第6話 レベルアップの概念がない世界で、ステータスがカンストする

 オニキスに案内された場所は、地下水脈のさらに奥、自然の洞窟と人工物が融合した奇妙な空間だった。

 そこには、朽ちかけた石碑がポツンと佇んでいた。


「これは……『旧時代の端末』?」


 石碑に触れると、僕の頭の中に直接インフォメーションが流れ込んできた。

 それは、この世界の理(ことわり)とは異なる、異質な知識だった。


『――システム・ログ。管理者権限の譲渡を確認』

『当世界における「成長限界」の解除コードを承認』


 僕は眉をひそめた。

 成長限界? 解除?


 そもそも、この世界には「レベル」という概念が存在しない。

 冒険者たちは、剣を振れば筋力がつき、魔法を使えば魔力量が増えるという、極めて現実的な「鍛錬」によって強くなる。

 だからこそ、才能の壁は絶対だ。

 どれだけ努力しても、生まれ持った器(ポテンシャル)が小さければ、一流にはなれない。

 勇者ファルコンが崇められているのも、彼が生まれつき規格外の「器」を持っていたからに過ぎない。


「でも、僕には『レベル』がある」


 僕は自分のステータス画面を呼び出した。

 現在のレベルは2。

 アビス・ドラゴンであるオニキスを収納したことで、経験値のバーはあともう少しで一杯になりそうだ。


『マスター。獲物はここに』


 オニキスが顎で示した先には、山のように積まれた魔物の死体があった。

 『ロック・リザード』や『ポイズン・バット』など、この階層に生息する中級モンスターたちだ。その数、百匹以上。


「よし、実験だ」


 僕は山積みの死体に手をかざした。

 この世界の常識では、強くなるためには何年も修行しなければならない。

 だが、僕の【ダンジョンマスター】というスキルは、そんな常識を嘲笑うかのようなチート性能を秘めている気がする。


「【収納】」


 黒い渦が、死体の山を呑み込んでいく。

 百匹以上の魔物が、数秒で亜空間へと消滅した。


 直後。

 僕の脳内で、ファンファーレのような音が鳴り響いた。


『経験値リソースを獲得。規定値に達しました』

『レベルが上昇しました。Lv2→Lv3』

『レベルが上昇しました。Lv3→Lv4』

『レベルが上昇しました……』


 止まらない。

 アナウンスが連続して響き渡る。

 全身がカッと熱くなり、骨がきしむ音がする。

 筋肉繊維が千切れ、即座に修復され、より強靭なものへと作り変えられていく感覚。

 魔力回路が拡張され、血管を流れる血液そのものが魔力を帯びていく。


『……レベルが上昇しました。Lv25に到達』


 ようやく通知が止まった。

 僕は荒い息を吐きながら、自身の両手を握りしめた。

 力が、溢れすぎている。

 軽く握っただけで、空気が破裂する音がした。


「ステータス・オープン」


【名前】レン

【職業】ダンジョンマスター

【レベル】25

【体力】15000/15000

【魔力】40000/40000

【攻撃力】9999(+)

【防御力】8500

【敏捷性】6000


「は……?」


 僕は絶句した。

 数値がおかしい。バグっているんじゃないか?


 比較対象として、勇者ファルコンのステータスを思い出してみる。

 以前、ギルドにある高価な魔道具で測定したとき、ファルコンの数値はこうだった。


【勇者ファルコン】

【体力】2500

【魔力】500

【攻撃力】800(聖剣装備時:1500)


 これでも人類最高峰、百年に一人の逸材と言われていたのだ。

 一般兵士の攻撃力が平均50程度であることを考えれば、ファルコンの強さは異常だった。

 だが。


「僕の攻撃力、素手で9999……?」


 桁が違うどころの話ではない。

 ファルコンが必死に剣を振って、汗水垂らして数年かけて到達した領域を、僕はたった一度の「食事」で遥か彼方に置き去りにしてしまった。


『システム解説:ダンジョンマスターは、配下や領域内のリソースを統合し、自身の力として最適化します。この世界の人類種に設定されている「遺伝子限界」の影響を受けません』


