断罪の刻

後藤 紅

1章 願いの果て

    六月一二日(木)

鳥の鳴き声が聞こえる。一体何を伝えたいのだろう。

 この時期、まだ朝は肌寒い。そのくせ昼間は暑くなるから面倒だ。とはいえ暑すぎる夏や、寒すぎる冬に比べたらマシだ。

 そんなことを考えていると、一戸建ての合間にいつもの鳥居が見えてきた。

 からんからん。がしゃんがしゃん。ぱんぱん。

 いつも通りの願い事をし、一礼してから下がる。

 今日もいい日になるだろうか。そう思いながら大学へ向かう。



 入学から二カ月が経ち、行きたい教室に辿(たど)り着くのもずいぶん早くなった。初めの頃はどの教室がどちらにあるかわからず右往左往したものだ。

今日の活動は五〇八教室だ。と、扉を開けた途端、聞き慣れた声が飛んできた。

「蓮(れん)!」

「おう」

小柄な女子が近づいてくる。黒髪ロングストレートに長めのスカート。なんとも落ち着いた清楚系に見える。しかし実際は、

「ね! 来週、ここ行かない? 私行ってみたい!」

とっても元気で明るいやつ。それが花園結衣(はなぞの ゆい)。

 今も楽しそうに、小教室の真ん中の、本や文献史料で散らかった机の上の地図を指さしている。

「ん? どこ?」

「ここ! 明正八幡宮(めいしょうはちまんぐう)!」

 花園の肩越しに地図を覗き込む。

「おお」

 どうやらかなり大きな神社のようだ。地図に描かれている社の周りの森がずいぶん広い。

「明正八幡宮は安産祈願や子育てへの信仰が篤(あつ)く、縁結びの神社としてもしられているんだ」

 すかさず山上聖司(やまかみ せいじ)が補足する。

 長めの黒髪はいつも少しボサッとしているが、きちんとシャツを着ているせいか、だらしがないヤツだとは感じない、落ち着いた雰囲気を纏(まと)っている。神社や寺について驚くほど詳しく、このサークルの希望の星だ、と俺は勝手に期待を寄せている。

「なるほど。いいんじゃない?」

 言いながら俺は花園の方に向き直る。

「でしょ」

「うん」

「やった!」

 パッと笑顔になり、地図の明正八幡宮の位置を赤ペンで丸く囲っている。

「この距離なら学校から歩いて行けそうだな」

 花園の横で、聖司が地図の右下の縮尺を指で取って、地図の上に合わせている。

「いやムリムリ! 電車二駅分も歩けないって」

 慌てて花園が首を振る。

「最近、金がなくて」

「えー、山上も乗り気だったじゃん」

なんだかごたつき始めたな。はあ…俺が入らなきゃダメか。

「まあまあ落ち着けって。いつもお賽銭は必ず五百円玉の聖司が、金欠なわけないだろう?」

 ぎく、と聖司の頬が引きつった。

「それは別だろ」

俺は聖司の肩に腕を回し、ぬるりと言う。

「行くたんびに授与所(じゅよじょ)で、お札とかたんまり買ってるじゃないか」

 ぎくぎく。

「だから、それは神様への感謝のしるしだよ」

「じゃあ、いつも教室取りをしてくれてる花園にも、感謝を示せよ?」

 聖司の向こうで、花園が勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

「わかった、わかったよ」

 耐えかねて聖司が折れる。

「ありがと!」

 聖司に向って軽く頭を下げたものの、目だけはこちらに向いている。まったく…。

「てか、いつも買いすぎじゃないか? それで金欠になってるんだろ」

 腕を離しつつ、あきれた声で言う。

「いやあ。気づいたら財布からお金が無くなってるんだよ」

 聖司が気まずそうに目をそらす。

「蓮がアニメのイベントで散財するのと一緒でしょ」

 なっ、

「それを今いうな!」

 いたずらっぽく笑う花園に食ってかかろうとした時、

「あれ? 君も人のこと言えないんじゃない?」

案の定、聖司が割り込んできた。たく…。

「はあ。俺が悪かったって。聖司の気持ちもわかるよ」

要は、聖司は神社・寺オタクなのだ。令和の時代に珍しいやつだとは思うが、この『神社仏閣サークル』においてはそんなことはない。無論、俺たちの中でも知識量が突出しているのは確かだが。

