第4話「加速する影と、聴こえすぎる世界」(レース決着)
レース開始の合図が、冷たい冬空に裂けた。
9台のエンジン音が一斉に吠える。
マサオのVespaは、乾いた蒸気船のような
「ポッ……ボッ、ポンッボッ」
という鼓動を刻む。
翔也の薄紫JOGは、
「パンッパパンッ! パーンッ!!」
と高音のツーストらしい張りのある音を響かせている。
二人とも、この時点ではまだ“名前を知らない”。
ただ──
互いの存在が、もうただのレース相手じゃない
という空気だけが共有されていた。
⸻
◆ スタート直後
マサオの視界には、各ライダーの“考え”が薄靄のように流れ込んでくる。
──右から刺す。
──ここでブレーキを遅らせれば抜ける。
──今だ、インに入る。
(うるせぇ……! 頭に響く……!)
能力を使えば使うほど、
脳を締め付けるような頭痛が襲ってくる。
レースは始まったばかりなのに、すでにこめかみが焼けるように痛い。
⸻
◆ 翔也の走り
一方、翔也は息を吸い込んだ。
(……いくぞ)
ふっと“意識”をどこか一点に集める。
その瞬間、JOGが 3センチだけ浮く。
本当に微かだが、
浮くことで摩擦が減り、
バイクは普通ではありえないラインでコーナーへ飛び込んでいく。
観客の誰にも分からない。
本人でさえ、これは“能力”という自覚がまだない。
ただ──
息を止めている間だけ、世界がスローモーションになる。
⸻
◆ 1位を走る「白DIOの少年」
先頭を走るのは1台の白いHONDA DIO。
パールホワイトの車体。
磨き上げられたプラスチックが冷たい光を跳ね返す。
チャンバー交換、リミッター解除、絶妙なケツ上げ。
シングルライダースの革ジャンを着た、細身の17歳。
高校を中退し、「いつかshotの革ジャン買う」ために賞金が必要。
能力者ではない。
ただの、異常に速い“天才”。
(あと一勝……稼げばshot買える……!)
その背中は、純粋に強かった。
⸻
◆ マサオ、能力暴走寸前
(あいつ……速すぎる……)
Vespaのハンドルを握る手に力が入る。
相手の走行ラインを読み取ろうとすると、
脳内に重低音のノイズのような痛みが走る。
──抜かせねぇ。
──ここが勝負。
──来るぞ。インだ。
(やめろ……読むな……!!)
頭が割れそうになる。
吐き気がせり上がる。
薬を飲む余裕もない。
しかし、読み取ったラインに合わせて体だけが動く。
本能と能力が交錯する。
結果、マサオは2位に浮上した。
⸻
◆ 翔也、能力の限界
(やべ……息が……)
息止め時間が限界に近づくと、
浮遊は解除され、JOGがズルッと地面を掴む。
そこから先は
“ただの高校生の走り”
に戻ってしまう。
肺が焼けるようだ。
心臓が破裂しそうだ。
(追いつけねぇ……!)
翔也は結局、6位へと沈んでいく。
⸻
◆ 観戦する黒スーツ達
コース脇には、黒スーツの男たちがいた。
しかしその姿は“中途半端な黒スーツ”だった。
・腕の隙間から見える シルバー×ゴールドの派手な腕時計
・コートの袖から覗く 太い数珠
・タートルネックの隙間から薄く見える タトゥー
・薬切れのようにソワソワした ガリガリの長身男
彼らは、ただの裏社会の人間には見えなかった。
目の奥に、妙な“飢え”がある。
そしてその中心にいる一人、
黒スーツで髪を撫で上げた男が、
遠くのマサオを興味深そうに見つめていた。
「……やっぱり“あのガキ”か」
その呟きは、風に溶けた。
翔也は、レース前にすでに気づいていた。
マサオがこの黒スーツ達と、どこか“知り合い”のように話していたことに。
その光景が、気になっていた。
──あの人……普通の高校生じゃない。
⸻
◆ 決着
チェッカーが振られた。
1位 白DIOの革ジャンの少年
2位 マサオ
6位 翔也
マサオはゴール後、ヘルメットを外した瞬間、片膝をついた。
(……っ、頭……くそ、また……)
視界が揺れて、こめかみの奥が脈打つ。
翔也は遠くからその様子を見ている。
(あの人……何で膝ついてる……? ケガじゃなさそうだし……)
でも、声をかけられない。
まだ、名前すら知らない。
⸻
◆ 黒スーツの“謎”
黒スーツの男たちは、1位の白DIOを称えるでもなく、
2位のマサオを褒めるでもなく、
ただひっそりと互いに目を合わせた。
「……“目覚め”が近いな」
「本当に本人なのか?」
「近いうちに、動くぞ」
その会話は、他の誰にも聞こえなかった。
ただ、マサオだけは
その“黒い感情の波”のようなものを、
微かに感じ取っていた。
(……やっぱり、あいつら……)
意味は分からない。
でも、ただの裏社会じゃない。
自分と繋がっている“何か”がある。
胸がざわついた。
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