第27話 島の守護神(ボス)が出現。俺の畑を荒らす奴は許さない

ズズズズズズズ……!!


地鳴りが、轟音へと変わった。

ルルディナ島の中央にそびえ立つ火山。その山腹が内側から爆ぜたかのように弾け飛び、噴煙と共に巨大な影が姿を現した。


「グォォォォォォォォォッ!!」


空気を震わせる咆哮。

衝撃波が物理的な質量を持って押し寄せ、ヤシの木々がマッチ棒のようにへし折られていく。


「きゃあああっ!?」

「くっ……防壁展開(シールド)!」


アイリスが即座に防衛魔法を展開し、衝撃波からミナとルルを守る。

セリスは俺の前に立ち、木刀を構えて飛んできた岩を叩き落とした。


「……でかいわね」


セリスの声が震えている。

無理もない。砂煙の中から現れたその姿は、生物の常識を超えていた。


体長は優に50メートルを超えるだろうか。

岩石と溶岩で構成されたような赤黒い皮膚。

丸太のように太い腕と、山を噛み砕けそうなほど巨大な顎。

二本の角が天を突き、その瞳は飢餓感に燃える血の色をしていた。


【暴食の巨神(グラトニー・タイタン)】

古代文明が島の防衛と環境調整のために生み出した、神話級(ミソロジー)の生体兵器。

その役割は「島の生態系を管理すること」だが、今の奴は明らかに制御を失っている。


「分析完了……! エネルギー反応、測定不能(エラー)です!」


ルルが悲鳴のような声を上げた。

「奴の魔力は、この島の地脈そのものと直結しています! つまり、この島が存在する限り無限に再生し、暴れ続ける災害そのものです!」


「災害……。バカンスには一番似合わない客ね」


セリスが唇を噛む。

彼女の手にあるのは、ただの木刀だ。いくら剣姫といえど、神話級の怪物を相手にするには分が悪すぎる。


「グォッ……」


巨神が鼻をヒクヒクと動かした。

その視線が、俺たちのいるコテージ――の横にある、昨日のバーベキューの残り火と、山積みにされたサトウキビに向けられる。


「オオオオオオオッ!!」


巨神が歓喜の声を上げ、一歩を踏み出した。

ズシンッ!

たった一歩で、森が陥没する。

奴は一直線にこちらへ向かってきた。邪魔な木々を踏み潰し、地形を変えながら。


「来るわ! 迎撃する!」


セリスが地面を蹴った。

水着姿とは思えない速度で巨神の懐に飛び込み、その膝関節を狙って木刀を一閃させる。


「『水月斬り』!」


ガギィィン!!


硬質な音が響いた。

だが、巨神の足は止まらない。木刀が弾かれ、セリスの手が痺れただけだった。


「硬っ……!? 魔力コーティングされているの!?」

「セリスさん、離れて! 『雷撃(サンダー・ランス)』!」


アイリスが援護射撃を放つ。

極太の雷が巨神の顔面に直撃するが、奴は痒そうに首を振っただけだ。


「効きません……! 魔法耐性が高すぎます!」

「物理も魔法もダメなんて、どうすればいいの!?」

ミナが叫ぶ。


巨神は彼女たちを「羽虫」程度にしか認識していなかった。

奴の目的はただ一つ。

俺たちが確保した「美味しいもの」だ。


「ガアアッ!」


巨神が長い腕を伸ばした。

その手が掴んだのは、俺たちが苦労して収穫した『アダマンタイト・サトウキビ』の山だった。


バキバキバキッ!


「あ」


俺の口から、乾いた声が漏れた。

巨神はサトウキビを束ごと口に放り込み、バリバリと咀嚼した。

貴重な、世界最高峰の砂糖の原料が、ただの餌として食い散らかされていく。


さらに、奴は足元にあったヤシの木の群生を踏み抜いた。

そこは、俺が「明日の朝に収穫しよう」と目をつけていた、完熟ココナッツの木だった。


グシャッ。


甘い汁が飛び散り、白い果肉が泥にまみれる。


「…………」


俺の中で、何かがプツンと切れる音がした。


巨神はまだ満足していない。

次はコテージの方へ手を伸ばそうとしている。

あの中には、冷蔵庫に入った特製シロップや、俺が日本から持ち込んだ秘蔵の醤油、そして何より――種まきを待つ大量の野菜の種がある。


「やめろ」


俺は呟いた。

だが、その声は戦場の喧騒にかき消される。


「クロム君! 逃げて! 私たちで時間を稼ぐから!」

ミナが俺の前に立ちふさがり、小さな両手を広げた。


「そうよクロム! 貴方は下がっていて!」

セリスが再び突撃しようと構える。

「コテージを放棄して海へ逃げましょう! ボートならまだ……!」

アイリスが叫ぶ。


彼女たちは、俺を守ろうとしてくれている。

その気持ちは嬉しい。

だが。


「下がるのは俺じゃない」


俺はミナの肩を優しく掴み、横に退かせた。


「え……?」


「あいつは、俺のシロップを食った。俺のココナッツを踏み潰した。そして今、俺の種に手を出そうとしている」


俺は一歩、前に出た。

手には、ホームセンターで買った量産品のスコップ。

だが、俺がグリップを握りしめた瞬間、そのスコップは赤熱し、大気中の魔力を吸い上げて唸りを上げ始めた。


「クロム……?」


セリスが息を呑む。

俺から溢れ出るプレッシャーが、周囲の空気を歪めていたからだ。

それは「元英雄」としての覇気ではない。

丹精込めて育てた作物を荒らされた、「農家」としての底知れぬ怒りだ。


「害獣駆除だ」


俺は静かに告げた。


巨神の手が、コテージの屋根に触れようとしたその瞬間。


ヒュンッ!!


俺は投擲した。

手に持っていた、飲みかけのトロピカルジュースの空き缶を。


カァァァァン!!


「グオッ!?」


空き缶は弾丸のような速度で飛び、巨神の眉間に直撃した。

鋼鉄の皮膚を持つはずの巨神が、その衝撃でのけぞり、たたらを踏む。


「こっちだ、デカブツ」


俺は巨神を見上げ、指をクイクイと動かして挑発した。


「よくも俺のサトウキビを無駄食いしてくれたな。味わって食ったのか? 感謝して食ったのか? ……ただのカロリー摂取のために俺の食材を消費したなら、万死に値する」


「オオオオオオオッ!?」


巨神が俺に気づいた。

俺から漂う「高濃度の魔力」――それは、奴が求めていた「世界で一番美味しいもの」の気配そのものだった。

奴のターゲットが、食材から俺自身へと切り替わる。


「ガアアアアアアッ!!」


巨神が跳躍した。

50メートルの巨体が空を舞い、隕石のような勢いで俺めがけて落下してくる。

質量攻撃。

直撃すれば島の一角が消し飛ぶ威力だ。


「クロム君!!」

「避けて!!」


悲鳴が上がる。

だが、俺は動かない。

足元の砂を、グッと踏みしめる。


俺にとって、こいつは神ではない。

畑を荒らすイノシシやモグラと変わらない。

ただ、ちょっとサイズが大きいだけだ。


「畑(シマ)の土は、渡さない」


俺はスコップを逆手に持ち、落下してくる巨神の拳に向かって、カチ上げるように振るった。


「『天地返し(グランド・フリップ)』」


ドゴオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!


衝突の瞬間、閃光が走った。

物理法則が仕事を放棄した。

俺のスコップと巨神の拳がぶつかり合った衝撃波が、水平線上の雲を吹き飛ばし、海を割った。


そして。


「グ……オ……?」


巨神の体が、空中で静止した。

俺は一歩も引いていない。

足元の砂浜はクレーター状に陥没しているが、俺の腕は巨神の全質量と魔力を、スコップ一本で受け止めていた。


「嘘……」

アイリスがへたり込んだ。

「神話級の質量攻撃を、正面から……?」


「軽いな」


俺は巨神の驚愕に染まった目を見据えた。


「お前、いいもん食って育ったんだろうが……魂(根っこ)が腐ってるぞ」


俺は腕に力を込めた。

上腕の筋肉が隆起し、魔力回路がフル回転する。


「俺の敷地内(テリトリー)で暴れた代償は、その体で払ってもらう。……最高級の肥料になってもらうからな」


「ギョッ!?」


巨神が初めて「恐怖」を感じて後退ろうとした。

だが、もう遅い。

俺は「害獣」を逃がすつもりはなかった。


「セリス、アイリス、みんな下がってろ」


俺はスコップを構え直した。

その切っ先が、天を指す。


「少しだけ、本気を出す」


俺の言葉と共に、ルルディナ島の空気が変わった。

風が止み、波が静まり返る。

それは、世界そのものが、これから放たれる一撃に畏怖して震えているかのようだった。


「さあ、収穫の時間だ」


怒れる農夫の一撃が、神を堕とす。

俺の静かなスローライフを脅かした罪は、重い。

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