Sランクの親友が「魔王」を拾ってきたので、俺がこっそり裏山に捨てに行く

楓かゆ

第1話

「おい朔夜さくや、ちょっと見てくれ! すごいの拾った!」


 コンビニで買った微糖コーヒーを飲みながら、大学の裏手にある喫煙所きつえんじょ(学生立ち入り禁止の抜け穴だ)でサボっていた俺の前に、親友の最上エイジが現れた。


 エイジはさわやかなイケメンだ。無造作むぞうさな茶髪に、流行りのレイヤードスタイルを着こなし、顔だけで言えばモデル事務所が裸足はだしで逃げ出すレベルだろう。

 だが今の彼は、その整った笑顔で、どう見ても『事案』としか言えない物体を引きずっていた。


「……エイジ。一応聞くが、なんだそれ」

「え? 見てわからないか? 魔王だ!」

「まお」

「こいつが新宿のダンジョンからあふしてきてさあ。ちょうど通りがかったからテイムしたんだ! まだ息あるぞ。家で飼ってもいいかな?」


 エイジは子犬を拾ってきた小学生みたいなひとみで、俺に同意を求めてくる。

 俺はため息をついて、彼が引きずっている『それ』を指さした。


「あのな、エイジ。俺とお前はルームシェアしてる仲だが、規約きやくにペット可なんて書いてなかっただろ」

「いや、ペットっていうか……下僕? こいつレア度SSSだぜ?」

「レア度はどうでもいい。それにな、今日は火曜日だ」

「だから?」

「今日は燃えるゴミの日だ。その全身金属のよろいを着込んだドクロ野郎は、どう見ても不燃ふねんごみだろうが」


 俺が指摘すると、エイジは「あっ」と素っ頓狂すっとんきょうな声をあげた。

 俺の視界しかいには、そいつはただの『悪趣味なコスプレをした身長三メートルの骸骨がいこつ』にしか見えていない。黒ずんだマントに、イガイガしたとげのついたフルプレートメイル。手にはご丁寧に大鎌おおがままで握られている。


 だが、エイジや他の連中の視界は違うらしい。

 この世界は三年前、突如として『システム化』した。

 空にはステータスウィンドウが浮かび、モンスターが出現し、人類はレベルやスキルといった概念を手に入れた。常識がファンタジーに侵食しんしょくされた現代社会。それが今の日本の姿だ。


 しかし、世界でただ一人――俺、加賀美かがみ朔夜さくやにだけは、その『ウィンドウ』が見えなかった。

 俺だけがシステムからはじかれた、バグった存在。

 だから俺には、エイジが必死に見せびらかしてくる『テイム成功率0.01%の奇跡!』とかいうポップアップ表示も見えないし、この骸骨から放たれているらしい『絶望のオーラ』のエフェクトも見えていない。

 ただただ、薄汚い骸骨がそこに転がっているだけだ。


「……我は……終焉しゅうえんを……もたらす者……」


 ズズ、と骸骨が動き出した。

 喫煙所の空気がピリつく。いや、正しくは『ピリついているらしい』。エイジが少しだけ真顔になり、片手をかざした。

 どうやら戦闘態勢に入ったようだ。


朔夜さくや、下がってろ! こいつ、気絶状態から覚醒したみたいだ。レベルが【測定不能】になってる!」

「ふーん」


 俺はコーヒーの空き缶をゴミ箱に投げ入れた。カラン、と乾いた音がする。


おろかな……人間どもよ……我こそは死の王、全ての生を刈り取る……」


 骸骨の眼窩がんかに赤い光が灯る。

 周囲の空間がゆがみ、世界ランク1位の勇者であるエイジですら冷や汗を流して膝をつきかけた。これは高レベルモンスター特有の『威圧いあつ』スキルだ。システムに認識されている人間は、レベル差による強制的な恐怖判定が入る。


 エイジが叫んだ。

「くそッ、こいつネームドの『深淵王しんえんおう』だ! 朔夜さくや、防御スキルを展開しろ! 即死級の広範囲魔法が来るぞ!!」


 骸骨が、大鎌を振り上げた。

 どす黒い波動が一点に収束しゅうそくしていく。俺には見えないが、たぶん派手なエフェクトが出ているのだろう。街一つ吹き飛ばすような極大魔法の詠唱えいしょう


「――《ニブルヘル……》」


 ガガンッ!!!


