第5話“白いDIOの少年”

レース会場のざわめきが、まだ耳の奥に残っていた。

埃っぽい路地裏に停めたスクーターの横で、翔也は喉を潤すように深く息をついた。


その時だった。


「おい、そこの二人。」


低く落ち着いた声。

振り向くと、さっきのレースで1位を獲った“白いDIO”の少年が立っていた。


黒スーツではない。

レース中に脱ぎ捨てたジャケットの下に、どこかくたびれた無名ブランドのシングルライダース。

革は硬く、腕には無数の擦り傷が入っている。


目つきだけが、やけに澄んでいた。

17歳とは思えないほどの、妙な静けさと刺さるような緊張感。


「……なに?」


マサオが警戒して距離を詰めないまま言う。


少年はポケットからコンビニの袋をひらりと持ち上げた。


「ちょっと一服しない? そのへんのファーストフードでもさ。」


招くような口元。

ただ、その背後には黒スーツの男が一人、壁に背をつけて腕を組んでいた。


翔也の背中に冷たい汗が流れる。


(……黒スーツの指示? 俺たちを試す気か?)


しかし、少年の顔には、黒スーツ側の“監視される者”の影も濃く見えた。

便利屋だと噂される立ち位置。

本当はレーサーになりたいだけなのに、金がないから“組織の手先”をやっているだけの少年。


目を見れば分かる。

これは“闇”に慣れ切ってる目じゃない。


純粋に、走りだけを見て、

そしてなぜか「俺たちに興味を持った」目だ。


「……いいよ。」

と先に言ったのはマサオだった。


翔也は思わず振り返る。

マサオの声は普段より低いが、どこか楽しんでいるようにも聞こえた。


「でも、先に名前を聞かせろよ。」


少年は一瞬、驚いたように目を丸くして——

すぐに口角を上げた。


「名前か。……まだ名乗ってなかったね。」


その瞬間、背後の黒スーツが小さく首を振ったのを翔也は見逃さなかった。


(——組織的には“名乗るな”ってことか。)


だが少年は、そんな指示など無視したように、わざとらしくゆっくりと言った。


「俺は……ショウ。」


本名かは分からない。

けれど、名前を名乗ったという“意思”だけは強く伝わってきた。


マサオも翔也も、その空気に気づく。


「……マサオ。」


「翔也。」


三人の視線が、ひとつ交差した。


ショウは袋を軽く揺らしながら笑う。


「じゃ、行こうか。ちょうど腹減ってんだ。」


そして三人は夜のコンビニの光に向かって歩き出す——

それぞれ腹の底に、違う緊張感を抱えながら。


この出会いが、大会の裏側にある“もうひとつの正体”を暴く最初の一歩になることを、

まだ誰も知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る