 なるほど、そういうことか。

 この世界の人間は、コップの大きさが決まっている。水(経験)を注いでも、すぐに溢れてしまう。

 だが僕は、コップどころか底なし沼だ。いくらでも入る。


「く、くくっ……あはははは!」


 笑いがこみ上げてきた。

 なんて不公平なんだ。なんて理不尽なんだ。

 あいつらは、僕を「無能」だと罵った。

 才能がない、レベルが低い(実際にはそんな概念はないが)、足手まといだと。


 だが現実はどうだ?

 僕こそが、この世界で唯一「無限に強くなれる」存在だったんじゃないか。


「おい、オニキス」

『はっ』

「僕を殴ってみろ」

『なっ!? ご冗談を! 主の御身を傷つけるなど……』

「命令だ。本気でやれ。お前のブレスでもいい」


 オニキスは躊躇したが、僕の目を見て覚悟を決めたようだ。

 彼は大きく息を吸い込み、漆黒の炎を吐き出した。

 先ほど僕が【収納】で防いだものと同じ、Sランクモンスターの必殺の一撃。


 ゴォォォォォォッ!!


 直撃。

 宮殿の壁が揺れ、熱波が広がる。

 だが。


「……温かいな」


 炎が晴れた後、僕は無傷で立っていた。

 服(ダンジョン生成の特注品)は少し焦げたが、肌には火傷ひとつない。

 HPバーを確認すると、15000のうち、たったの50しか減っていなかった。

 自然回復で数秒もしないうちに満タンに戻る。


『馬鹿な……。我が最強のブレスが、そよ風の如く……』


 オニキスが驚愕で固まっている。

 Sランクドラゴンの攻撃すら通じない。

 つまり僕は今、この世界の生物としての頂点に立ったということだ。


「これなら、勇者の聖剣だろうが、ヴィエラの極大魔法だろうが、素手で受け止められるな」


 想像する。

 再会したとき、ファルコンは得意げに聖剣を振り下ろしてくるだろう。

 それを僕が指二本で摘んで止めたら、あいつはどんな顔をする?

 「あり得ない」と叫ぶか? 恐怖で失禁するか?


「楽しみだなぁ……」


 復讐のシナリオが、より鮮明に、より残酷に描けるようになった。

 ただ殺すだけじゃつまらない。

 彼らが誇りとする「強さ」を、圧倒的な「理不尽」で叩き折ってやる。


 僕は石碑を見つめ直した。

 そこにはまだ続きがあった。


『警告:現在のステータスは、人間の器を逸脱しています。これ以上の強化は肉体の崩壊を招く恐れがあります』

『解決策:ダンジョンの階層を増やし、領域を拡張することで、マスターの魂の器を「ダンジョンそのもの」と同期させてください』


 なるほど。

 強くなりすぎた力は、小さな肉体には収まりきらない。

 だから、ダンジョンという巨大な「体」を作ることで、その器を広げろということか。

 つまり、ダンジョンを拡張すればするほど、僕はさらに強くなれる。


「望むところだ」


 僕はオニキスに向き直った。


「オニキス。狩りは終わりだ。次は『増築』の時間だぞ」

『はっ。どのような計画で?』

「まずは上だ。地上へのルートを確保しつつ、侵入者を誘い込むための迷宮を作る」


 僕は空(天井)を指差した。


「第一階層から第十階層までを一気に作り上げる。テーマは『欲望と絶望』だ。勇者一行が涎を垂らして飛びつきそうな、そして二度と出られないような甘い罠をたっぷりと用意してやる」


 レベルアップの概念がない世界で、唯一レベルアップできる魔王。

 それが僕だ。

 ステータスはカンスト(カウンターストップ)したかもしれないが、僕の野望はまだ始まったばかりだ。


 僕は新しい力を試したくてうずうずしていた。

 さあ、国作りを始めようか。

 勇者たちが「攻略」しに来る日を、最高のおもてなしで迎えるために。

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