第14話 夢で終わりませんように
サリオン様との夕食を終えて、私は自分の部屋に戻ってきた。
自分の部屋と言っても今日案内されてきたばかりで、なかなか実感はわかない。
「ふふふっ」
他に誰もいない部屋の中、私は鏡の前に立つとくるりと回る。
桃色のドレスの裾とレースが柔らかく揺れて、本当にお姫様みたいだった。
「楽しかったな……」
しみじみと呟いた。
綺麗なドレスも、豪華な部屋や食事も、全てとても嬉しかった。
でも、何より、サリオン様やお城の魔物さん達が優しく温かく迎えてくれたことが幸せだった。
「こんな日が、明日からも続くのかしら」
――どうか、続いて欲しい。
そんな願いを込めながら、私は大きな窓から夜空を見上げた。
瘴気の森で少し霧がかっているけれど、遠く、淡く、丸く輝くお月様が見える。
「お母様、どうか、お守りください」
祈るときに浮かぶ姿は、もう父でもロイド様でもなかった。
気づけば、サリオン様の横顔を思い描いていた。
美しく、紳士で、少し強引で、子供っぽくて、とても優しい。
魔王の魂を持っているというのだから、その力は絶大なのだろう。
けれど一日接しただけでも、彼からは孤独の影が見えた。
私がその寂しさを埋めることが出来るのならば、どんなことでもして差し上げたい。
この気持ちの正体はまだ分からないけれど、それでも彼に強く惹かれている自分がいる。
「カナリヤ様。お風呂の準備が出来ました」
ノック音と共に部屋の扉が開き、ルージュさんが声をかけてくれた。
「えっ。お風呂、入れるんですか?」
「勿論ですよ。ゆっくり温まって、お休みになってください」
実家では、朝に冷たい水で身を清めることしか許されていなかった。
温かいお風呂という言葉に、私の胸は高鳴ってしまう。
案内された浴場は、白い壁と高い天井に囲まれ、湯気がふわりと漂っていた。
奥には黒曜石の湯船が広がり、金色の花の香油が静かに香る。
湯に身を沈めると、身体の芯までじんわりと温まって、思わず息が漏れた。
――こんなに気持ちいいなんて、知らなかった。
湯船から上がって用意してもらったナイトウェアに袖を通し、再び自室へ戻る。
灯りを早々に落として、私は柔らかなベッドの上に身体を預けた。
「明日はデート……」
サリオン様の言葉を思い出し、私はひとり、頬を熱くした。
昨日までとは何もかもが変わってしまって、自分が自分ではないような、不思議な感覚だ。
(もし、これが夢だとしても……)
今日の出来事の全てが夢だったとしても、私はこの温かい思い出を力に変えて、生きていける気がする。
(だけど、できれば、願わくば――)
この幸せが、夢で終わりませんように。
願いを抱いた私の脳裏に、不意に私のこれまでの――死ぬ前の出来事が蘇ってくる。
義妹と義母からの厳しい仕打ち、父からの冷たい眼差し、ロイド様との隔絶。
……そして、惨めな死。
今日の出来事が眩しすぎたせいか、どれも遠い過去のことのように思える。
もちろん、思い出せば今でも胸が痛む。
でも、怒りや憎しみは湧いてこない。ただ、深い悲しみが渦巻くだけだった。
――私は、前を向こう。
簡単に割り切れるわけではないけれど、それでも私はこの黒曜城で新しい人生を歩むと決めた。
それがきっと、サリオン様の恩に報いることにもなるはずだ。
温かな気持ちに包まれながら目を閉じると、私は静かに眠りへと落ちていった。
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