続 凛子の霊異記(再編版)

たなかみふみたか

第一話 友情と日常の透き間

友情と日常の透き間 その1

 友人の三橋達也が祖父の益次郎翁に呼び出されて、滋賀の実家へ出かけてから三日経つ。

 結城凛子は退屈だった。退屈過ぎて何もやる気が起こらなく、部屋の真ん中でずっと寝転がって考え事を続けていた。

 考えてみれば達也とは友人以上、すでに恋人と呼んでも差し支えない程度に進展した仲なのだが、どうもここしばらくは一緒に過ごす時間が長すぎたのかもしれない。

 わずか三日で寂しくなっている、とは思いたくなかったので「退屈だ」という言葉で気を紛らわせている。

 大学を卒業して、達也は役所へ就職した。本人曰く、行政に携わることで将来の糧とできる、らしいのだが、彼には実家の三橋家を継ぐ意思があるのかないのか、隣に立つ凛子から見てあやふやに思える。迷っているのかもしれないが、それなら行政云々は意味のない言葉ではないだろうか。

 それよりも、だ。

 凛子は就活に失敗した。

 ゆえに今は無職である。精々短期のバイトくらいで日銭を稼ぐような生活を、ここひと月くらいは続けていた。

 これには凛子の、極端に人付き合いが苦手、という性格的なものがある。

 幼い時から孤立した生き方を強いられてきた、ということ。

 そしてなにより自身が持つゆえに、人の浅ましさや業の深さを見せつけられてきた故、でもある。

 人とそれなりの期間、付き合い続けることが出来ないのだ。特に異能に関することについては隠してはいるのだが、ふとした瞬間に表へ出てしまうようで、多くの人が凛子から離れて行った。

 「気味が悪い」

 と、言う言葉と共に。

 だから、達也はおかしいのだ、こんな私と付き合えるなんて。

 そこまで考えて、また自身の身の振り方に考えが戻る。

 「このままで良いはずはないか……」

 達也がいつまで私の側に居てくれるのか、やがては離れて行ってしまうのではないのか、今のところその兆候はないが、あまり過度な期待は持たない方が身のためだ。

 凛子は常にそう考えていた。

 だから自活しなくてはならない。

 彼が私から離れて行ったとしても自活できていれば気を紛らわせて、今までのような生き方を続けられる。

 そうだ、今は人生のボーナスタイムのようなものなのだ、思いあがってはならない、私はいつでも独りで生きていくべきなのだ。

 また、達也との関係に考えが戻ってしまい、先ほどから凛子の頭の中は堂々巡りを繰り返していた。


 スマホが鳴る。

 一瞬、達也からかと胸がときめいたが、表示された相手の名前が意外な人物だったので、凛子は別の意味で胸が高鳴った。

 達也を除いてただ一人の友人と呼べる存在、チカエからだった。

 「あら、チカエ、久しぶりね。どうしたの?」

 電話の相手は、一瞬だけ間をおいて応えた。

 「早苗です。4月から改名しています」

 あら、ついに決めたのね、と凛子は思った。

 山城早苗、ずっと「チカエ」と名乗っていた彼女だったが、2年近く前にとある怪異な事件に巻き込まれ、その時に本来の名前である「早苗」を完全に手放したのだ。だが、凛子はその事件が解決した時に確かに言った。

 人生最初のお守りである「早苗」を大切にしてみないか、と。

 彼女が自ら「早苗」を選択できたのならそれは喜ばしい事だ。彼女はもう、自分自身に自信のなかった「チカエ」ではなくなったのだろう。

 「ごめんね早苗、間違えちゃったわね、謝るわ」

 電話の向こうで安堵するような気配があった。だからだろう、声が弾み始めた。

 「あ、大丈夫です。こっちこそごめんなさい。のっけから変な話で……」

 そう言いながら早苗は会いたいと言って来た。

 「特になに、という事もないんですけど…… ちょっと凛子さんの声が聞きたくなっちゃって」

 早苗は凛子と同い年であるにもかかわらず、どうしても丁寧語を崩さない。そして「さん」付けになる。これはあの事件の事を思えば当然なのだが、凛子としてはタメ口でも良いのに、と思わないでもなかったが、最近はもう諦めていた。

 「声が聞きたくって…… って、3月に一度話してるじゃない。なに? なんか気味悪いわね」

 冗談ぽく凛子は言ってみた。

 「……だって、この前はまだ『チカエ』だったし…… 忙しいの?」

 ああ、そういう事か、と凛子は思った。『早苗』として、まだ私に報告していなかったことを気に病んでの電話なのだ、と。

 --気にしなくて良いのに

 だが、そんな律義さが嬉しかった。

 「じゃ、どこかで会おうか」

 と、凛子は言った。

 嬉しそうな声がスマホの向こうで聞こえた。


 場所は大学の近くの喫茶店にした。

 初めて早苗と会った場所だ。あの時は達也の紹介で早苗が遭遇した怪異について相談を受けたのだ。正直気乗りはしなかったが、達也の紹介という事で引き受けたのだが…… かなりひどい目にあった。実際、死にかけたのだ。

