第九話 沈黙する未来の奥にあるもの

 百円玉の冷たさが、じわりと掌に馴染んでいく。

 手の中で転がる硬貨の感触は、もはやただの金属ではなくなっていた。


(……こいつは、何を見せようとしてる?)


 机に腰を下ろし、しばらく百円玉を指先でなぞり続けた。

 未来予知は“必要な情報だけ”を見せる。

 だが、今日の予知はどれも不完全だった。


 途切れた未来。

 警告めいた未来。

 そして“真相”という謎。


 なぜ、全部中途半端なんだ?


(能力の限界……じゃない。これは、わざとだ)


 確信に近い直感があった。

 まるで誰かが“見せたい部分だけを選び、あとは隠している”ような、そんな感触。


 その“誰か”という考えが出てきた瞬間、背筋が薄く震えた。


(いや……違う。誰かじゃない。

 未来そのものが、俺を誘導してる)


 未来予知は機械のような正確さで発動する。

 でも、その内容はどこか“意志”を感じさせた。

 今日の事故。

 “右に五歩”。

 そして“真相”という言葉。


 まるで、物語の伏線みたいじゃないか。


「……いや、気のせいだろ」


 そう言って笑おうとしたが、口元がひきつってうまく笑えなかった。


 視界の端で百円玉が微かに光る。

 我ながら気にしすぎだと思う。


 しかし――

 どうしても、未来が俺に何かを伝えようとしている気がしてならない。


(本当に……何なんだよ、“真相”って)


 考えれば考えるほど、思考は沼に沈む。


 そのときだ。


 ――カタッ。


 テーブルの上の百円玉が、ひとりでに転がった。


「……」


 空調の風?

 震動?

 理由は分からない。


 ただ、

 百円玉が“今使え”と言っているように見えた。


 その誘惑は恐ろしく自然で、抵抗する気力を奪うほどだった。


(……分かったよ)


 半ば呟くように言い、掌に百円を乗せた。


 再び未来に触れる覚悟を決めて――

 投じる。


カチリ。


『――次の百円で、すべてが“見える”。

 だが、その瞬間、君はもう後戻りできなくなる。

 準備をしろ。心を整えろ。

 未来は、君の覚悟を試す。』


 映像はそこで途切れた。


「……次の百円で、全部見える?」


 背筋をなぞる冷気。

 未来予知は初めて、はっきりと“準備”を要求してきた。


 いや、これは――


次で“真相”を見せるから覚悟しろ、という宣告だ。


(後戻りできない……か)


 なら、後戻りしなければいい。

 逃げるつもりは最初からない。


 暗い部屋で、百円玉がまたひとつ、小さく震えるように見えた。


「……次で、全部分かるんだな」


 自分に言い聞かせるように呟く。


 深呼吸をひとつ。

 喉の奥が乾いている。


 机の上に残る百円玉は、あと少し。

 残りの人生を賭けるほどの値段ではない。

 それでも指先が震えるのは――

 次の予知が“決定打”だと、直感しているからだ。


 震える指先で百円玉をつまむ。


 静かな部屋に、金属のわずかな音が響いた。


 次で終わる。

 次で、始まる。


 そう感じながら――


 俺は、百円玉を強く握りしめた。

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