「わかってくれればいいんだ。さて、じゃあ明正八幡宮についての事前調査を始めるか。久しぶりの神社巡りだからしっかりやろうな」

 なんだか気を良くしてくれたみたいだ。

だが、すぐにまた機嫌を損ねてもらうことになる…。

「ごめん。俺レポートやんないといけないんだよね」

「え」

「あ! 私もだ! 基礎のやつだよね?」

「そうそう」

「ええっ」

「私もヤバい。一緒にやろ?」

「いいよ」

 花園とともに、空いた机にパソコンその他を広げ始める。

「たく、君たち信仰心が足りてないぞ」

 聖司が呆れ顔で言う。

俺は手を合わせて、謝罪の意を示す。

「ごめん。調べるのは次回にしよう」

「ごめんねー」

「はいはい」

 聖司は散らかった机の方の椅子に腰掛ける。

「聖司は課題とか大丈夫なのか?」

「僕は君たちと違って計画的だからね」

 置かれた本の表紙を一冊ずつ吟味しながら答えている。

「すげーな」

「ふふん」

 一冊を手にとり広げる。

 最近気づいたが、こいつは結構要領よくなんでもこなせるタイプだ。羨ましい。

 ちなみに、ここにある神社仏閣についての本はほとんど聖司のもので、幸運にも一つだけ空いていた部室棟のロッカーに、普段は保管している。

 この『神社仏閣サークル』は俺が発案したサークルだ。サークルと言っても名ばかりで、話に乗ってくれた花園と、たまたま授業が同じで、神社トークで意気投合した聖司とで教室を取って細々とやっている、言わば非公認サークルだ。

「それにしても蓮、最近神社や寺に全然行っていないじゃないか」

 本から顔を上げないまま、聖司が声をかけてくる。

「そうだなあ。四月の頃は張り切ってたけど、最近課題が溜まってきててさあ」

「折角活動を始めたのに、こんな調子でいいのか」

 言うほど言葉に鋭さはない。

「ごめんて…他にメンバーが増えでもしたら、やる気も湧いてきそうなんだけどな」

「そんな人そうそういないでしょ」

 花園に横でぼやかれ、心の中で同意する。

    ~

 やっとレポートを書き終わり、うーんと伸びをする。

「終わったー」

「私もおーわった」

 ちょうど花園も終わったようだ。一緒に伸びる。

「もうこんな時間か」

 聖司も読んでいた本を閉じ立ち上がる。

「時間いっぱいかかっちゃた。帰るか」

 俺は言いながら荷物をまとめ始める。花園も同様だ。

「机戻すの手伝ってくれ」

 聖司が腕いっぱいに文献やら本やらを抱えながら目を向けてくる。

「りょ」

 俺は頷いてから机に近づき、地図を畳んでいく。

「明日は二限からだから安心だ」

 聖司が呑気(のんき)そうに言う。

「それ一限ある俺に言うか?」

「ごめんて」

 そんな他愛のない会話をしながら机を戻し、本をまとめてから、自分の荷物を整理しに戻る。と、ふいに花園が近寄ってくる。

「日曜、楽しみにしてて」

「ああ」

 花園を見る。珍しく笑っていない。

「二人とも忘れ物するなよ」

 聖司が肩掛けバッグをしょいながら、扉の前で振り返る。

「はーい」

 自然と声が揃った。

 聖司に続き扉に向かう。

 電気を消して、扉を閉める。



    六月十六日(月)

「…こうしてアイヌ、オランダ、清、朝鮮、琉球を除く国々との国交は絶たれ、俗に言う鎖国体制が出来上がったのです」

 俺は大教室の隅の席で、そわそわしながら先生の言っていることをレジュメにメモする。

「…じゃあ今日の授業はここまで。出席はいつも通りウェブ上でお願いね」

 どっと教室内が騒がしくなる。

 俺もふーと一息ついてから、レジュメを二つ折りにして、隣の席に置いていたリュックにしまう。

 コッ、コッ、

 視界の端で誰かが立ち止まる。

「…ねえ、立花、蓮くんだよね?」

 顔を上げる。

「え?」

 女子だった。自然と目が合う。

「立花蓮(たちばな れん)くん、だよね?」

 透き通った黒い目が、真っすぐに見つめてくる。

「…えっ、と」

 その瞳の中の俺が、ゆれている。

「な、なんで俺の名前を?」

 瞳にもやがかかる。

「あ…えっと、ら、ライン。日本史専攻の人のライングループで見て!」

「ああ、そう」

 出し抜けに体の力が抜ける。どうやら見つめられていただけで体が強張っていたらしい。

「んと、どうしたの?」

 急いで落ち着きを取り戻す。

「あ、えと…」

 何か重要なことを言うかと思ったが、気まずそうに目をそらした。ナチュラルボブの黒髪が揺れる。

 何だかこっちも気まずくなってきた。もしかして別の授業で席が近かったりしたのか? それとも同じ高校の人とか?

「あの、どっかで会ったっけ?」

「えっ、え⁉ どっ、どっかって⁉」

「い、いや、他の授業とかで、一緒だったかなって」

「ああ、そういうこと…」

 激しく狼狽されてしまった。

 でも、なら俺は彼女を知らないってことか? じゃあ彼女はなぜ俺を知っているんだ?

