第3話


1人で家に帰りリビングのソファにカバンを放り投げると、琥珀はすぐに階段を登り2階の自室に引きこもる。


その様子を見て晩御飯を作っていた母親の眉間に一気に皺が寄る。



「こは!!ただいまも言わないで部屋に行かない!

それに自分の荷物は自分の部屋に持ってけっていつも言ってるでしょ?!なんで一回で聞かないの?!早く持って行って!!

あと、洗濯物も夜やるんだから早くお風呂入ってよね!!」



菜箸を持ったままリビングから出ると階段の前で声を張り上げて琥珀を怒鳴った。

琥珀の母の花苗は年齢にそぐわない可愛らしい見た目をしているが、中身は世間の母親のイメージと全く一緒だ。



「わかってる!!あとでやるから!!!」



琥珀も負けじと声を張り上げて、大きなため息をつくと一階からリビングの扉を勢いよく閉める音が聞こえた。


その態度から自分が怒りっぽいのは母親譲りなんだろうなと感じる。しばらく寝転がりながら携帯をいじっているとメールが一通届いた。


慶也からのものだ。



"ちゃんと家に帰れた?"



琥珀はそのメッセージを見て顔を顰める。

確認するくらいなら女と帰らずに俺と帰ればいいのに。こういうところがこの男のずるいところだ。弱った時にちゃんとフォローする。

嫉妬で沸々湧いてきそうな怒りをおさめるため、返事もせずベッドにスマホを放り投げて目を瞑った。


しばらくすると次は電話がかかってくる。

誰から電話が来たかなんてあながち予想はついたが、画面を確認してみるとやはり慶也だった。



「電話なんてかけてくんな…女を優先するくせに…」



再び、瞳が潤んできそうだったため目を閉じる。



「…は…こ…こは…こは!!

起きなさい、ごーはーん」



琥珀が瞼を開けてゆっくりと起き上がるとエプロン姿の母親が扉から顔を出している。



「あれ?俺寝てた?」


「ぐっすり寝てたわよ

いくら呼んでもなかなか起きないんだもん

今日は疲れてたの??」



先ほどまで怒鳴っていた母は琥珀を気遣ってか少し口調が柔らかくなっている。



「別に…今、下降りる…」



まだ目覚めていない頭を片手でポリポリと掻きながら立ち上がって一階に降りると、なぜかそこには慶也の姿があった。慶也は琥珀の姿を見つけると笑顔を浮かべて手を振る。



「あれなんで?」


「慶也君、琥珀が連絡しても反応くれないからって心配になっちゃったんだって

連絡くらい返してあげなさいよ」


「だって慶也が悪いんだ…」


「そう言ってる時は大体あんたのせいでしょ~

人の責任にしないの~

じゃあ、ママはちょっと洗濯物やってくるから2人で先に食べてて」


「え?慶也も一緒に食べるの?」


「だってせっかく来てくれたんだから帰すのも悪いでしょ」


「帰すって言ってもすぐ近所じゃん…」


「いつも面倒見てもらってんだからご飯くらいいいでしょ」


「ありがとうございます、花苗さん

ありがたく頂きます。」



慶也の爽やかな笑顔に花苗は若い頃のトキメキを取り戻したかのようにうっとりとした顔を浮かべる。



「ゆっくりしていってね

琥珀、慶也君のご飯よそってあげるのよ」



そう言って部屋を後にした。

2人きりになった部屋で琥珀は母親から慶也へと視線を移す。



「彼女とイチャイチャしてたんじゃねえのかよ…」


「してないよ、誰かさんがうるさいから」


「うるせえよ!!

……で、彼女と別れた?」

 


琥珀はソファに腰をかける慶也の膝の上に乗って胸元に頭を預ける。部活終わりのはずなのに汗臭い匂いなんて一切せず、逆にいい香りがしてくるのが不思議だ。


慶也はその頭に顎を乗せながら頭を撫でる。



「別れてないけど?」


「…知ってる

期待もしてねえよ」


「じゃあなんで聞くの?」


「1%でも可能性あれば聞くだろ

なあ慶也、俺にもチューして!」



琥珀は慶也の顔を見上げながら、軽く唇を尖らせる。その顔は男女どちらとも魅了してしまうほど愛らしいが慶也は一切動じない。慶也はその顔をじっくりと眺めて頬を撫でる。



「残念、俺には彼女がいるからできないかな」


「チッ、リア充爆発しろ」



琥珀は慶也の胸ポケットに入っていたスマホを取り上げ、彼女からメッセージが届いていないか確認する。だが、携帯の中身まで見るようなことはしない。

結局、通知は届いておらず、慶也の手の中に携帯を返すと慶也は軽快な手つきでロック解除ナンバーを入れて携帯を片手で操作する。もう片方の手は暴れっぽい琥珀の背中へと回っていた。


琥珀は後ろを振り返り、慶也の画面をキツく睨みつける。



「知らない連絡先増えてんじゃねえか!彼女いるくせに!浮気者!ていうか、俺と男友達以外の連絡先いらないじゃん…」



琥珀が今にも泣きそうな声で呟き、慶也の胸元に頭を預ける。



「委員会とか部活とか連絡先知ってないと面倒だろ?」



そう言われて言い返す言葉がなく、琥珀は慶也の膝の上から降りて琥珀はキッチンに向かう。今日は料理好きの母がスパイスを使って作り上げた特製のカレーだ。中には大きく切られたとろとろの牛肉とゴツゴツとしたジャガイモ、にんじん、それとたまねぎが入っている。


そのカレーが琥珀の好物でもある。

琥珀は食器棚から2枚皿を取り出し、そのうちの1枚だけにカレーを大盛りによそった。


母親はカレーを作る日はいつもサラダも用意しているため琥珀は冷蔵庫からサラダが入った器も取り出し、カレーとサラダを両手に持つ。



「自分の分は自分でやれよ、浮気者!」


「でも、皿は出しといてくれるんだ

琥珀は優しいね」



キッチンに向かう慶也はテーブルに座ろうとする琥珀とすれ違い様に頭を撫でた。

琥珀は慶也がカレーをよそい席に着くまで待つ。

そして、慶也が椅子に座ると両手を合わした。



「「いただきます」」



2人の声が重なり、同時に食べ始める。

慶也はカレーを一口口の中に運ぶと目を見開く。



「うっま

花苗さんのカレー久々にたべたけどすげえうまい」


「本人の前でそれ言ってやれよ

めちゃくちゃ喜ぶから」


「あとでお礼と一緒に伝える」



そんな会話をしている時、ふと慶也の手元に光るものを見つけた。

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