 硬質な、けれどどこか抜けた衝撃音が路地裏に響いた。


「……あ?」


 エイジがポカンと口を開ける。

 詠唱の途中で、骸骨の頭が真横にひしゃげていた。

 俺の手には、部室のロッカーからくすねてきた金属バット。グリップは少し劣化れっかしているが、アルミ合金の硬度は十分だ。


「うるせえよ。近所迷惑だろ」


 俺はバットを肩に担ぎ直して、足元で痙攣けいれんしている骸骨を見下ろした。

 どうやら詠唱中断が入ったらしい。そりゃそうだ。金属バットでフルスイングされれば、誰だって痛いし言葉に詰まる。


「魔法防御9999の『絶対障壁』が……素通し……?」


 エイジが信じられないものを見る目で呟いた。

 そう。俺にはシステムが見えない。

 見えないということは、認識していないということだ。

 俺にとって「障壁」はただの空気であり、「物理無効」のスキルは存在しない設定であり、コイツはただの「カルシウムのかたまり」にすぎない。

 物理法則は、いつだってシステムの魔法より残酷で平等だ。


「な、貴様……我は……深淵の……!」

「だからうるせえって」


 俺は追撃の二発目を、今度は脳天のうてんへ、手首のスナップを利かせて叩き込んだ。

 ゴギャッ、という鈍い音と共に、骸骨の頭蓋ずがいにヒビが入る。

 システム上のHPバーがどうなっているかは知らない。だが、物理的に頭を割られた生物は、大抵おとなしくなるものだ。


 骸骨はビクビクと二回ほど震え、完全に沈黙した。

 辺りに静寂が戻る。

 エイジがゆっくりと立ち上がり、乾いた笑いを漏らした。


「……はは、やっぱり朔夜さくやにはかなわねえなあ。俺が三分かけて削りきれなかった『深淵王』を、ものの二秒で鎮圧ちんあつかよ」

「お前が無駄なエフェクトに惑わされすぎなんだよ。殴れば折れる。それだけだ」

「ステータス画面も、ボスの名前も見えない男は言うことが違うねぇ。……で、どうするこれ? 完全に気絶しちゃってるけど」

「飼うのはダメだぞ」

「わかってるって。俺んち、お前の靴下だけでも手狭だしな」

「俺の靴下のせいにするな」


 俺たちは顔を見合わせて、それから足元の巨大なゴミを見下ろした。

 ここで放置すれば、システム管理省の役人が来るだろう。そうなれば事情聴取だの現場検証だので、今夜楽しみにしている配信者とのコラボ企画が見られなくなる。


「裏山に埋めるか」

「だな。人目につかない場所に投棄とうきしよう」


 俺たちは慣れた手つきで、近くにあったブルーシート(工事現場から勝手に拝借はいしゃくしたものだが、あとで返す)に骸骨を包み込んだ。

 エイジはステータスS(腕力極振り)の馬鹿力で、総重量二〇〇キロはあるであろう骸骨を軽々と肩に担ぎ上げる。

 端から見れば、死体遺棄に向かう反社会勢力そのものだ。いや、やってることはそれに近いが。


朔夜さくや、車出してくれよ」

「お前のその腕力で運べよ」

「嫌だよ、これ装備品のトゲが肩に食い込んで痛いんだよ」

「ったく……俺の軽トラ、先週洗車したばっかなのに」


 俺は文句を言いながら、ポケットから鍵を取り出した。

 世界最強の勇者と、世界で唯一の一般人。

 この時の俺たちは、まだ気楽に考えていた。

 この「燃えるゴミ」を捨てれば、それでまたいつもの、くだらなくて退屈な日常が戻ってくるのだと。


 エイジが担いだブルーシートの隙間すきまから、紫色の燐光りんこうが漏れ出し、こっそりと俺たちの車に『刻印』を刻んでいることにも気づかずに。


「腹減ったな、朔夜さくや。ラーメン食って帰ろうぜ」

「だからまずは、そのドクロを始末してからだ。汁が垂れたらどうすんだ」

「大丈夫、アンデッドは体液とか出ないし! 多分!」


 秋葉原の雑踏ざっとうを離れ、俺たちの軽トラは夕暮れの道路を走り出した。

 バックミラー越しに見える街の空には、俺には見えない何かの巨大な通知ウィンドウが赤く点滅しているらしい。

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