一人当惑していると、

「あのさ、立花くんって、神社仏閣サークルを作ったんだよね?」

「え、うん、そうだよ」

 突然知っている単語が出てきて少し驚く。

「なんで知ってるの?」

「ちょっと噂を耳にして」

 噂って…うちのサークルはそんなに有名になってたのか。

「そんな噂になるほどか…?」

 なぜだかそれほど嬉しくない。

「それで、私も神社とかお寺に興味あるから入りたいなって思って」

 へー、って、

「え? ほんとに?」

 自分の耳を疑った。

「うん」

 彼女はコクリと頷いた。

「マジか!」

 神社仏閣好きなんてそうそういないと思っていたが、まさかこんなにあっさり出会えるとは。

「めっちゃ嬉しい! それなら今日の五限の時間に、別棟の五〇三で活動やるからぜひ来てよ!」

「わかった」

 彼女の顔もほころぶ。

「あ、名前、教えてくれる?」

「…夏樹遥香(なつき はるか)、です」

 また彼女の目が真っすぐに見つめてくる。

「夏樹さんね。よろしく。じゃあ今日待ってるね」

「お願いします」

 なぜだか緊張する。それを隠すためにリュックのファスナーを閉じにかかる。

 夏樹のデニムが視界の上端に見える。

「…あのさ」

「ん?」

 再び顔を上げる。

「もう一人連れて行ってもいい?」



 教室の扉の前で、二人の男女が俺たちと向かい合っている。

「夏樹遥香です。よろしくお願いします」

 丁寧に頭を下げる。

 その横でボーっとしている茶髪男子を夏樹が肘で小突く。

「ほら、颯太も」

「あっ、西川颯太(にしかわ そうた)です」

 軽くお辞儀される…。

「こんにちは! 花園結衣です! 結衣って呼んでね!」

「山上聖司です」

 こちらも挨拶を返す。

「えっと…西川くんのためにもう一度言っておくと、俺がサークル長の立花蓮です。よろしく」

 俺も軽く頭を下げる。

「えっと、じゃあ…」

どう説明を始めたものか。助けを求めようと花園を見ると、目が合った。

「ここ、神社仏閣サークルでは、神社やお寺の由来やご利益について調べたり、実際にその場に行ったりしてます。今日は、今週の木曜に行く明正八幡宮についての事前調査をする予定だよ」

「そうなんですね」

 夏樹が真剣に聞き入ってくれている。

 花園がしっかりと説明できてくれてホッとする。やっぱり人前で話すことでは、なかなかこいつに勝てない。

「あ、事前調査って言ってもそんなに固くならないで? テキトーにご利益とか調べて、あとはおしゃべりしてればいいから」

「適当とか神様に失礼だぞ」

 聖司が水を差す。

「うっ。ま、とりあえずやってみよ! 蓮!」

 俺を見て小さく頷く。俺も感謝を込め頷き返す。花園の話を先読みして、すでに机の横へ移動していた。

「ここに神社とお寺についての本とかあるから、気になるものを読んでみて。あ、荷物は好きな所に置いちゃっていいよ」

「ありがとう」

 夏樹と西川がリュックを置いて近づいてくる。

 俺は試しに『八幡大神(はちまんおおかみ)』という本を取ってみる。パラパラとページをめくって見開きの写真ページを見せる。

「綺麗」

 夏樹が写真をうっとりと眺める。西川も覗いている。

「これは大分県宇佐八幡宮の写真。ここから八幡神信仰が始まったんだ」

「そこって宇佐八幡神託事件が起こったところだよね?」

 夏樹が顔を上げて言う。さすが日本史専攻の人間だ。

「そう。じゃあ八幡神の元になった人物は知ってる?」

「えーっと、確か応神(おうじん)天皇じゃなかったっけ? でも他にもルーツがあった気がする」

「よく知ってるね! 八幡神は応神天皇とその母神功皇后(じんぐうこうごう)と、比売大神(ひめのおおかみ)の三人の複合神なんだ」

 なんだか楽しくなってきた。

「天皇がルーツだから、現代でも八幡宮は皇室からの信仰が篤く、日本に数多く存在してるんだ」

「そういえば家の近くにも八幡神社があった気がするな」

 西川が思い出したようにつぶやいた。

「そして木曜に行く明正八幡宮も、その系統を引く神社なんだ」

 明正八幡宮のことを話そうと思ったところで口ごもる。前回何も調べていなっかったのを思い出す。咄嗟(とっさ)に、

「じゃあここからは聖司にバトンタッチ」

 なんとか繋ぐ。

「うむ。平安時代の末、奥州で起こった前九年の役を平定するため、朝廷から源頼義(みなもとのよりよし)が派遣された。彼はとある場所で源氏の白旗のように美しい白雲を見て、『これは八幡大神の御守護のしるしである』と喜んだ。乱平定後、京都の石清水(いわしみず)八幡宮から御分霊を頂き、武蔵の地に明正八幡宮を立てた。また、応神天皇は御母の胎内にいる時から御神威を発揮されていたことから、現在も縁結び、安産、子育ての信仰が篤いのだ」

