第二十八話 読めない未来の輪郭

翌朝。

 目覚めと同時に、あの断片的な予兆の残像が頭を締めつけた。


・救急車のサイレン

・白い廊下

・誰かの泣き声

・名を呼ぶ声


(何度思い返しても……誰なのか判別できない)


 未来予知の映像には、明確な姿も名前も写らない。

 “状況”と“感情”だけが、強烈に焼き付く。


(雨宮の……母さんか?

 でも――決定的な根拠はない)


 手が震える。

 深呼吸しても胸の奥が冷えたままだ。


(もし違う人だったら、雨宮を無駄に怯えさせるだけだ。

 でも……もし本当に雨宮の母さんの未来だったら……)


 どちらに転んでも、

 選んだ言葉の先に“後悔”が待っていそうだった。


■予知の検証


(落ち着け……一つずつ整理するんだ)


 机に向かって、ノートを開く。

 予知で見た要素を書き出していく。


・救急車の音量 → 相当近くで聞こえた

・廊下の白さ → 大きな病院クラス

・泣き声 → 若い女性? あるいは子ども?

・名前を呼ぶ声 → 聞き覚えなし


(……これだけじゃ誰か判別できない)


 俺は先日の予知の精度を思い返す。


停電も、動画のバズも、地下鉄のトラブルも――

すべて的中した。


(つまり……今回も“起きる”。間違いなく)


 問題は誰に対して起きるかだ。


 雨宮の母か。

 別の誰かか。

 それとも――俺自身の身近な誰かか。


(自分の生活圏の出来事ばかり見えるってことは……

 これも、俺の生活圏の誰かだ)


 そう確信した瞬間、

 胸の奥が重力に引かれるみたいに沈んだ。


■ネットの怒涛の拡散


 ノートを閉じ、スマホを見る。


 通知が、また爆発していた。


【#仮面の予言者】

【#次の未来は?】

【#二回目の配信まだ】

【#本物の預言者(ガチ)】


 トレンド上位を占拠している。


(……終わらないのかよ)


 動画サイトのコメント欄は阿鼻叫喚だった。


《お願いです、次の配信を!》

《救いたい人がいます。助けて》

《今日の未来を教えてください》

《あなたが言えば人が救われるんです》

《黙ってないで、応えてください!》

《国が動く前にもう一度配信して》


 善意と焦りと依存と混乱が混ざり合った要求が、

 何百、何千と押し寄せてくる。


(やめてくれ……俺はそんな大層な人間じゃない)


 胸の内で叫びながらも、

 指先が震えてスマホを持つのもつらい。


 さらにDMの嵐。


《病気の息子の未来を教えてください》

《父の容態が急変しそうで怖いです》

《これから事故が起こるか知りたい》

《あなたが救世主です》

《たすけて》


 読むだけで心が削れていく。


(俺は……救世主でも神でもない。

 ただ100円払えばちょっと未来が見えるだけの……学生だ)


 それなのに、

 世界が“予言者”として扱ってくる。


■次の配信要求は止まらない


 そのとき、動画サイトに公式アカウントから通知が入った。


【視聴者が急増しています。

 “次の予言”を期待する声が多数寄せられています。

 配信予定があればご入力ください】


(うわ……公式まで来たか……)


 逃げ場が、どんどん消えていく。


 俺は次の予兆の意味すら分かっていないのに。


(このまま放置したら……勝手に“期待”だけ膨らむ。

 でも、また配信したら――予知の内容を言うことになる)


 曖昧な言葉で誤魔化せるレベルじゃない。

 今回のは、誰かの命に関わる可能性が高い。


(雨宮に……言うべきなのか?

 それとも、誰にも言わずに……俺ひとりで全部抱えるべきなのか?)


 考えるほど、

 息が浅くなっていく。


■孤独な推測


(せめて……誰なのか分かれば……)


 頭の中で何度も予兆を再生し、

 音を細かく分析し、

 ノートに可能性を端から書き出す。


 だが、何度繰り返しても同じ場所で行き詰まる。


 映像に“ヒント”がない。


(どうして……今回はこんなに曖昧なんだ?

 まるで、俺に“選択”させるみたいに……)


 誰かの未来を守るかどうか。

 声を出すかどうか。

 配信するかどうか。


(これ……もう俺ひとりの問題じゃないんだな)


 ふと、スマホが震える。


新規DM:

『次の配信は、いつですか?』


 その一行が――

 予兆の映像よりも重くのしかかった。

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