第4話 プロポーズは突然に

 命を落としたはずの私が目を覚ましたのは、温かなベッドの上だった。

 死因となった背中から胸を貫く傷も、今は全く痛みを感じない。一体、何が起こっているのだろう。


「"人形"が自立して動いているというのか!?」

「こんなことは初めてですね」

「本当に陛下の悪戯ではないのですか?」

「違うと言っているだろう!」


 私を取り囲む三人――正確には一人と二体の魔物――は、何やら焦ったように話し込んでいる。

 邪魔をしてはいけないと思いしばらくは私も静かにしていたのだが、次第に居た堪れなくなってきて、おずおずと再び口を開いた。


「あの、ここは、死後の世界か何かでしょうか」


 私の声に反応して、三人が驚いたような顔を此方へ向ける。

 

「はははっ、面白いことを言う」


 愉快そうにそう返したのは、"陛下"と呼ばれている白銀の髪と紫の瞳を持つ美しい青年だった。


「それでは、まずは自己紹介をしてやろう! 僕はノースフェル辺境伯、サリオン」


「ノースフェル……辺境伯さま!?」


 私はその名に愕然とした。

 政治情勢から遠ざけられていた私ですら、ノースフェル辺境伯のことは知っている。瘴気の深い北の大地の防衛を一手に引き受け、国王様に匹敵するほどの力を持っているという噂の御方だ。


 ノースフェル辺境伯はその知名度に反して、姿を知っている者はごく僅かだという謎に包まれた存在でもあった。

 まさか、その正体が私とそう歳の違わない青年だったなんて。


「そして、この二人が僕の側近。こっちがリュミエ。こっちがヴァルクだ」


 リュミエと呼ばれた虹色の羽を持つ大蛇が、優雅な仕草でお辞儀をしてくれる。

 一方、ヴァルクと呼ばれた大柄のゴーレムは、怪訝そうにこちらをじっと見つめていた。


「はじめまして、皆さん。私はカナリヤと申します」


 私はびくりと身を強張らせるが、何とか頭を下げた。

 それから、かなり悩んだ末に、どうしても気になることを訊ねてみた。


「その、ところでもしかして、……お二人は魔物でいらっしゃいますか?」


 どう見ても二人は魔物なので、おかしな質問だったと思う。


 ただ、本物の魔物を見たことなんて今までに数える位しかなかったし、そのときは獰猛に襲い掛かってくるような恐ろしい存在だった。

 けれど今目の前にいる二人は、姿こそ人間ではないものの、人格を感じられたのだ。


「ああ、魔物だぞ。一番の側近であり、僕の家族だ」


 堂々と答えるサリオン様の言葉に、リュミエさんは微笑み、ヴァルクさんは誇らしげな表情を見せた。


「僕は特殊な体質でな、人の社会では生きられぬのだよ。それゆえに、彼らが僕をここまで育ててくれたのだ」


「特殊な体質、ですか?」


「そうとも」


 サリオン様が快活に声を響かせながら、私が半身を起こした状態で座っているベッドへと片膝をついた。

 急にぐっと距離を詰められて、彼の白くて長い指先が私の頬に触れる。


「ひゃっ」


 その突然の行動にどきりとしてしまい、私は固まった。でも、その触れ方は優しく繊細で、嫌な気持ちはしない。

 それどころか、間近で煌めく澄んだ紫色の瞳に、見惚れてしまいそう。


「……なんともないか?」


「はい? あ、ええと、ドキドキはしましたけど――」


「ああ、やはり君は最高だ!」


「ふぇっ!?」


 私の言葉を半分くらいしか聞かないまま、今度はサリオン様が私をぎゅうっと抱きしめた。

 ―― 一体、何が、何が起こっているの?


 混乱したまま真っ赤になっている私を見かねたのか、リュミエさんが小さく咳払いをした。


「陛下、レディに説明が足りておりませんよ」


「そうかい? そうか。悪かったね!」


 少しだけ身を離して、サリオン様が私の顔を覗き込む。

 端正で大人っぽい顔立ちなのに、表情は何処か幼さが残って、可愛らしさすら感じてしまう。


「僕は魔物以外の生きている動物に触れると、相手の生気を吸い取ってしまうんだよ」


「えっ、生気を、ですか? 吸い取ると相手はどうなるんです?」


「死ぬ!」


「へ、ええっ!? あれ、でも、私は?」


「だから君は特別なんだ。君はもともと、僕が拾ってきた死体だったんだよ」


「あ、はい、確かに死んだ記憶はあります……」


「僕は死体を操って人形にする力がある。だから君のことも連れて帰ったんだ。とても可愛かったからね。お嫁さんにしようと思って」


「死体を操る、ネクロマンサーということですか? というか、可愛い!? お嫁さん? 私が!?」


 情報量が多すぎて理解が追い付いていない私へ、サリオン様は構わず続ける。


「その通り! ただし、僕の作る人形は意思を持つことは無い。僕が、自分の意思で動かすことしかできないんだ。……そのはずだったんだけど」


 そこまで言うと、サリオン様がもう一度私を強く抱きしめた。

 

「君は何故か、意思を持っている。しかも死ぬ前の人格があるのだろう? これはもはや、運命だよ」


「ひゃっ、あの、その……」


「一度死んでいるから、僕が触れてもこれ以上死ぬことは無い。まさに理想的なお嫁さんだ」


 サリオン様はきらきらと目を輝かせると、私の手をそっとすくいあげた。


「結婚しよう。今すぐに!」

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