「浄化」聖女なのに土木作業ばかりさせられていた私、婚約破棄されて追放された先で「地形編集」スキルに目覚めました。一方、私がいなくなった王国はインフラ崩壊で滅びかけているようですが、もう知りません。

☆ほしい

第1話

「リディア、貴様との婚約をこの場で破棄する!」


王太子の声が、大理石のホールに響き渡る。

私は、自分のドレスの裾についた泥を気にしながら、ぼんやりと彼を見上げた。

泥ではない。

さきほどまで王都の地下水道のひび割れを埋めていた、速乾性のセメントだ。


「聞いていないのか! この偽聖女め!」


王太子の隣には、ピンク色の髪をした可愛らしい令嬢が寄り添っている。

男爵家の娘だったはずだ。

彼女は私の汚れた手を見て、クスクスと嘲笑を漏らした。


「リディア様、聖女とは清らかなる存在です」

「そのように泥にまみれたお姿、見るに堪えませんわ」

「陛下も、貴女のその『土臭さ』には辟易しておられた」


王太子が勝ち誇ったように鼻を鳴らす。


「聖女の仕事は『祈り』による浄化だ」

「だが貴様はどうだ?」

「毎日毎日、工事現場で石を積み、溝を掘り、泥遊びばかりではないか!」


私は小さく首を傾げる。

この国の地盤は、非常に脆い。

祈りで地盤沈下が止まるなら、苦労はしないのだ。

私が毎日、地道に『地盤固定』のスキルを流し込んでいるからこそ、この王城も傾かずに済んでいるのだが。


「貴様の代わりなど、このミナがいる!」

「彼女の『癒しの光』こそが、真の聖女の力だ!」

「貴様のような土木作業員は、我が国には不要だ!」


不要。

その言葉を聞いた瞬間、私の胸に去来したのは、悲しみではなかった。

圧倒的な、解放感だ。

明日予定していた、王都外壁の補修工事に行かなくて済むのか。

来週の、街道整備計画も、全部やらなくていいのか。


「……わかりました」

「今までお世話になりました」


私は深く頭を下げた。

王太子たちは、私が泣き崩れるとでも思っていたらしい。

拍子抜けしたような顔をしているが、構わない。


「衛兵! この女を直ちに馬車に乗せろ!」

「行き先は、北の最果て『虚無の荒野』だ!」

「二度と王都の地を踏めると思うなよ!」


衛兵たちが私を取り囲む。

私は抵抗することなく、彼らに従った。

最後に一度だけ振り返る。

王太子の背後の壁に、微細な亀裂が走っているのが見えた。

私のメンテナンスが途切れれば、あそこから雨水が浸透し、いずれ崩落するだろう。

だが、もう私には関係のないことだ。


馬車に揺られること、三日三晩。

窓の外の景色は、緑豊かな平原から、次第に赤茶けた荒野へと変わっていった。

草木一本生えない、乾いた大地。

魔物すら住まないと言われる、死の世界。


「ここで降りろ」


御者が乱暴に馬車を止めた。

私の荷物は、小さな鞄が一つだけ。

足元に砂埃が舞う。

馬車は、私を置き去りにして、逃げるように走り去っていった。


「……さて」


私は、見渡す限りの荒野に一人、取り残された。

普通なら、絶望して泣き叫ぶ場面かもしれない。

しかし、私の心はかつてないほど高揚していた。

足の裏から伝わってくる、手つかずの大地の感触。

誰にも邪魔されず、納期にも追われず、好きなように弄れる広大なキャンバス。


「ここなら、文句を言う人は誰もいない」


私は、地面に手をついた。

王都では、既存の建物を壊さないように、細心の注意を払って『補修』に徹していた。

力を極限まで抑え込んでいたのだ。

だが、ここではその必要がない。


「スキル、全開」


私の内側から、熱い奔流が溢れ出す。

今まで『聖女の力』だと思い込んでいた、正体不明のエネルギー。

それが、明確な形を持って認識される。

これは『浄化』なんて生易しいものじゃない。


【地形編集(ワールド・エディット)】


脳裏に、鮮明な設計図が浮かび上がる。

私が住むための、最高に快適な家。

頭の中のイメージが、現実の世界に侵食を開始する。


「造成、開始」


ズズズズズ……ッ!


低い地鳴りが響いた。

私の目の前の大地が、まるで生き物のようにうねり始める。

硬い岩盤が、私の意志に従って液状化し、形を変えていく。


「まずは基礎」

「湿気対策に、高床式の石造りプレートを展開」


ボコォッ!

巨大な一枚岩が、地面からせり上がった。

表面は、鏡のように磨き上げられた御影石だ。

王城の床よりも、遥かに平滑で、美しい。


「次は柱」

「耐久性を重視して、鉄筋コンクリート構造をイメージ」

「外壁は、断熱性と防音性に優れた複合素材で」


ガガガガガッ!

大地に含まれる鉄分と石灰岩が瞬時に分離し、再結合する。

太い柱が、天に向かって伸びていく。

その間を埋めるように、白亜の壁が生成されていく。

職人が何年もかけて積み上げる工程が、たった数秒で完了していく。


「屋根は、採光を考えて強化ガラスで」

「紫外線はカット、でも光は通す」


パァァァン!

空中で砂に含まれる珪素が結晶化し、透明度の高いガラス板が形成された。

それが幾何学的な模様を描きながら、屋根として組み合わさっていく。

太陽の光を受けて、ダイヤモンドのように煌めいた。


「内装も一気に」

「ふかふかのソファ、広々としたキッチン」

「もちろん、配管は完璧に」


家の内部で、物質変換の音が連続して響く。

木材がない?

関係ない。

土の元素構造を組み替えて、木材と同等の質感と香りを持つ『疑似ウッド』を生成すればいい。


ものの五分もしないうちに。

荒野の真ん中に、王族の離宮すら霞むほどの、豪奢な邸宅が出現していた。


「……できた」


私は額の汗を拭うこともなく、その出来栄えに満足して頷いた。

指先一つ汚れていない。

これが、私の本当の力。


「さて、まずは入居しましょうか」


生成したばかりの玄関ドアを開ける。

蝶番(ちょうつがい)の軋みひとつない、完璧な建付けだ。

中に入ると、ひんやりとした快適な空気が私を迎えた。

空調設備も、魔石回路を壁に埋め込んで完備してある。


「……最高」


私は、リビングの巨大なソファに身を投げ出した。

王都での狭くてカビ臭い部屋とは大違いだ。

このソファの弾力も、私の体に合わせて自動調整されるように設定した。


「ここが、私の新しい国ね」


私は目を閉じる。

追放された?

いいえ、これは『栄転』だ。

誰にも邪魔されず、私の作りたいものを作る。

その第一歩が、今、踏み出されたのだ。


その時。

家の外で、何かが倒れるような鈍い音がした。


「……誰?」


私は目を開け、身を起こす。

モニター魔法で外部を確認するまでもない。

せっかくの休養だ、直接見に行こう。

私は立ち上がり、再びドアを開けた。


そこには、一人の男が倒れていた。

全身をボロボロの鎧で包み、背中には巨大な剣を背負っている。

銀色の髪は砂と血で汚れ、美しい顔は苦痛に歪んでいた。


「……み、ず……」


男が、乾ききった唇を震わせて呻く。

行き倒れだろうか。

この荒野を、徒歩で越えようとした無謀な旅人か。


「水、か」


私は彼を見下ろして、小さく頷いた。

ちょうど、庭に池を作ろうと思っていたところだ。

ついでだ。

助けてあげよう。

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