第3話 聖都中央
「おお…」
ミコトは驚き、独りでに声をあげる。
聖都の下町は活気と人で溢れており、まさにこの世界の首都と言うに相応しい賑わいであった。
レンガ作りの屋並みに挟まれる形で丁寧に敷かれた石畳は、真っ直ぐと聖都中央部に繋がっていることを瞬く間に把握できるよう整えられており、とても機能的な大通りだ。
来訪者のミコトが足を踏み入れたのは正門ではなく、聖都を囲む塀に建設された幾つかの門の一つに過ぎないのだが、ここが主路線であると嘘を吹かれても、そのまま騙されると確信できるほどの大賑わいである。
辺りを見渡す頭部をよそに、足だけが前に進む田舎者のミコトは、そびえ立つ何かにぶつかる。
「いてっ──すみません」
軽やかな金属の音を立てたミコトは、街灯に謝罪した。
その一連の流れを目にしてしまった人々が、此方を見ながらクスクスと笑う様子を感じ取る。
ミコトはすぐさま振り向くと「いやぁ……やっちまいました」とでも言いたげな仕草でおちゃめさを表現し、足早にその場を立ち去る。
聖都の中央部へと続く第二の門の左右には、二人の門番が立っていた。
両者がそれぞれの手に持つ長い槍は互いに交差しており、内部への侵入を阻んでいる。
下賤の者、通るべからず──といった、威圧感のある雰囲気を放っていた。
先ほど出会った門番の者とは全く異なる兵であることは、一目瞭然である。
言ってしまえば、完全なる上位互換だ。
定められた役割を完璧に全うせんとする微動だにしない形式的な姿勢もそうだが、身にまとう武装もあからさまに豪華で、その立ち姿は展示品さながらである。
話しかけ難さと近寄り難さを気合いで押しのけ、右腕と右脚を同時に前へ出す歩行法でぎこちなく歩み寄った臆病者のミコトは、鞄から書簡を取り出し開き見せた上で、恐る恐る声をかける。
「つ、通過儀礼で来ました。ミコトと言います」
丁寧な言葉使いを全力で絞り出したつもりではあるが、これより丁寧な言葉使いが存在するのかもしれない──と、即座に思わせるような空気の凍てつきを肌で感じた。摘まみだされるのではないか──しかしそれは、ミコトの緊張感に起因する、思い違いの不安でしかなかった。
「神の祝福を」
進行を阻む長槍を下げ、通過が許可されたことを示すかのような直立姿勢を取る門番の二人。
門番の視線が分からずたじろいてしまったが、重厚なシルバーヘルムの細い隙間から、ミコトが広げた書類をじっくりと確認していたのだろう。
隠し事の多いミコトはそれ故に不信人者であるが、またそれ故に、生物の身体や目の動きで心を考察する才に恵まれている。
微動もなく、視線の把握もままならない無感触な状況が、この上なく苦手だった。
「……ありがとうございます」
不信感を抱いた事に対する謝罪を含ませた感謝を贈り、その先へと進んだミコトは、先ほどの暗い気持ちも相まって、突如として光を目にする。
──聖都グラーデ中央部。
各国の重要施設や、レザリオ教上位役職の広々とした住居が立ち並ぶ。
ここが世界の中枢を担っている聖地の中の聖地であることは、遠く離れた木っ端の田舎者ですら瞬時に理解できるだろう。それほどに美しい街並みだ。
そして、その艶やかな石と煌びやかな装飾で飾られた豪華な建造物の数々を、まるで足元で信仰する信者のただ一人であるかのように据え置く形で、中央に高々と鎮座するのは、神聖の極地、新世界レザリオーレの原点、壮大に光り輝くレザリオ教の大聖堂だ。
「……」
ミコトは声を出せなかった。
数多のステンドグラスが施された崇拝の総本山は、あまりにも巨大で美しく、まだ遠く離れた場所に在るというのに、既に満足感が全身を浸している。
もっと近くで感じたいが、不勉強で申し訳ない気持ちと、おこがましい気持ちがそれを遠慮する。俺にはまだ、まだまだ早い。
恐らくこの中央部に繋がる第二の門も、基本的な構造は下町と変わりなく、どの入り口から入ろうが、目の当たりにするのは此処と同じ美景なのだろう。
「──っと、集合場所は……」
大聖堂から意識がフェードアウトするにつれ、本来の目的を思い出してきたミコトは、案内状に記された地図を確認し、移動を開始する。
しばらく歩くと、大きく開けた空き地が見え、そこには人だかりができていた。
神々しさが輝き眩いこの場において、不釣り合いな素振りと、不格好な服装が確信付ける。あそこが通過儀礼の集合場所なのだろう。
まぁ、俺もその不釣り合いの一人な訳だが……と、ミコトは自虐した。
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