第7話 ダンジョン内生態系の構築、魔物が魔物を呼ぶ
ダンジョンの拡張には、莫大なエネルギーが必要だ。
僕がステータスをカンストさせ、溢れ出る魔力を注ぎ込んでも、ゼロから巨大な迷宮を作り出すのは骨が折れる。
何より、ただ広い空間を作っただけでは意味がない。
そこには「住人」が必要であり、彼らが生きていくための「食料」が必要であり、死と再生が循環する「生態系」が不可欠なのだ。
「まるで、箱庭ゲームだな」
宮殿の玉座で、僕は空中に浮かべたダンジョンマップを操作していた。
現在、僕の支配領域は最下層とその周辺のみ。
そこから上に向かって、螺旋状に通路を伸ばし、いくつかの広大な「フロア」を設計していく。
「オニキス」
『はっ、ここに』
「お前たちドラゴンのような上位種は、魔素(マナ)だけでも生きていけるが、下位の魔物たちはそうもいかない。肉が必要だ」
『左様ですな。野生の頃は、我らも手当たり次第に他の魔物を喰らっておりました』
そう、それが問題だ。
僕が魔力を消費して魔物(モンスター)を生成(スポーン)させても、餌がなければ共食いを始めて自滅してしまう。
かといって、僕がいちいち餌を与えるのも面倒だ。
「だから、システムを作る。勝手に増えて、勝手に強くなるシステムを」
僕はマップ上の第一階層予定地に指を置いた。
「まず、最下層の魔素だまりからパイプラインを引いて、上層に濃密な魔素を送り込む。これを肥料にする」
『肥料、ですか』
「そう。そして、ここに『スライム』と『マッシュルーム・トレント』を大量発生させる」
僕は【生成】コマンドを実行した。
魔素を吸収して増殖する植物系モンスターと、有機物なら何でも分解して増える粘液生物。
彼らは戦闘力こそ皆無だが、繁殖力は異常に高い。
つまり、無限に湧き出る「基礎食料」だ。
「次に、これを餌にする草食・雑食性の魔物を配置する。ゴブリンやコボルト、ジャイアント・ラットあたりだ」
かつて勇者パーティーで雑魚扱いして蹴散らしていた魔物たち。
だが、彼らはダンジョンの生態系を支える重要な労働力であり、中間管理職(中ボス)たちの餌でもある。
『なるほど。食物連鎖を人工的に構築するわけですな』
「その通り。そして、ここからが本題だ」
僕はニヤリと笑った。
手元に、ひとつの小瓶を取り出す。
中に入っているのは、以前ファルコンたちが捨てた「腐りかけの竜肉」と、僕の魔力を混ぜ合わせて煮込んだ特製のエキスだ。
「このダンジョンは、まだ生まれたばかりで住人が少ない。僕の魔力で作るコピー(生成モンスター)だけじゃ、どうしても種類が偏るし、強力な個体が生まれにくい」
『ふむ』
「だから、外から呼ぶんだよ。『お客様』をね」
僕は宮殿の広場に設置した魔法陣に、その小瓶の中身を垂らした。
ジュワッ、と紫色の煙が立ち上る。
強烈な、それでいて魔物にとっては抗いがたい甘美な芳香が、風に乗ってダンジョンの未開拓領域へと流れていく。
香りの成分には、僕のスキル【誘引】の効果も付与してある。
「名付けて『魔王の撒き餌』だ。この匂いを嗅いだ野生の魔物は、本能を刺激されてここに集まってくる」
効果は劇的だった。
数分もしないうちに、ダンジョンの外縁部に設置した感知センサーが反応を示した。
『マスター! 多数の反応あり! 北側の洞窟から、何かが雪崩れ込んできます!』
オニキスが声を張り上げる。
マップ上の赤い光点が、一つ、二つ……いや、数十、数百と増えていく。
地下世界に生息していた野生の魔物たちが、僕の撒いた餌に釣られて大移動を始めたのだ。
「来た来た。入れ食いだな」
僕はモニター代わりのウィンドウを覗き込む。
映し出されたのは、異形のパレードだった。
岩肌と同化した『ロック・ゴーレム』。
天井を這い回る『アシッド・スパイダー』の大群。
そして、それらを蹴散らして進む、より凶暴な影。
『グルァァァァッ!!』
ひときわ大きな咆哮が響く。
体長五メートルほどの、獅子の頭とサソリの尾を持つ魔獣『マンティコア』だ。
推定レベルは60。Aランク相当の強敵である。
『マンティコアか。小賢しい野獣め、我が主の庭を汚すとは』
オニキスが不快そうに鼻を鳴らす。
彼にとってマンティコアなど、取るに足らない格下なのだろう。
だが、僕にとっては貴重な戦力候補だ。
「オニキス、手出しは無用だ。僕がやる」
『御意』
マンティコアは、撒き餌の発生源であるこの宮殿広場まで一直線に駆け込んできた。
その瞳は血走り、涎を垂れ流している。
理性を失い、ただ食欲のみに突き動かされている状態だ。
僕の姿を見つけるなり、獲物と認識して飛びかかってきた。
「グルルッ!」
鋭い爪が僕の喉元に迫る。
だが、遅い。
ステータスがカンストした僕の目には、止まっているように見える。
「お手」
僕は軽く右手を振った。
不可視の魔力の衝撃波が、マンティコアの頬を横殴りにする。
ドゴォッ!!