 うおお。なかなかの情報量だ。

 西川は面食らっているようだが、夏樹はなんと目を輝かせている。

「すごい。よく知ってるね」

「そりゃ僕だからね」

 自慢げに腰に手を当てている。こいつめ。

「ま、そんな神社だよ」

 花園がなんとかおさめる。

「ふーん」

 夏樹の目線が花園から俺の方へと泳いでくる。

「立花くんも神社仏閣についての小話、なにか知ってる?」

「え?」

 突然自分に話が振られてたじろぐ。だが俺はサークル長だ。何か言って威厳を見せなければ。

「えっと…じゃあこれにしよう。夏樹さん、神社が元々なんだったかはわかる?」

「うーん…考えたことなかった」

 よし。いけるぞ。

「神社って、よく山とか森の中にあるよね。それはそういった自然のものに神々が宿ると考えられているからなんだ」

「ああ、それは聞いたことあるかも。アニミズムの考え方ともつながってるよね」

「そう」。

「あの、アニミズムってなんだっけ」

俺は眉間に皺(しわ)を寄せた西川の方を見る。

「生きているもの、生きていないもののすべてに魂が宿っているって考えだよ。八百万の神々って言い方をするでしょ? あれもすべてのものに神様が宿っているから、たくさん神様がいるって意味の言葉なんだ。ごめん、ちょっと難しかったかな」

 西川の顔があまり晴れないのを見て、もう少しかみ砕いた説明をできるようにしなければと反省する。

「いや、言葉自体は昔教わってたんだけど、内容を忘れてただけ。話の腰を折ってごめん」

 西川が申し訳なさそうに言う。

「いやいや全然いいよ。もう少しわかりやすく話すね」

 西川が真顔に戻る。夏樹の方へ向き直る。

「で、自然の中に神様が宿っているからこそ、人々は特定の時期に山や大きな木、巨大な岩のそばに祭壇を立てて、祭りを行っていたんだ」

 夏樹が頷きながら聞いてくれている。

「そういう風習が続いて、だんだんと祭壇を雨や風から守るための小屋が作られるようになっていった。それが社殿のもとになったんだ」

 そこで話を区切る。

「なるほど。そういう経緯があったんだね。知らなかった」

 夏樹は納得したように大きく頷く。

「お決まりの話だね」

 隣でボソッと花園が言う。肘で小突いておく。

「じゃあ他の本でも、」

 夏樹が一歩前に出てくる。

「ね、他にも立花くんの話、聞きたいな」

 目をキラキラと輝かせている。うおっ。

「え、えっと、いいけど…」

「蓮」

 花園の方を見ると椅子を三つ並べて、真ん中の席を手でポンポンと叩いていた。

「ああ、ありがとう。じゃあ座って話そうか」

「うん」

 花園の隣に俺、その隣に夏樹が座る。

いつの間にか西川は聖司に本を紹介されている。こりゃあ嫌でもこっちの世界に引きずり込まれるな。

「よし、じゃあ狛犬の話でもするか」

「わかった」

「あれ、それ私にも話したことなくない?」

「え? そうだっけか?」

 花園が不満そうに口を尖らせる。

「楽しみ」

 一方の夏樹は笑みを浮かべて、俺の話を待っている。

「えーと、実は狛犬は仏教の影響を受けてて…」

 それから三人で神社仏閣について話したり、他の本を読んだりして過ごした。

夏樹遥香は思っていた以上に俺と好みが合い、話が盛り上がった。神社や寺についての知識もなかなかに豊富だ。

西川颯太は見た目とは裏腹に内気であまり喋らない性格のようで、聖司のおすすめ本紹介を受けながら、時々不安そうにこちらに目を向けていた。大学デビュー失速ぎみという感じだろうか。まあ俺も人のことは言えないが。

