第二十六話 告げるべきこと、隠すべき顔

放課後。

 キャンパスの人の気配が消えかける頃、

 俺は図書館裏のベンチへ向かった。


 そこに――雨宮がいた。

 夕陽に照らされた横顔は、どこか頼りなく、

 それでいて何かを覚悟しているようにも見えた。


「来てくれてありがとう」


「ううん。話したいことがあるって言ってたし」


 その声の奥に、少し緊張が混じっている。

 俺自身、胸の奥がざわついていた。


 噂のことをどう伝えるか。

 本当のことを、どこまで言えばいいのか。


 考えるほど、言葉は重くなる。


■雨宮の報告


「今日、病院に電話したら……」

 雨宮は小さく息を吸う。

「母の容態が少し落ち着いたって言われました」


「よかった……本当に」


 心の底からそう思った。


 しかし雨宮は、嬉しさよりも不安の色を浮かべていた。


「大学の友達に話したわけじゃないのに……

 病院の人から聞いた人づてで、

 『奇跡みたいな回復』って広まってて……

 それで、今日ずっと言われたんです。

 “雨宮、なんか知ってたんじゃない?”って」


(……そっちに飛んだか)


 予想していたとはいえ、

 実際に雨宮へ影響がいくと胸がざわつく。


■本題へ


「……噂が出てるんだ」

 俺はついに口を開いた。


「噂?」


「“未来が見える学生がいる”って」


 雨宮は目を見開き、固まった。


「そ……そんなの……」


「正体までは誰も知らない。でも、

 病院の話と、雨宮が動いたタイミングが合いすぎてて……

 勝手に“予知した人が関わってる”ってことになってる」


 雨宮は膝の上の手をぎゅっと握った。


「ごめんなさい……私のせいで……」


「違う。全然違う。

 悪いのは噂を勝手に作る側だよ」


 それでも雨宮の顔から不安は消えなかった。


■主人公の恐れ


 噂が雨宮へ向かうのはまだいい。

 問題は――その矛先が、やがて俺へ向くことだ。


(このままだと……いずれ俺が“特定候補”にされる)


 特に雨宮と俺が話しているところを

 誰かに見られれば、線は簡単につながる。


 俺は急に、背中が冷えるような感覚に襲われた。


(正体を隠して……逆に“別方向”へ噂を流せば……

 俺個人ではなく、“謎の存在”に注目が向く)


 突拍子もない発想。

 でも――その瞬間、妙にしっくりきた。


(……動画だ)


 匿名で。

 顔も声も隠し、

 噂を“虚構として”広げてしまえばいい。


 大学の誰とも結び付かない形で。


(情報の過剰供給は、焦点をぼかす)


 頭の中で、急速に計画が形になっていく。


■雨宮への言葉


「雨宮……正直に言うけど」

 俺は意を決して言った。

「この噂、たぶん当分収まらない」


「……そう、なんですね」


「だけど、対処方法がある。

 “本物”の存在を、もっと曖昧にすればいい」


「曖昧に……?」


「たとえば――噂とは全然違う場所に、

 “正体不明の予言者”みたいなのを作ってしまえば、

 大学の誰かに結びつけられない」


 雨宮は驚いたように俺を見る。


「そんなこと……できるんですか?」


「できる。

 動画サイトで、仮面でもつけて、

 “予兆だけ話す配信者”が突然現れたら……

 噂はそっちに吸い寄せられる」


 雨宮は息を呑んだ。


「でも……危なくないですか?」


「大丈夫。

 ただ曖昧なことを言うだけ。

 大学のことに触れなければ、何もバレない」


 本当の目的は、

 “大学にいるかもしれない予知者”という噂を

 薄めること。


 雨宮を守るためでもある。

 そして――俺自身を守るためでもある。


■雨宮の反応


 雨宮はしばらく黙っていたが、

 やがて不安そうに口を開いた。


「……あなたが危険なことをするのは嫌です。

 でも……私のせいで噂が広がっているのなら……

 止めたい気持ちもあります」


 そして、俺の目をまっすぐ見て言った。


「やるなら……私も協力します。

 ひとりで背負わないでください」


 その言葉に胸が痛んだ。


(背負わせたくないのに……

 雨宮は、いつも真っ直ぐすぎるんだ)


■決意の夜へ


「ありがとう。

 でもこれは俺がやるよ。

 雨宮には……母さんの方を見ていてほしい」


「……本当に大丈夫?」


「大丈夫。

 ただの……仮面をつけた嘘つきの配信者だよ」


 雨宮は不安を残したまま、

 それでも俺の言葉を受け取ってくれた。


 夕陽が沈み、影だけが長く伸びていく。


(今日の夜、準備を始めよう)


 噂を鎮めるための偽装。

 正体を隠すための仮面。

 そして――


(……未来予知者を、“俺以外の誰か”にする)


 そう決めた。


 だがその瞬間、視界の端にひらりと光がよぎる。


(また……予知……?)


 未来は、容赦なくこちらを向く。


 俺が仮面をかぶろうとしているときでさえ。

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