第五話:心理戦の幕開け ― 未来視を破る論理
夜の公園。
人影のない広場に、遥斗はひとり立っていた。
(紗雪……本当に敵になってしまったのか)
胸の奥に重苦しい痛みがある。
その時、背後に柔らかな気配が近づいた。
「やっぱりここにいたのね、遥斗くん」
振り返ると、紗雪が木陰から静かに歩み出る。
昨日までの温かい笑顔ではない。
何を考えているか読めない、観測者の目だ。
「話をしに来たのか?」
「ええ。あなたの“未来視”について……ね」
紗雪はゆっくりと距離を詰める。
対立の緊張が張りつめる。
2 ――ヒロインの論理
「遥斗くん。
あなたは未来視があるから、わたしの行動を“読み切れる”と思ってるよね」
「……違うと言ったら嘘になるな」
「でもそれは大きな誤解よ」
紗雪は指を一本立てる。
「未来視は、“あなたの認識より先の未来”を見せるだけ。
つまり——
“あなたが気づいていない未来”は見えない。」
「……どういうことだ?」
「あなたの未来視は“観測者依存”。
あなたが“選択肢として認識した行動”しか予知できない」
遥斗の眉が動く。
「たとえば……」
紗雪は滑らかに言葉を紡いだ。
「――わたしが、あなたの死角から近づく未来。
あなたが“そんな可能性ありえない”と思っているうちは、絶対に視えない」
「っ……!」
(確かに……視えてなかった……!)
「あなたは未来を“絶対の答え”だと思っている。
だからこそ、そこに盲点が生じるの」
紗雪は遥斗の正面で立ち止まり、さらりと髪を払う。
「あなたの未来視は、可能性の外側にいる相手には無力」
事実を淡々と積み重ねられ、遥斗の喉が乾いた。
3 ――誘導の罠
「じゃあ……俺は勝てないって言いたいのか?」
「いいえ。
ただ、“未来視を使えば勝てる”という思い込みを捨ててほしいの」
紗雪は柔らかい声で言いながら、しかし目だけは鋭い。
「あなたは未来視を頼りすぎ。
その依存が、あなたの未来を“父を殺す方向に固定している”。
私はそれを防ぎたいだけ」
遥斗は言い返そうとしたが、紗雪は先回りして言う。
「それに、あなたは今——
『紗雪が敵になる未来』を見ることに怯えているでしょう?」
「……!」
(読まれてる……!?)
未来視以上の読み合いをされている感覚に、背筋が冷たくなる。
「怯えれば怯えるほど、あなたの未来視は乱れる。
あなたの“恐怖”が未来を歪ませるのよ」
紗雪の声は優しいのに、内容は逃げ道を塞ぐ。
4 ――未来視の“欠点”を突く一手
「試してみる?」
紗雪はそう言うと、ゆっくりと手を後ろに回した。
「これから、わたしは“何か”を取り出してあなたに向ける。
でもそれが何かは言わない」
「……ッ」
「予知してみて。
“何を取り出すのか”。
“どう使うのか”。
“あなたがどう動くか”。」
未来視が発動しようとする——が、
映像は霧のように曖昧で何も形にならない。
「見えない……?」
「当然よ。
あなたは“わたしが何をするかの可能性”を限定してしまっている。
その枠の外にある行動は、一切見えない」
紗雪は静かに手を前へ差し出した。
握られていたのは——
ただのハンカチ。
「ほら、あなたは“武器”を想像したでしょ?
その瞬間、未来視はその可能性に縛られたの」
「……っく……!」
「これが、あなたの未来視の最大の欠点。
“可能性の枠”をあなた自身が決めてしまう。
だから誘導しやすい」
紗雪は一歩近づき、小さく微笑む。
「ねえ遥斗くん。
どうしてわたしがあなたの“監視者”に選ばれたと思う?」
遥斗は息を飲む。
「あなたの未来視の“穴”を一番よく理解しているからよ。
……そして、あなたのことを誰よりも知っているから」
その言葉には、確かな情が滲んでいた。
5 ――心理戦の始まり
「紗雪……。
俺を追い詰めて……どうしたいんだ?」
「あなたが“間違った未来”を選ばないようにしたいだけ。
でもあなたは今、暴走の兆候が見え始めてる」
「暴走なんてしてない!」
「してるのよ。
未来視への依存、感情の揺らぎ、過度な焦り……すべて未来のあなたと同じ」
紗雪は悲しそうに微笑む。
「だから、遥斗くん。
これからは——
わたしと戦う覚悟をして。
あなたの未来を守るために、わたしはあなたに勝たなきゃいけない。」
風が強く吹き、二人の影が揺らぐ。
(紗雪……。
俺は君と戦うために力を使うつもりなんて……なかったのに)
しかし紗雪は背を向け、静かに言った。
「次会うときは、心理戦じゃ済まないかもしれない。
その覚悟を持っておいて」
紗雪は闇に消える。
残された遥斗の胸に、
未来視では読み切れない“予感”だけが強く残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます