Sランクの親友が「魔王」を拾ってきたので、俺がこっそり裏山に捨てに行く
楓かゆ
第1話
「おい
コンビニで買った微糖コーヒーを飲みながら、大学の裏手にある
エイジは
だが今の彼は、その整った笑顔で、どう見ても『事案』としか言えない物体を引きずっていた。
「……エイジ。一応聞くが、なんだそれ」
「え? 見てわからないか? 魔王だ!」
「まお」
「こいつが新宿のダンジョンから
エイジは子犬を拾ってきた小学生みたいな
俺はため息をついて、彼が引きずっている『それ』を指さした。
「あのな、エイジ。俺とお前はルームシェアしてる仲だが、
「いや、ペットっていうか……下僕? こいつレア度SSSだぜ?」
「レア度はどうでもいい。それにな、今日は火曜日だ」
「だから?」
「今日は燃えるゴミの日だ。その全身金属の
俺が指摘すると、エイジは「あっ」と素っ
俺の
だが、エイジや他の連中の視界は違うらしい。
この世界は三年前、突如として『システム化』した。
空にはステータスウィンドウが浮かび、モンスターが出現し、人類はレベルやスキルといった概念を手に入れた。常識がファンタジーに
しかし、世界でただ一人――俺、
俺だけがシステムから
だから俺には、エイジが必死に見せびらかしてくる『テイム成功率0.01%の奇跡!』とかいうポップアップ表示も見えないし、この骸骨から放たれているらしい『絶望のオーラ』のエフェクトも見えていない。
ただただ、薄汚い骸骨がそこに転がっているだけだ。
「……我は……
ズズ、と骸骨が動き出した。
喫煙所の空気がピリつく。いや、正しくは『ピリついているらしい』。エイジが少しだけ真顔になり、片手をかざした。
どうやら戦闘態勢に入ったようだ。
「
「ふーん」
俺はコーヒーの空き缶をゴミ箱に投げ入れた。カラン、と乾いた音がする。
「
骸骨の
周囲の空間が
エイジが叫んだ。
「くそッ、こいつネームドの『
骸骨が、大鎌を振り上げた。
どす黒い波動が一点に
「――《ニブルヘル……》」
ガガンッ!!!
硬質な、けれどどこか抜けた衝撃音が路地裏に響いた。
「……あ?」
エイジがポカンと口を開ける。
詠唱の途中で、骸骨の頭が真横にひしゃげていた。
俺の手には、部室のロッカーからくすねてきた金属バット。グリップは少し
「うるせえよ。近所迷惑だろ」
俺はバットを肩に担ぎ直して、足元で
どうやら詠唱中断が入ったらしい。そりゃそうだ。金属バットでフルスイングされれば、誰だって痛いし言葉に詰まる。
「魔法防御9999の『絶対障壁』が……素通し……?」
エイジが信じられないものを見る目で呟いた。
そう。俺にはシステムが見えない。
見えないということは、認識していないということだ。
俺にとって「障壁」はただの空気であり、「物理無効」のスキルは存在しない設定であり、コイツはただの「カルシウムの
物理法則は、いつだってシステムの魔法より残酷で平等だ。
「な、貴様……我は……深淵の……!」
「だからうるせえって」
俺は追撃の二発目を、今度は
ゴギャッ、という鈍い音と共に、骸骨の
システム上のHPバーがどうなっているかは知らない。だが、物理的に頭を割られた生物は、大抵おとなしくなるものだ。
骸骨はビクビクと二回ほど震え、完全に沈黙した。
辺りに静寂が戻る。
エイジがゆっくりと立ち上がり、乾いた笑いを漏らした。
「……はは、やっぱり
「お前が無駄なエフェクトに惑わされすぎなんだよ。殴れば折れる。それだけだ」
「ステータス画面も、ボスの名前も見えない男は言うことが違うねぇ。……で、どうするこれ? 完全に気絶しちゃってるけど」
「飼うのはダメだぞ」
「わかってるって。俺んち、お前の靴下だけでも手狭だしな」
「俺の靴下のせいにするな」
俺たちは顔を見合わせて、それから足元の巨大なゴミを見下ろした。
ここで放置すれば、システム管理省の役人が来るだろう。そうなれば事情聴取だの現場検証だので、今夜楽しみにしている配信者とのコラボ企画が見られなくなる。
「裏山に埋めるか」
「だな。人目につかない場所に
俺たちは慣れた手つきで、近くにあったブルーシート(工事現場から勝手に
エイジはステータスS(腕力極振り)の馬鹿力で、総重量二〇〇キロはあるであろう骸骨を軽々と肩に担ぎ上げる。
端から見れば、死体遺棄に向かう反社会勢力そのものだ。いや、やってることはそれに近いが。
「
「お前のその腕力で運べよ」
「嫌だよ、これ装備品のトゲが肩に食い込んで痛いんだよ」
「ったく……俺の軽トラ、先週洗車したばっかなのに」
俺は文句を言いながら、ポケットから鍵を取り出した。
世界最強の勇者と、世界で唯一の一般人。
この時の俺たちは、まだ気楽に考えていた。
この「燃えるゴミ」を捨てれば、それでまたいつもの、くだらなくて退屈な日常が戻ってくるのだと。
エイジが担いだブルーシートの
「腹減ったな、
「だからまずは、そのドクロを始末してからだ。汁が垂れたらどうすんだ」
「大丈夫、アンデッドは体液とか出ないし! 多分!」
秋葉原の
バックミラー越しに見える街の空には、俺には見えない何かの巨大な通知ウィンドウが赤く点滅しているらしい。
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