「そろそろ終わりの時間じゃないか」

 聖司にそう言われ腕時計を見ると、もう一九時前だった。いつの間にこんな時間が過ぎたのかと驚く。

「おっと、じゃあ今日の活動はこのくらいで終わりにしようか。二人ともどうだった?」

「すごい楽しかった! 立花くんって神社やお寺のことにすごい詳しいんだね。神道と仏教の関わりのこととか、よく知ってるなって驚いた」

 夏樹が身を乗り出しながら言う。

「あ、そう? 嬉しいな」

 気恥ずかしくてまた目をそらしてしまう。

「私神社とかにそんな詳しくないから、また色々教えて欲しい」

「いやいや、俺の話したことだいたい知ってたじゃん」

「山上くんが話してたことで知らないこと、いっぱいあったよ?」

「そうか…。うん、わかった。また色々話そう」

「ありがと。楽しみにしてるね」

 本当は聖司レベルの知識を俺が知っているはずもないのだが、思わず見栄を張ってしまった。

「よかったね。蓮の知識を活かすときが来たみたいじゃん」

 横目で花園を見る。ニヤけていると思ったが、今は真顔だ。

「そうだな…」

 俺は花園にだけ聞こえるように小声で言ってから、再び夏樹に目を戻す。

「私、ここに入るよ。一緒にいろんな場所に行こう?」

「おう」

 見つめられるのにも少し慣れてきたと思う。

「颯太は?」

 まだ本を見つめていた西川が、夏樹の声に顔を上げる。

「俺も…入ろうかな」

「よし決まり」

 夏樹が手を打って立ち上がる。

「二人ともありがとう」

 俺と花園も立ち上がり、帰り支度を始める。

「なんだか大所帯になってきたな」

 聖司がつぶやく。

「五人だろ? 問題ないよ」

 こいつはあまり大人数すぎるのは好まないのかもしれない。でも五人だし。俺はむしろ、新しい風が入ってきてくれて嬉しい。

「ね、ライン交換しよ?」

 夏樹がスマホでQRコード画面を見せてくる。

「お、そうだな」

 俺もスマホを取り出す。

「みんな交換し合おう。神社仏閣サークルのグループにも招待するよ」

 ラインの交換を終えると、すぐに夏樹から可愛い犬のスタンプが送られてきた。俺も同じようなスタンプを返しておく。

 西川とも交換を終え、グループに追加しておく。

「よし、じゃあ帰るか」

「うん」

 夏樹が横に立つ。

「立花くんって帰りどっち?」

「布平(ぬのだいら)の方」

「私も同じ! 一緒に帰ろ?」

「いいよ」

 電気を消して、扉を閉める。



    六月一九日(木)

 一戸建てや四、五階建てのマンションが建ち並ぶ住宅街の中に、突然真っ赤な鳥居が現れる。その奥には木々が生い茂っているのが見てとれる。

「ここか」

 聖司が鳥居に向かって一礼する。

「道案内ありがとう」

 俺がそう言うと、花園は自慢げにほほ笑む。

「私が行きたいって言った神社だし、当然だよ」

「結衣ありがとう」

 夏樹にも感謝され、満足したように歩き出す。

 俺も四人に続いて大きな鳥居をくぐる。しばらく舗装道路が続いている。

 後ろから見る夏樹の綺麗な髪は、月曜よりもふわっとした印象だ。と、髪が一段と浮き上がる。

「ね、立花くんはここに来るの初めて?」

 振り返りながら歩調を合わせてくる。

「うん。初だね。夏樹は違うの?」

「どうでしょう」

 うっすら笑みを浮かべる。それくらい教えてくれてもいいじゃないか。

進んで行くと、左手に社殿への門が見えてきた。神社自体の正門は右側のようだ。きょろきょろしながら歩いていると、足元が石畳に変わった。

 と、さっそく左手の門をくぐろうとしている西川を呼び止める。

「おーい。先こっち」

「え?」

 振り返った西川を手招きしながら真っすぐ進み、そこにある手水舎(ちょうずや)を五人で囲む。

 柄杓(ひしゃく)を手に取る。

「水冷たっ!」

 花園が手を清めながら言う。

「確かに。気持ちいい」

 自分の手を清めながら西川の方を見ると、適当に洗っているようだ。俺が近づく前に、聖司がスッと横に立った。

「まず右手で柄杓を持ち、水をいっぱいに取って左手を清める。次に柄杓を左手に持ち替え、右手を清める。また柄杓を右手で持って、左手で水をすくい…口をすすぐ。もう一度左手を清めて、残った水で柄杓の持ち手を清める。簡単だろ」

 実演しながら早口でまくし立てている。それじゃあ追いつけないだろ…。

「あ、ありがとう」

と、西川も聖司と同じように手を清めていく。意外と飲み込みが早いタイプなのかもしれない。

「立花くん、行こ」

夏樹に呼ばれて振り向く。花園も手を拭き終わったようだ。

「おう」

 二人と一緒に門をくぐる。現れた拝殿が、奥に厳めしく構えている。

「うわー、すご!」

「しっかりしてるな」

 拝殿はそれなりの大きさで、左手には社務所がある。

「聖司、参拝が先だぞ」

「流石にわかってる」

 聖司が不満そうな声を出す。

「一応参拝方法も説明しておくから、こっち来てくれ」

 そう言って他の参拝客の邪魔にならないよう、参道の脇にずれる。

「よし。まずは、お賽銭箱の前で一礼。次にお賽銭を入れて鈴を鳴らす。それから深く二礼、右手を少し手前に引いた形で胸の前で二拍手。両手を合わせて祈って、最後にもう一度礼」

