第六話:予知妨害(ジャミング) ― 操られる可能性

1 “作戦開始”


 翌日の放課後。

 遥斗は家へ戻ろうとしていたが、胸の奥のざわつきが消えず、学校近くの歩道橋で立ち止まっていた。


(紗雪……今日は動かないのか?

 でもあいつなら、表に出ない方法はいくらでも——)


 その瞬間、未来視が唐突に走った。


――歩道橋の階段でつまずく。

――手すりに掴まれない。

――転落する。


「なっ……!?」


 未来視にしてはあまりに“都合がよすぎる”危機だった。


 そして違和感に気づく。


(……映像が“明確すぎる”。

 まるで誰かが“見せたい未来”を送り込んできているみたいだ……)


 そこで気づく。


これは紗雪の“誘導”だ。


2 “可能性操作”という罠


「気づいたみたいね、遥斗くん」


 階段の下。

 紗雪が淡く微笑みながら姿を現した。


「未来視が“落下”を示したでしょ?」


「今の……紗雪の仕業か?」


 紗雪は静かに頷く。


「正確には、あなたの未来の“選択肢”をわたしが操作しただけ。

 “落ちる可能性”をわざと強めれば、未来視はそれを拾いやすくなるの」


「俺を誘導するために……?」


「ええ。

 あなたの未来視を“歪めて”、正しい判断を奪うため」


 さらりと、しかし容赦のない言葉だった。


3 観察者の優位


「遥斗くん。あなたの未来視は素晴らしい能力だけど……

 “観測される側”はもっと強い」


「観測……?」


「あなたの視線、感情、思考……

 それらをわたしが完全に把握していれば、

 “あなたの未来”の確率分布を操作できる」


 紗雪は階段を上がりながら続ける。


「たとえば、あなたが“階段が危ないかも”と思った瞬間——

 その選択肢が強化される。

 あなたが疑えば疑うほど、未来視は不安を拾う。」


「じゃあ……今の未来視は、わざと俺を不安にさせるための……?」


「ええ。

 あなたを“行動不能”にするのが今回の作戦だから」


 淡々と言う紗雪の目に、迷いはなかった。


4 行動封じの心理戦


 紗雪は歩道橋の中央で立ち止まり、遥斗へ真正面から視線を合わせた。


「今からわたしは“ランダムに見える行動”を取る。

 あなたの未来視が混乱するようにね」


「……っ!」


「一つでも判断を誤れば、“危険な未来”が増える。

 あなたは未来視を信用できなくなる。

 そうしたらあなたは——“動けなくなる”。」


 紗雪は次の三つの行動の“どれか”を取ると宣言した。


歩道橋を渡って来る


踵を返して帰る


立ち止まり続ける


「あなたの未来視は、この“選択肢の多さ”と“同確率性”に弱い。

 だから――」


 紗雪はわざとゆっくり目を閉じた。


「どれを選ぶか、直前まで“自分でも決めない”。」


 遥斗の視界に、未来視が一気にブレて広がる。


――紗雪が近づいてくる未来

――帰っていく未来

――動かない未来

――なぜか走り出す未来

――歩道橋から身を乗り出す未来(!?)


「うっ……!!」


 大量の“可能性”が一度に流れ込み、頭が割れそうになる。


(どれが本物の未来なんだ……!)


 紗雪の声が静かに響いた。


「あなたが“選択できない”状態が、わたしの勝ちよ」


5 紗雪の“目的”


「紗雪……どうしてこんなことを……!」


「あなたを止めるため。

 あなたが父親を殺す未来に近づいているから。

 そして——」


 紗雪の声が、かすかに震えた。


「あなたが未来視に呑まれて暴走したとき、

 わたしがあなたを止める役目だから。」


 強く言い切ったわりに、紗雪の横顔は苦しげだった。


「本当は……あなたをこんなふうに追い詰めたくなんてないよ。

 でも……未来を変えるためには仕方ないの」


 紗雪は再び目を閉じた。


「さあ遥斗くん。

 “読めない未来”とどう戦うのか……見せて?」


 未来視はもはや“情報”ではなく“ノイズ”だった。

 動けば罠。止まれば追い詰められる。


 ここから先は――

遥斗自身の判断力で戦うしかない。

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