十六・五話『可愛さをキュレーション』─でもそれは自覚的な自己演出

鏡の前。白いレースカーテン越しの午後光が部屋を柔らかく染める。

木製のドアは少し開いていて、うっすらと風が香水の残り香を揺らしている


「AURALEEのグレーって、ほんと、光が滑るのね……わたしの肌、こんな透明だったっけ?HYKEのミリタリースカート、これ、男の子には普通に見えるけど、絶対……違うから。プリーツの深さで呼吸しているの。女の体が。」


ゆっくりと腰を落としながら、床に座り込み


「ねぇ、RERACSのショートモッズ、羽織ってみよっか。あれ、肩で着るやつ……

あたし、ちゃんと肩あるし。しかもあれ、戦う女の服だもんね。襟の立ち上がりが意志を問う。」


クローゼットを開ける

「え、YOKEのチェスター? あれ着たら、言葉選びが丁寧そうに見えるやつ。でも前着た。」

でも、今日は違う。もっと、野心的に女の子したい日。うん。evam evaのインナーにして、肌、ちょっと甘くしよ……。この柔らかさ、誰にもバレないくらいに、ね。ふふ。」


ふと棚のカーディガンに手が伸びる


「Johnbullのカーデ、あれ着て、Maison Kitsunéのロゴ見せるのって、甘えの演技、バレるかな?バレてもいいけど、わかっててやってるって、顔しとく。うん、それが大事。」


スカートをA.P.Cに手を伸ばしかけて、やめる


「今日デニムはダメだわ。CFCLのドレス着たい。あれ、構造体でしょ?

完璧に服としての知性がある。

でも、着ているのは、ただの女の子のからだなの。──そこにズレがあっていいの。

ううん、ズレてなきゃだめ。」


少し足元を見て


「Paraboot履こう。Orsay、重たいのに女っぽく見える、矛盾。

FALKEのタイツで脚線まっすぐにするから、下半身に嘘はないって顔で歩くの。

それが、服の礼儀でしょ。」


最後に一瞬だけ鏡を見る


「Steven Alanのコート着て、耳だけJIL SANDERにして、視線、外す。

私を見てって言わないけど、私に気づいてって、言ってる顔して出かけよ。」


そして、鏡の中の自分にだけ


「そう、これが、あたしのMonochrome Intelligence。

でも──今日の主語は「わたし」じゃなくて、「あたし」なの。」


メイクボックスの引き出しをゆっくり開ける


「SUQQUのトリートメントセラムプライマー、使お。今日のあたしには、素肌を嘘にしない膜が必要。艶じゃなくて、呼吸感ね。」


指先で頬をなぞるように

「ベースはAmplitudeのロングラスティング。境目のない肌って、ほんとにあるんだよ。

でもそれって、諦めのない色選びのこと。ファンデって、戦うんだよ。」

目元に視線を落とす


「ADDICTIONのザ アイシャドウ パレット、Tiny Shell。

あの左上のピンクグレージュ……まぶたに温度を乗せるだけ。見えないけど、効く。

女の子の目元って、語尾みたいなものよ。」


マスカラを取りながら


「Celvokeのインディケイト アイブロウマスカラ、あたしの眉は整えるんじゃなくて整えたことにしてるだけ。ノイズを抑えて、印象に抑揚つけるの。小説の句読点みたいな役割。」

ふと、リップに手が伸びる

「THREEのデアリングリィディスティンクト、06番。言いかけて、飲み込んだ言葉の色って感じ。主張じゃないけど、気づかせる色。……今日はそれでいい。」

ネイルボックスに手を伸ばして一瞬止める

「RMKのネイルラッカー、ミルキーベージュ。指先って、嘘が一番出るとこ。

だから、手を抜いたように見せる丁寧さで塗るの。ね、服と一緒でしょ?」

鏡を見て一言

「──これまでの服、どれも語らなかったと思う?それ、甘いわよ。全部、選んでいたのよ。あなたに見せるためじゃなく、私に気づくために。」

笑みを浮かべ、放つ一言─

「私以外、私じゃないの」

鏡の中のi、loopしてloop、気づけばtransfer済みのwho am i

Music By. Ave Mujica 『顔』


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