第2話

 出身地。それは同じ星に生きる者であれば定番と言える話題だ。私のような単一民族国家に住まう者であれば都道府県を口の端に出し、もし同郷や渡航経験があれば更に細かい都市名で盛り上がることが出来る。たとえ知らなくても、どこどこの隣だとか、何が特産だとか、話に出来ることは山ほどある。もし外国の人でも、同じように話の広げようはあるだろう。

 しかし星外となると話は変わってくる。宇宙時代となった今では、興味を持たなければ知らない星系が無数に存在するのだ。それこそ星の名前を言われても分からないことはザラで、星系でも分からないから銀河系で述べてやっと分かるかもしれない。化粧バリバリ、顔中ピアスだらけの上に、業務的な言葉以外は一切喋らず、携帯端末をいじり続けるヤバそうな女に話しかけるのは確かに勇気がいる行為だが、それにしても酔いに任せた一発目としてはヘビーな話題である。

 質問が投げかけられた瞬間、店長の手が止まり、彼女のダルそうな視線が新顔の若い男の瞳に突き刺さった。濁った瞳が若い男の顔を見つめたが、すぐにその表情がふにゃっとゆるむ。


「やっぱ最初はそこからだよな?」


 店長は先ほどと打って変わった上機嫌な笑顔で、自分用のグラスに酒を注ぐ。こちらと同じ一杯用のグラスに、薄い緑色の、とろりとした液体がなみなみと注がれた。そして、眼前に持ち上げたグラスをくるくると錐揉み運動させながら、聞き慣れない、長ったらしい名前の都市名が口にされる。


「えっ?」


 若い男にはそれが聞き取れなかったのか、それとも知らない言葉だったのか、いずれにせよポカンとした表情で店長を見つめた。正直言って聞き慣れた私でも復唱しろと言われればしどろもどろになる、そういうレベルの長い名称だ。


「にーさんの知らないような、超遠い星の地名だよ」


 店長は強そうな酒を一息にあおって言う。


「ネット検索してもいいし、それで探してもいいけど、会う頃にはお互い爺さん婆さんになっているような距離さ」


 若い男のグラスへ店長が自分のグラスを当てようとするが、店長のグラスは霞のように揺らいで通り抜けてしまう。実は彼女の実体はこの店内にはない。さっき彼女が名乗った、遥か遠い星にあるのだ。今この店内にある彼女の身体は、古い時代ならホログラムとでも言うだろうか、立体的に描写された彼女のライブ映像だ。つまり彼女は店内にいくつかあるカメラとロボットアームを操って店を切り盛りする、バーチャル店長のような存在というわけだ。

 そしてこの通りにある店のほとんどが、こういった遥か遠方の地から配信形式で経営するスタイルであるらしい。一昔前ではパソコンの画面越しに乾杯するしかなかった配信者たちが、こうして実店舗の形式で、実際に提供される飲食物で乾杯できるようになったというのは時代の流れというものを感じる。宇宙時代となって、見たことも聞いたこともないような星外のヒトを相手に酒を飲めるというなら尚更だ。


 聞いた話では、この通りの店はすべて同じ業者がスポンサーにいるらしい。飲食物の手配や、ゴミの回収など最低限のことに留まるが、この星に実体がない店長たちにはありがたい存在だろう。

 店に実体の店員が居ないということは、例えば食い逃げを追いかけられないということでもある。しかし店内だけでも複数のカメラが犯人の姿格好を見ているし、店によっては録画もされている。更にこの高度に発達したネット社会の、しかも都会にはそれこそ星の数ほどのカメラがある。犯人がどこまで逃げられるかは見ものだ。


「ねーさんはこれ、本業?」


 出鼻をくじかれてポカンとしていた若者が、気を取り直し、またも粘っこい問いを投げかける。

 日に3人しか客が来ないような店が本業として成り立たないのは分かり切った話だ。スポンサーにどれだけの手数料がいくのかは知らないが、手元に残るのは僅かなものだろう。つまるところ彼は、店長が本業でないと分かったうえで、更に踏み込んだ質問をしようという魂胆なのである。


「んー? いやぁ、副業だよ。流石にね」


 店長は問いを続けようとする若者を手で制しつつ、携帯端末を置いた。そして腕を伸ばして何かを取ろうとするが、その腕は途中で途切れる。どうやらそこが配信用カメラの境界線らしい。


「本業はね、あたしゃ狩人なんだ」

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