第9話 ルージュさんとの約束
魔物さん達の居住区だという東塔には、大小さまざまな扉が並んでいる。
その長い廊下を連れ立って歩く私とサリオン様の前に、三羽のカラスが飛んできた。
それぞれ、赤、青、黄の首飾りを付けている。
彼らは恭しくお辞儀をしながら、声を揃えて話しかけてきた。
「「「カナリヤ様。ババ様のご指示で、お部屋にご案内に参りました」」」
「ルージュ、ブルー、ジョーヌ。ご苦労」
「わあ、ありがとうございます」
黒曜城にきて様々な魔物さんを見慣れた私は、カラスがお喋りする位では動じなくなっていた。
それに、全員サリオン様の家族ならば、怖いという感情もわいてこない。
「では、カナリヤ様はこちらへ」
赤い首飾りを掛けたカラスが、私を案内するように道を示した。
「あ、陛下はこっちです」
私と一緒に歩きだそうとするサリオン様を、青と黄の首飾りのカラスが止める。
「何故だ、僕も一緒に」
不満げに言うサリオン様へ、カラスたちは顔を見合わせてから口を開いた。
「レディの支度を無粋に邪魔するんじゃないよ!! ――とのことです!」
「まだ陛下は書類の仕事が残っていただろう!! ――とのことです!」
完全にババさんの口調――おそらく彼女からの伝言だろう――に、サリオン様は完全に硬直してしまった。
「くっ。すぐだ、すぐ仕事を終わらせる。待っていてくれ、カナリヤ!」
「は、はいっ。応援しています、頑張ってください!」
こうして私は、暫くサリオン様と別れることになったのだった。
◇ ◇ ◇
赤い首飾りのカラス――ルージュさんに連れてこられたのは、彫刻の施された立派な扉の前だった。
「カナリヤ様。どうぞこちらへ」
「え、あの、もしかしてここが私のお部屋ですか?」
「はい。さあさあ、どうぞ!」
どうみても豪華すぎる予感に私は狼狽えていたが、ルージュさんに促されて恐る恐る扉を押し開けた。
「わあっ……!」
そして、目の前に広がる光景に息を飲んだ。
真っ白な絨毯の広がるその部屋には、高級そうな白を基調とした家具が並んでいた。
大きな鏡のついたドレッサーに、レースの天蓋の付いたベッド、人が何人も入れそうな広さのクローゼットに、立派なテーブルセットまで設置されている。
「……こ、ここには何人住むんですか?」
私が生前に与えられていた物置部屋の、何倍の広さがあるだろう。
もしかしなくても、百倍以上の広さかもしれない。
あまりの現実感の無さに奇妙な質問を口走ってしまった私を、ルージュさんは不安げに見上げる。
「ここはカナリヤ様のお部屋ですが……お気に召しませんでしたか?」
「え、いえいえっ、そんなことは!」
「私とブルーとジョーヌで、頑張って準備したのですが……」
しょんぼりと羽を落とすルージュさん私は慌てた。
「気に入りました、とっても! 気に入り過ぎて、一人で住むのが勿体ないと思ったくらいでして」
私の言葉に、ルージュさんが黒い瞳を輝かせながら顔をあげた。カラスなのに表情豊かだ。
「良かったです。他にも、御入用の物があったら何なりと仰ってください!」
ルージュさんはそう言って、満足そうに胸を張る。
その様子が可愛らしくて、私はくすくすと肩を揺らした。
「ありがとうございます。それでは……もし、ご迷惑でなければ、裁縫箱を用意して頂けないでしょうか」
「裁縫箱、ですか? 何か繕い物が必要ですか?」
きょとんとしながら、ルージュさんは首を傾げた。
「お掃除からお裁縫まで、このお城でのお世話は、私たちにお任せくださって良いのですよ」
「いえいえ、違うのです。実は私、お裁縫の――特に刺繍が、趣味でして」
「刺繍、ですか?」
「はい、刺繍です。ほら、このお洋服も私が縫ったものなんですよ」
そう言いながら、私は自分のつぎはぎだらけの粗末な洋服の裾を示した。
義妹や義母がやって来てからは、新しい衣装など与えてはもらえなかった。それでも服は日々の下働きですぐに傷んでいき、また成長と共に小さくなっていく。
私は母から教わった裁縫でそれを誂え直して、せめてもの慰めに刺繍を施した。
服の縁をなぞる様に刻み込まれた、月と星をモチーフにした灰色の刺繍。
それをルージュさんは見惚れるように眺めてくれた。
「わあっ……美しいです。私もお裁縫は出来ますが、こんな刺繍は始めてみました」
「そうですか? 気に入って貰えて、嬉しいです」
ルージュさんの言葉が心からの賛辞のように感じられて、私の心は温かくなる。
嬉しくて表情を綻ばせていると、ルージュさんがもじもじとしながら再び口を開いた。
「裁縫箱、必ず用意いたしますね。あの、あの、それで、それで……」
「はい、どうしました?」
「良ければ、私にも刺繍を教えてくれませんか?」
「えっ。ルージュさんにですか?」
「や、やっぱり、駄目でしょうか。使用人ガラスが、生意気でしょうか」
「とんでもないです。喜んで!」
私が声を弾ませると、ルージュさんも飛び切りの笑顔を見せてくれた。
「わーい! わーいっ!!」
喜びが溢れたのか、黒い羽を広げて、ルージュさんが広い室内を飛び回る。
私はその光景に目を丸くしながらも、微笑ましくて肩を揺らした。
「楽しみにしていますね、ルージュさん」
「はい、ありがとうございます! ブルーとジョーヌも呼んでいいですか?」
「勿論です」
「わーいっ!」
こうしてルージュさんと大切な約束を交わした私は、改めて服を着替えるために、大きなクローゼットへと向かうのだった。
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