第35話 サリオン様に出来ること
サリオン様の部屋で、私は彼に自分の過去についてを告白していた。
けれどその最中、突然窓の外で、激しい暴風が吹き荒れ始めたのだ。
「な、なに、嵐……?」
その異様な苛烈さに恐ろしくなり、私は身を竦める。
黒曜城にきて数日、こんなことは初めてだが、瘴気の森には嵐が発生する性質でもあるのだろうか。
私は縋るようにサリオン様へ視線を移した。
しかし彼は窓の外の様子など気にも留めていない様子で、固い表情をしていた。
「カナリヤ、君の環境が劣悪であったことはよく分かった」
ぽつりとサリオン様が零した。
ぞっとする位に、普段の彼からは想像もつかないような冷たい声だった。
「君を殺したのも、その家の者たちなのか?」
「あっ、いえ、その、ごめんなさい、それは分からないんです。追放されて、街はずれで途方に暮れていたところを、背中から刺されたようだったので……」
「なら、追放したそいつらが殺したも同然ではないか!」
声を荒げるサリオン様に、私はびくりとする。
よく見ると彼の紫色の瞳は漆黒に染まりかけ、明らかに異常を示していた。
「サリオン様、その眼は――」
私の言葉に応えることなく椅子から立ちあがると、サリオン様は忙しなくその場を歩き回り始めた。
「ヴァレンティーヌ、ヴァレンティーヌ……賢者の家系だな。王都の、アイツか」
ぶつぶつと呟きながら、サリオン様は窓の傍で立ち止まった。
そのまま荒れ狂う景色を暫く眺めてから、彼はくるりと振り返る。
「カナリヤ、そいつら、全員殺そう。僕が殺してあげる!」
サリオン様の表情は、先程までの硬さが嘘のような、晴れ晴れとした笑顔だった。
まるでとても良いことを思いついたような、無邪気さすら感じられた。
その瞳は黒々と、全く光を映していない。
「サリオン様? な、何を言い出すんですか」
「どうして。それだけ酷い目に遭ったんだろう。殺そう。僕がやっつけてあげる。僕ならできる」
サリオン様が駆け寄ってきて、私の両手をぎゅっと掴む。
「ヴァレンティーヌ家、全員殺してあげる。いや、それじゃ足りないな。カナリヤを助けなかった王都の人間もみんな……いっそ、人間なんて全部滅ぼしてしまおうか!」
彼は夢を語るような口調で、とても恐ろしいことを語る。
けれど、それは冗談でもなんでもなく、本気であることが痛い程に伝わってきた。
「さ、サリオン様」
私は言葉を失っていたが、このままではいけないと、何とか声を絞り出す。
「だめです、そんなの。駄目です……」
「遠慮はいらないよ! 君は僕のお嫁さんだもの」
にこにこと笑うサリオン様に、私は震えながら首を横に振る。
「ちがいます。遠慮、ではなく」
「君を世界で一番幸せな花嫁にしてあげる。他に人間は、誰も居なくなるからね!」
サリオン様の長い指先が、優しく私の頬を撫でる。
彼はうっとりと、けれど寂し気に続けた。
「僕は、なんでこんな力を持って生まれてきたんだろうって、ずっと思っていた」
「サリオン様……」
「でも、この為だったんだ! 僕の力があれば、カナリヤを守れる。復讐が果たせる!」
「サリオン様、お願いです、聞いて」
「"奪うこと"しかできない僕の力が、やっと役に立てる!!」
サリオン様の声に呼応するように、窓の外の暴風が収まった。
その後、瘴気の森から次々に青白い燐光が立ち上る。
まるで無数の魂の欠片が吸い上げられていくような光景だった。
そして、それに群がっていくように、何処からか次々と魔物が集まってくる。
リュミエさんが話していた、人格を持たない下級の魔物たちだろうか。
彼らはまるで、王の帰還を待ち侘びていた兵士たちのようにも見えた。
――ああ、サリオン様は、ずっと自分の力を"呪い"だと思っていたのだ。
悠然と窓の外の景色を見渡すサリオン様に、私は向き直る。
彼を、……このままにするわけには、いかない。
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