 実際に手を動かしながら説明する。

「わかった」

「そこまで正確には知らなかったな」

 西川の意見に同意する。

「適当な作法で参拝してる人がほとんどなんだよ。それに地域や神社によって参拝方法も違ったりする。今俺が説明したのも、一般的な参拝方法の一つでしかない」

「そうなのか」

「私はもう耳にタコができるくらい聞かされたけどね」

 花園が横で愚痴る。

「それは花園が全然覚えないからだろ」

 俺も嫌味っぽく返してやる。

「私は一回で覚えるから大丈夫だよ」

 夏樹はそんなの気にせず笑いかけてくる。

「ありがたい」

 横目で花園がムッとしたのを見る。こいつは夏樹が来てからなんだか表情が豊かになった気がする。

「蓮行くぞ」

 聖司が西川とじれったそうにこっちを見ている。

「行こう」

 石段を登り、お賽銭箱の前に五人で横並びになる。

 一礼した後、みんなで思い思いの小銭を投げ入れる。からんからん、と気持ちのいい音で箱に入っていく。

 俺が代表で鈴の綱を握る。と、夏樹も綱の下側を掴んでくる。

 がらん、がらん。

 二人で鳴らした鈴の音が、いつもより響いてくる気がする。

 綱から手を離し、俺たちも三人と一緒に二礼、ぱんぱんと手をたたき、目を閉じる。

 そして、祈る。

 そして、願う。

 目を開き、もう一度礼をして神前から下がる。

 石段を下る間は、誰も言葉を発さなかった。

「よし。やることはやったな」

 俺から沈黙を破るのも珍しい。でも、今日は新入部員がいるのだ。盛り上げていこう。

 と、夏樹が俺の袖を引く。

「ね、折角だから神社の境内まわらない?」

「え、あ、いいよ」

 もともとこれから回るつもりだったが、夏樹に先立たれ歩き始める。

「ねえ、蓮」

 後ろから花園の声が聞こえた。そっちの話も気になるが今は新入部員が優先だ。後ろに手招きしてから夏樹を追いかける。

 社殿の門から出て正面の参道を少し進むと、夏樹は左手に曲がった。見ると竹林だった。

「へー。ここ竹林もあるのか。さすが大きな神社だな」

 幻想的な雰囲気に自然と心を奪われる。

 竹林を眺めながら細い道を一列になってしばらく歩き、ふと正面を見ると目の前に夏樹がいた。

「うおっ」

 ぶつかる寸前で慌てて立ち止まる。

「ちょっと…」

 背中に花園がぶつかったのがわかる。

「あ、ごめん」

 夏樹はスマホを横にして眺めていた。

「ここで一緒に写真撮らない?」

「おお、いいよ」

 夏樹が竹林を背景にしてスマホを構える。

 内カメの画角に入るよう、近づく。

 夏樹にならって俺も顔の下でピースする。

「はい、笑って」

 カシャ。

「おっけい」

 夏樹は満足そうに笑った。

と、対照的に無表情の花園が目に入る。あ、

「夏樹、折角だから全員の写真も撮ってくれ」

「ん? わかった」

 夏樹がしまいかけていたスマホのカメラ機能をまたオンにしている。

「聖司たちも写真撮るから近づいて」

後ろの二人にも声をかける。

「わかった」

 聖司と西川が詰めてくる。

「画角入んないからもっと寄って」

 夏樹の肩が俺に触れる。花園たちも詰めてくる。

「はい、チーズ」

 カシャ。気の抜けるシャッター音が響く。俺、今度はしっかり笑えていただろうか。

「ありがと」

「ありがとな」

 花園と二人で感謝しておく。

「どういたしまして。じゃあ行こう」

 また夏樹の背に従って歩き始める。

 後方に耳を傾けると、聖司の声が聞こえてきた。

「なあ、君はなぜ神社に竹林があるのか、知ってるか?」

「え? それは…神聖な雰囲気にするためとか?」

 西川がなんとなくで答える。

「そういうのもいいな。確かに落ち着いた感じがするよな。でも正確には少し違う。竹は元々中国発祥だからその影響を受けている。神社は神が降り立つ場所だから清浄な場所でなければならない。そのため神社を竹林で囲って、俗世から離れた聖域を作っているんだ」