 凛子が店に入った時、早苗の姿は既にあの席にあった。初めて会った席だ。

 --同じことを考えていたのね

 そう思うと嬉しくなった。

 だが……

 「早苗の場所、反対じゃなかった?」

 「えー、こっちで合ってますよ。凛子さん、そっちの窓際で達也くんがその隣でしたよ」

 「ううん、違う。私がそっちだったわ」

 お互い譲らずしばらく言い合っていた……

 まあ、どっちでも良いか、と当たり前のことで合意して凛子は席につき、珈琲を頼んだ。

 「で、就職してどうなの? 楽しい?」

 凛子は早苗に尋ねた。

 早苗は卒業してすぐに雑誌社へ就職し、なにが良いのかオカルト雑誌の編集部で働いているはずだ。なんでも本人の希望を強く伝えたところ、聞き届けられたらしい。

 --引きが強いのよね、この子は

 凛子は少し羨ましくなった。

 早苗はコミュニケーション能力が高い。生い立ちは凛子に負けず劣らず悲惨なもののはずなのだが、処世術には長けていたようで、それが凛子が持っていない、コミュニケーション能力に結び付いている。ただその裏では、傷だらけの過去を忘却するという無意識の選択があったのだが。

 「はい、楽しいです。『月刊アルカナム』、あこがれてましたから」

 早苗は嬉しそうに語った。

 早苗の語る職場の話は面白かった。凛子にはない独特の感性で見る、実社会の片隅の話は楽しかった。そして歓迎会でのセクハラ部長の話に及ぶと、早苗と同じように腹が立った。

 「信じられないわね、今どきそんな親父が居るなんて……」

 やはり私には就職は無理かもしれない、自分だったら間違いなく手が出ていただろう。

 凛子はそう思った。

 「まあ、それっきりなんでちょっと我慢すれば…… ね。悔しいけど……」

 ああ、そんな悲しい顔をしないで欲しい、楽しい話を聞かせて欲しい、と凛子は思い、少し自虐的に言ってみた。

 「私だったら…… って、無職が何言ってんだか、ってとこよね」

 そして笑ってみたが、その言葉に早苗は不思議そうな顔をした。

 「あれ、てっきり就職予定だと思ってたのに…… 永久就職……」

 早苗の言葉の意味が分かるまでに30秒ほどかかり、その間、二人は無言だった。

 「えっと、それってアレのことを指してるつもり?」

 ようやく言葉を選びながら凛子は言ってみた。

 「そうそう、アレです。なんかとぼけてます?」

 凛子は目の前に座る同世代の女子が急に小憎らしくなってきた。

 「どこでどう、そんな考えになるのか、きっちり話してもらいたいわね、場合によっちゃあヒルマモチ呼んで来るわよ」

 凛子ジョークは冗談にならない、早苗はクスリともせずに返してきた。

 「なんか面白いこと言ったつもりですか? 私としては全然面白くないんですが」

 ほんの一瞬、不穏な空気が漂ったが、凛子がすぐに謝った。

 「ごめん、今のは私が悪かった…… でも早苗の言うこともどうなのかって思うよ」

 早苗はニコッと笑うと、

 「うん、お互い様ってことで…… でも就活してなさげだったから、てっきり卒業と同時に…… って思ってた」

 なにか大きな誤解を勝手にしていたらしい。やはり腹を立てるべきか、と凛子は思ったが我慢しておくことにした。

 「どうしてそんな想像になるの? ……まさか達也が何か言ってるの?」

 凛子の言葉に早苗は慌てて首を振った。

 「達也くんとは卒業以来会ってません、本当です」

 「別に会っててもどうってことないけど…… あんたたち同郷でしょ、不思議はないわ」

 早苗は冷めかかった珈琲を一口飲んだ。それを見て凛子も珈琲カップに口を付けた。

 そして早苗が言った。

 「達也くんは三橋の跡取りだし、お祖父さんもお歳だから早々に身を固めるのかなって…… 凛子さんなら理想的じゃないか、ってね、勝手に思ってた」

 凛子は呆れた。

 「馬鹿なことを言わないでよ、私があんな旧家に入って行けるわけないじゃない…… こんなが……」

 最後の方は独り言のようになっていたが、早苗は聞き逃さなかった。

 「なんからしくないよ凛子さん。あれだけ馴染んでいたじゃない」

 早苗の言う「あれ」とはヒルマモチ事件での滞在期間の事を指しているのだろう、確かにあの時は厚かましすぎた、どうかしていたとしか思えない。

 凛子はそう思ったのだが、早苗は、

 「だから、お祖父さんも凛子さんを推してるわよ、きっと。凛子さんも、いつもみたいに三橋家を乗っ取るくらいの勢いで、達也くんのお尻を叩けばよいのよ」

 この子は何を言っているのだろうか、就職してから性格が変わったのか? あたしがいつ三橋家を乗っ取るって? そんなこと、できるわけ……

 その時、凛子のスマホが光った。

 「あ、噂をすれば…… ですよね」

 にやにやしながら早苗が言った。悔しいが確かに達也からの連絡だ。

 早苗の手前、いそいそと電話に出るわけにもいかず凛子は少し間をおいて、できるだけ平静に応えた。

 「はい、凛子です」

 「あ、ごめん、忙しかった? 今、東京駅なんだけれど…… 合流できればありがたいなって……」

 達也のこの口調は厄介ごとの気配がする。しかし、凛子は応じることにした。

 「わかった、そこに行けばいいの? うん? うん、わかった」

 電話を切ったところで早苗が伝票を持って立ち上がった。

 「じゃ、なんかややこしそうなお誘いみたいだから、退散しまーす」

 そう笑いながら会計に向かって行った。凛子は慌てて飲みかけの珈琲を飲み干し追いかけたが、早苗はさっさと会計を済ませてしまった。

 「誘ったのは私だし、なんせお給料もらったところだし」

 と、小憎らしい笑顔でバス停の方へ歩いて行った。

 「まあ、元気そうで良かったわ」

 凛子は呟くと、駅の方へ向かって歩き始めた。

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