第3話

 店長の手が境界線外から戻ってくると、その手にはクジラ用の銛のような、巨大な武器が握られていた。材質はセラミックのようにも見えるが、店長の腰の入った持ち方や、腕に盛り上がった筋肉を見るにもっと重たい何かだ。


「うちの星にゃ、ちっさいのからでっけぇのまで色んな獣がいるんだ。でっけぇのを仕留めりゃひと月は肉に困らんが――」


 店長はニッと笑う。


「飽きる。で、売っぱらって何か別のを買うってわけよ」

「銛ってことは魚? ……いやでも獣って言ったし、そんな銛使わないといけない獣が出る、ってこと?」


 困惑する新顔の若者をニヤニヤしながら店長が見ている。細部は違えど同じようなやりとりを私もしたものだ。


「でけぇのはでけぇぞ? 見上げるようなヤツも中には居るが、流石にそういうのはこれじゃ無理だな」


 店長は手にした武器をカメラの境界線外へ戻すと、元の位置に直ってグラスを持つ。さっき一気飲みしていたから彼女のグラスはすっかり空になっていて、薄緑色の液体がうっすらと底に這っているだけだ。私は店長のグラスが空なのを確認すると、軽く手を挙げて声を掛ける。


「店長に一杯奢りで」

「おっ、気前良いね、にーさん。ありがとな」


 私は店長が伸ばしてみせたロボットアームへグラスを当てると、自分のグラスに指二本くらい残った中身を空ける。それを見た店長もグラスに注いだ強そうな酒をあおった。彼女は相当に強いようだが、二杯以降もこんな強烈なカクテルを続けられるほど私の肝臓は強くない。彼女は次もショットグラスに同じ酒を手酌しているが、私はロングカクテルを頼むことにする。

 結局、その夜は終電まで追加の客が来ることは無く、同じメンツで過ごしたのだった。


 次の日、私は珍しく定時帰りだった。

 くだんの店へ早めに来ると、出入りの業者が来ているのが見える。紺色の作業服を着た業者はペットボトルやら瓶やらといった空き容器をまとめた袋を手に提げていて、一通りの仕事を終えたところのようだ。


「おっ、にーさん、今日は早いね」


 業者にひらひら手を振っていた店長がこちらの顔に気付いて声をかけてくる。


「まだちっと早いけど、いいさ、入んな」


 まだ誰も客がいない店内は初めてだ。一番乗りだから当然だが一番奥の席も空いている。しかしこういう店における席というのは、自由でありながら自由ではないものだ。常連客が普段座っている席を空けておく。それが暗黙の了解なのだ。よって私はいつもの、一番手前の席に座ることにしたのだ。

 座ったところで、カウンターの上には見慣れない酒のボトルが何本か置いてあることに気付く。今まさに店長がそれをバックバーへ置こうとしているところだ。


「あれ、見慣れないボトルだね」

「あー……これ、飲んでみたい? 結構強いよ?」


 店長は含みがある笑顔で私を見る。


「気になるじゃないですか。一杯くれますか?」


 ちらりとボトルを見ると『55%』とある。アルコール度数の値だ。確かに強いが、強すぎるというほどでもない。一般的なハードリカーは38%から43%くらいだが、私はもっと度数が高い酒だって飲んだことがある。しかし店長は私が酒に強いことも知っているはずなので、何かもうひとつ裏があるはずだ。

 店長が注いでくれた酒は薄い緑色で、僅かにとろみがあるようだ。冷凍したハードリカーがそうなるのは知っているが、これは常温である。たとえて言えば薄めの葛湯か、濃い目の蕎麦湯だろうか。それがロックグラスにダブルで入っている。氷は入っていない。


「あたしなら一口だね」


 店長はにやにやして言った。私が強いことを見越しての発言だということは分かっているが、未知の酒を一気飲みするのは勇気がいる行為だ。

 意を決してグラスをあおると、途端に口内が爆発したような感覚に陥る。酒自体の辛さもさることながら、恐らく何らかの薬草のスパイシーな辛味、思わず食いしばるような苦み、そして鼻をつんとつく臭みが一気に襲いかかってくる。

 辛うじてむせなかったが、しばらく口を開きたくなかった。


「お、耐えたね」


 私がすごい顔をして耐えているのか、店長は腹を抱えて私を指さしながらゲラゲラ笑っていた。

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