 見なくとも、聖司の自慢げな顔が目に浮かぶ。

「そうなのか」

「ここにいると俗世間のしがらみを忘れられるだろ」

「そうかな」

「君もしがらみに巻かれた心を癒してもらえよ」

「ちょ、勝手に人の心を語らないでもらえる?」

「ふっ、人間なんてみんなそんなもんよ」

「わかったようなこと言って」

 なんだか二人も打ち解けてきたようだ。多分。

 と、不意に視界が開けた。竹林を抜けたようだ。木々がまばらに生える広場に出た。

「この木にも神様が宿っているのかな」

 夏樹が特に太い一本を見上げながら言う。

「きっとね…」

「こういう木とか案外身近な所から、神様は私たちを見守ってくれているんだね」

 夏樹の純粋な言葉に、俺は思わず言葉に詰まる。神なんて、本当にいるのだろうか。

「いつでもそばで見ているさ」

 気づくと聖司が横にいた。じっと木々の葉の、その向こうを見つめている。

 俺は頭を振って、もう一度目の前の木を眺める。嫌な考えはやめよう。そうだ。きっと、いる。

 ふと視線を感じて横を向くと、夏樹と目が合った。ニコッと笑う。心臓がトクンと跳ねる。

「ねえ蓮、木とにらめっこするの、そろそろ終わりにして次行かない?」

 花園に声を掛けられ、はっとして振り向く。

「え? あ、ああ」

「行くよ」

 ぐいっと腕を引かれる。そんなに行きたい所があるのだろうか。

「明正八幡宮といえば博物館だよね」

 夏樹が近づいてきて言う。

「あ…遥香も知ってたんだ」

 なんだか花園の声がいつもほど明るくない気がする。というか、

「博物館が神社に併設されてるのか?」

 俺の素っ頓狂な声に、花園があきれた顔でこっちを向く。

「蓮はほんとに何も調べてないんだね」

「え」

少し不機嫌そうだ。

「月曜の僕の明正八幡宮紹介講座を聞かないからー。西川君は聞いてくれたぞ?」

 聖司が横から茶化してくる。

「だ、」

 だって夏樹や花園と話してたから、そう言おうとして口をつぐむ。言い訳だ。

「ごめん」

 こういう時は素直に謝った方がいい。

「立花くんは私たちと喋ってくれてたから仕方ないよ」

 驚いて夏樹の方を見る。

「新入部員の私が馴染めるように、気を利かせてくれてたんだよね?」

「あ、ああ」

 俺の心の声を代弁してくれている。気持ちが少し軽くなる。

 花園を見ると、一瞬目を見開いたようだがすぐに戻った。

 再びぐいっとやられ歩き出す。ちょっと痛い。

    ~

 博物館は小さなものだったが、明正八幡宮にまつわる様々な物品や資料が展示されていた。花園は都度その説明をしてくれ、夏樹や聖司がそれを補足して回った。俺は不覚にも西川と同じ聞き役に回ってしまった。それにしても、いつ花園はこんなに詳しく調べたのだろうか。

「これで終わりかな」

 先導していた花園が一息つく。

 普通の人なら五分らいで見れそうな内容に十五分もかかった。三人の知識量に驚いたと同時に、サークルメンバーとして信頼が置ける。

「めぼしいところは大体回ったね」

夏樹が言うと花園も頷いた。そろそろ引き上げるか。

「まだ大事なことを忘れてるぞ」

 聖司が横からぬっと現れた。

「ああ、授与品ね」

 普段は参拝後すぐ買いに行くのだが、夏樹に案内されていたので忘れていた。

「オタ活がんば」

 花園が小声で言う。

「聞こえてるぞ」

「へへ」

 顔を見ずとも花園のニヤニヤしているのがわかる。

「行くか」

 俺も社務所に併設されている授与所へと足を向ける。

「立花くん、一緒におみくじやらない?」

「いいよ」

 と、不意に肩を叩かれる。

「なあ蓮、夏樹さんとだけじゃなくて西川君とも話してしてくれよ。サークル長だろ?」

 聖司に言われ、今日西川と全然話せていなかったことに気づく。

「ごめん。聖司の言う通りだな。えと」

「私が遥香と一緒におみくじ引いてくるよ」

 夏樹をどうしようか一瞬迷ったが、花園が助け船を出してくれた。

「おお、ありがとう」

 ありがたく乗ることにする。

「行こ」

 二人は連れ立って社務所の端の方へ歩いて行った。

 聖司が目の前の授与品売り場に向き直る。

「よし、じゃあ僕はいいものを探すぞ」

 と、売っている御札を一つずつ吟味しだす。

 こいつ、これで西川が暇になるのを見越して俺に預けたな。

 気まずくならないよう、とりあえず話しかけてみる。

「色んな御札があるでしょ。御札にもいろいろ種類があるんだ。例えばこれは神宮大麻(じんぐうたいま)。伊勢神宮の御札で、御札と言えばまずこれってもの。こっちが明正八幡宮の御札。御札ごとにご利益もいろいろあってさ……って、その御札が気になる?」

