第二十八話 読めない未来の輪郭
翌朝。
目覚めと同時に、あの断片的な予兆の残像が頭を締めつけた。
◆
・救急車のサイレン
・白い廊下
・誰かの泣き声
・名を呼ぶ声
◆
(何度思い返しても……誰なのか判別できない)
未来予知の映像には、明確な姿も名前も写らない。
“状況”と“感情”だけが、強烈に焼き付く。
(雨宮の……母さんか?
でも――決定的な根拠はない)
手が震える。
深呼吸しても胸の奥が冷えたままだ。
(もし違う人だったら、雨宮を無駄に怯えさせるだけだ。
でも……もし本当に雨宮の母さんの未来だったら……)
どちらに転んでも、
選んだ言葉の先に“後悔”が待っていそうだった。
■予知の検証
(落ち着け……一つずつ整理するんだ)
机に向かって、ノートを開く。
予知で見た要素を書き出していく。
・救急車の音量 → 相当近くで聞こえた
・廊下の白さ → 大きな病院クラス
・泣き声 → 若い女性? あるいは子ども?
・名前を呼ぶ声 → 聞き覚えなし
(……これだけじゃ誰か判別できない)
俺は先日の予知の精度を思い返す。
停電も、動画のバズも、地下鉄のトラブルも――
すべて的中した。
(つまり……今回も“起きる”。間違いなく)
問題は誰に対して起きるかだ。
雨宮の母か。
別の誰かか。
それとも――俺自身の身近な誰かか。
(自分の生活圏の出来事ばかり見えるってことは……
これも、俺の生活圏の誰かだ)
そう確信した瞬間、
胸の奥が重力に引かれるみたいに沈んだ。
■ネットの怒涛の拡散
ノートを閉じ、スマホを見る。
通知が、また爆発していた。
【#仮面の予言者】
【#次の未来は?】
【#二回目の配信まだ】
【#本物の預言者(ガチ)】
トレンド上位を占拠している。
(……終わらないのかよ)
動画サイトのコメント欄は阿鼻叫喚だった。
《お願いです、次の配信を!》
《救いたい人がいます。助けて》
《今日の未来を教えてください》
《あなたが言えば人が救われるんです》
《黙ってないで、応えてください!》
《国が動く前にもう一度配信して》
善意と焦りと依存と混乱が混ざり合った要求が、
何百、何千と押し寄せてくる。
(やめてくれ……俺はそんな大層な人間じゃない)
胸の内で叫びながらも、
指先が震えてスマホを持つのもつらい。
さらにDMの嵐。
《病気の息子の未来を教えてください》
《父の容態が急変しそうで怖いです》
《これから事故が起こるか知りたい》
《あなたが救世主です》
《たすけて》
読むだけで心が削れていく。
(俺は……救世主でも神でもない。
ただ100円払えばちょっと未来が見えるだけの……学生だ)
それなのに、
世界が“予言者”として扱ってくる。
■次の配信要求は止まらない
そのとき、動画サイトに公式アカウントから通知が入った。
【視聴者が急増しています。
“次の予言”を期待する声が多数寄せられています。
配信予定があればご入力ください】
(うわ……公式まで来たか……)
逃げ場が、どんどん消えていく。
俺は次の予兆の意味すら分かっていないのに。
(このまま放置したら……勝手に“期待”だけ膨らむ。
でも、また配信したら――予知の内容を言うことになる)
曖昧な言葉で誤魔化せるレベルじゃない。
今回のは、誰かの命に関わる可能性が高い。
(雨宮に……言うべきなのか?
それとも、誰にも言わずに……俺ひとりで全部抱えるべきなのか?)
考えるほど、
息が浅くなっていく。
■孤独な推測
(せめて……誰なのか分かれば……)
頭の中で何度も予兆を再生し、
音を細かく分析し、
ノートに可能性を端から書き出す。
だが、何度繰り返しても同じ場所で行き詰まる。
映像に“ヒント”がない。
(どうして……今回はこんなに曖昧なんだ?
まるで、俺に“選択”させるみたいに……)
誰かの未来を守るかどうか。
声を出すかどうか。
配信するかどうか。
(これ……もう俺ひとりの問題じゃないんだな)
ふと、スマホが震える。
新規DM:
『次の配信は、いつですか?』
その一行が――
予兆の映像よりも重くのしかかった。
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