巨体が真横に吹き飛び、宮殿の黒曜石の柱に激突した。
キャインッ、と情けない悲鳴が上がる。
マンティコアはふらふらと立ち上がろうとするが、足がおぼつかない。
たった一撃で脳震盪を起こしているようだ。
「いい素材だ。生命力も高いし、毒も持っている。勇者パーティーへの『おもてなし』に最適だ」
僕は倒れたマンティコアに近づき、その頭に手を置いた。
「【支配(テイム)】」
ダンジョンマスターの権能が発動する。
本来なら時間をかけて屈服させる必要があるが、僕の圧倒的な魔力差と、ダンジョン内という環境ボーナスがあれば、一瞬で精神を書き換えられる。
マンティコアの瞳から狂気が消え、代わりに虚ろな服従の色が浮かんだ。
やがて、その巨体を猫のように丸め、僕の足元に喉を晒して寝転がった。
「よし、お前の名前は『レオ』だ。第四階層の番犬になれ」
「グルゥ……」
レオが嬉しそうに喉を鳴らす。
その後も、続々と集まってくる魔物たちを、僕は片っ端から選別していった。
使える魔物は【支配】して配下に。
使えない雑魚や、ただ凶暴なだけの獣は、アビス・アントたちの餌にするか、【収納】してリソースに変換する。
一時間もすると、広場には多種多様な魔物の軍団が出来上がっていた。
空を飛ぶ『ハーピー』の群れ。
魔法を使う『ダーク・メイジ』の骸骨たち。
物理攻撃を無効化する『レイス』などの霊体。
彼らは皆、僕に向かって恭しく跪いている。
「壮観ですね、マスター」
「ああ。これなら各階層に配置しても十分な戦力になる」
僕は満足げに頷いた。
魔物が魔物を呼ぶ。
強力な「核」となる魔物を配置すれば、その影響で周囲の環境が変わり、また新たな生態系が生まれる。
僕のダンジョンは、有機的に成長し始めていた。
「さて、配下の配置決めだ」
僕は空中のマップに、手に入れた駒(モンスター)を配置していく。
第一階層から第三階層は、初心者冒険者でも何とか進めるレベルの『地下迷宮エリア』。ここにはゴブリンやスライムを配置し、油断を誘う。
第四階層から第六階層は、環境が牙を剥く『密林・沼地エリア』。マンティコアのレオや、毒を持つ虫たちを放つ。
第七階層から第九階層は、死霊たちが彷徨う『墓地・遺跡エリア』。物理攻撃の効かない霊体や、魔法攻撃を反射するガーゴイルを置く。
そして、第十階層。
ここを当面の「最前線拠点」とし、僕とオニキスの玉座へと続くゲートを守る最後の砦とする。
ここには、特別製のボスを用意する必要があるな。
「……ん?」
作業を進めていた僕の手が止まった。
マップの端、新しく掘り進めた通路の先に、微かな反応があったからだ。
魔物の反応ではない。
もっと小さく、しかし知性を感じさせる動き。
『マスター、どうされました?』
「ネズミが迷い込んだみたいだ」
僕は目を細めた。
拡張工事の振動で、どこかの古い坑道と繋がってしまったらしい。
そこから、恐る恐るこちらの領域へ足を踏み入れる者たちの気配がする。
「人間だ。……冒険者か?」
勇者パーティーではない。彼らがこんなに早く最深部付近まで来られるはずがない。
となると、別のルートから潜り込んでいた野良の冒険者か、あるいは盗掘者か。
「ちょうどいい。ダンジョンの試運転にはもってこいの被験者(テスター)だ」
僕はニヤリと笑った。
作り上げたばかりの罠と、配置したばかりの魔物たち。
彼らがどれほどの「性能」を発揮してくれるのか、実地試験が必要だと思っていたところだ。
「オニキス、モニターを拡大しろ。最初の『お客様』を歓迎してやろうじゃないか」
映し出された映像には、ボロボロの装備を纏った三人組の冒険者が、震えながら暗闇を進む姿があった。
彼らはまだ知らない。
自分たちが足を踏み入れた場所が、世界最凶の魔王が支配する庭だということを。
「さあ、ショーの始まりだ。楽しませてくれよ?」
僕は手元のスイッチ(トラップ起動装置)に指をかけた。
奈落の底で、残酷な遊戯の幕が上がる。
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