自分の醜さに」
「……」
「だから……これからは貴女を嫉妬の対象ではなく、1人の友として。 超えるべきライバルとして見ていいですか?」
「……」
私は背を向ける。 そして、歩く。
「何言ってるのよ。 その関係は、幼少期からずっと続いてるでしょ? まぁ、貴女が言うなら……改めて宜しくだわ」
私は笑うと、クロエも笑顔になる。
「それじゃ、言ってくるわ」
「いってらっしゃいですわ。 寂しくなったらいつでも、帰って来るんですのよ?」
「誰が、寂しくなるのよ」
私と、クロエの距離が離れていく。
「あと、貴女は騙され易いから、気をつけるんですわ」
「私を、誰だと思っているのよ! 大丈夫よ!」
私の声が大きかったのか、クロエは人差し指を口元に置いている。
私達は、手を振り合った後、私は薄暗い森道を進む。
目指すは超大国と言われる、聖教ハイラム帝国。
そして、帝国が禁足地とする地下遺跡。
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