 西川が、俺が説明しているのと全然違う御札を見つめているのに気づく。

「あ、いや、そういう訳じゃないから。続けていいよ」

 今度は聖司の方を眺めて、相変わらずこっちを見てくれない。

「西川って、なんでこのサークルに入ってくれたの?」

 西川の目がやっと俺に向く。

「俺、入るサークルなくてさ。大人数とか知らない人ばっかなのが嫌で、遥香がここにするって言ったから、興味本位で入ってみた感じ」

 少し気まずそうに目をそらしている。

「集団が嫌いっては俺もわかるな」

「そう? 蓮、人と打ち解けるの上手そうだけど」

 確かに夏樹とはすぐ打ち解けられた。でもそれは…。

「大昔はそうだったんだけどね…だんだん難しくなってきた」

「大昔っていつだよ」

 真顔でツッコまれる。

「…思春期って色々複雑じゃん? もう疲れちゃってさ」

 西川から視線を外す。

「蓮もそんな風に思うんだな」

そう言いながら西川も目線を落とす。

「誰でもそう思うことはあるんじゃないかな」

「そう、なのかな」

 お互いに無言になる。あまり明るい雰囲気に持っていけなかった。

 ならばと話題を切り替えてみる。

「てか、西川と夏樹って高校が一緒だったりする?」

「…一応中学から一緒かな」

「おお。めっちゃ長い付き合いじゃん」

 西川が顔を上げ、御札に視線を戻す。

「中学の時は少し話す程度だったけど、高校上がったら同じ中学から来たやつ全然いなくてさ。それで結構話すようになった」

 御札の一つを手に取り眺めている。

「二人とも陰キャだったから意気投合できたんだ。でも最近あいつ、なんか雰囲気変わったんだよな」

「そうなのか?」

 俺もなんとなく御札を見つめる。

「明るくなったていうか、余計な所で怖気づかなくなった」

 夏樹の顔を思い浮かべる。花園に比べれば落ち着いた性格だが、言いたいことは言うタイプに思える。

「いいんじゃないか。怖気づいてやらなかったら、後々後悔することがほとんどだからな」

 横から声がして、見るといつの間にか聖司がいた。御札やらなんやらをトートバッグに押し込んでいる。

「お前またそんなに買ったのか」

「神々のため、仕方ないことだ」

たく…。まあ本人がいいならいいのか。

「そうだよな。いい変化だよな…」

 西川の方に向き直る。寂しげな表情でぼんやりと御札を眺めている。

「夏樹さんが自分よりも先に行ってしまうのが嫌か?」

 聖司の問いに、西川は無表情だ。

「西川も変わろうと何かしてみればいいんじゃないか? 難しいと思うかもだけど、ここに入ってくれたのだって、自分の殻を破る一歩だと思うよ」

 俺の言葉に西川が目を見開く。

「ああ。そうだな」

 そう言ってニヤリと笑う。

「でもやっぱり変なんだよな」

 少し間をおいてから、真顔に戻った西川が御札を戻しながら口を開く。

「ん?」

「ある日突然、あいつの雰囲気が変わったんだ。今考えると、なんかあったのかなって…」

 西川の視線に釣られて俺もおみくじ場の方に目をやる。

「あれ」

 夏樹と花園の姿がない。

 早足でおみくじ場に来たが、やはり二人の姿は見当たらない。

「トイレにでも行ったのかな」

 なんとなく言ってみたが、先ほどの話の後だからか気持ちが晴れない。

 風に木々がザワザワと音を立てる。

「遥香…」

 西川がつぶやく。不安感が込み上げてくる。

「手分けして探そう」

 聖司には竹林方面、西川は博物館、そして俺は社務所と拝殿付近を捜す。

「おーい! 花園―。夏樹もどこだー」

 拝殿の裏手や社務所の周りを見てみるが、二人の姿はない。

 木々のざわめきが強くなった気がする。胸騒ぎも強まってきた。

「夏樹―‼ 花園―‼」

 他の参拝客からの視線を感じる。

「どこだー‼」

 嫌な考えが頭をよぎる。駄目だ。

「花園…」

 だって、花園は俺の、

「蓮―。ここだよー」

 気の抜けた声に振り返る。花園が社務所の隣の林から、手を振りながら歩いてくる。後ろに夏樹もいた。

「は、ど、どこ行ってたんだよ。心配したぞ」

 花園に駆け寄る。申し訳なさそうな表情で上目遣いしてくる。

「ごめん。遥香がこっち気になるって言うからついてってた」

 二人の後ろへ目をやる。鬱蒼と木々が生い茂っている。

「そっちは森しかないぞ?」

「えと…」

花園が気まずそうに目をそらす。

「お地蔵さんがあったの。立花くんたちも楽しそうにしてたから、二人でお祈りしに行ってた」

 夏樹が顔を上げて言った。

「そう! お地蔵さん!」

 花園が思い出したかのように言う。

「え? ほ、」

「遥香!」

 後ろから西川が駆けてきた。

「大丈夫だった?」

「お地蔵さん見に行ってただけだよ。心配かけちゃってごめんね」

 西川の表情が和らぐ。

「それはいい行いだな」

 いつの間にか聖司も横にいた。

「よかったよかった」

 西川が安心した様子で夏樹から離れる。

「いやでもお地蔵さんって…」

 再び花園に顔を向けようとすると、視界の端から鋭い視線を感じた。

 夏樹の目から言いようのない圧を感じる。女子は女子で話したくないことがあるのかも知れない。

 視線を戻すと、花園の困り顔があった。

「ん、いや何でもない」

 気を利かせて、何も訊(き)かないことにする。

「よし、二人も見つかったことだしそろそろ帰ろうか」

「そうだな」

 聖司が肩にバックを掛けなおしながら言う。

「重そうだな」

「ご利益の重さだよ」

「そうか」

 俺は言いながら門の方へと歩き始める。

「待って蓮」

 花園が横に来る。夕日が眩しい。

「明正八幡宮、どうだった?」

「んと、広くて色々回れたし、博物館で貴重な物も見れて良かったよ。神社の紹介と案内ありがとう。花園のおかげで楽しく回れたよ」

 素直に感謝を伝えておく。

「あ、ありがと」

見ると花園はそっぽを向いていた。照れてるのか?

「これからもみんなでいろんな神社とお寺を回って行こう!」

 俺は後ろを振り返って呼びかける。

「ああ」

「はい」

聖司と西川が答える。

「夏樹?」

 後ろでポケットに手を入れて俯きがちな夏樹に声をかける。

「あ、うん」

 顔を上げるとパッと笑顔になった。

「蓮もサークル長として、ちゃんと知識増やしなよ?」

 花園が言ってくる。

「サボってると西川君に抜かされちゃうぞ」

「そんなことないって」

 聖司の言葉に西川が慌てて首を振る。自然と笑いが起きる。

「わかったよ。頑張ります」

「がんば!」

 花園に小突かれる。

 みんな気の合ういいやつらだ。

 この五人となら、中高で過ごせなかった青春を取り戻せるかもしれない。

 楽しいサークル活動が始まる。そう確信した。


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