第3話「プロデューサーのダンジョン無双」

 2階層をに攻略できたとウキウキの俺は、勢いそのままに3階層へと続く階段を降りていく。


 辿り着いた先にあったのは、巨大な観音開きの扉。俺が軽くそれに触れると、ギィィ……と重々しい音を立てながらひとりでに開いていった。


​ 扉の先に広がっていたのは──廃墟と化した巨大な大聖堂だった。


 天井まで届くほどの巨大なステンドグラスは所々が砕け散り、割れた隙間から差し込む月の光が、床に散らばったガラスの破片をキラキラと照らしている。

 何列にも並んだ長椅子には、ピクリとも動かない無数の骸骨が座っている。

 一面に静かな死の気配が満ちていた。


​ 俺が大聖堂に足を踏み入れた瞬間。

 ──長椅子に座っていた無数の骸骨たちが、一斉にこちらを向く。


 剣を持つ者、弓を構える者、杖を握る者と様々な種類の──【骸骨騎士団スケルトン・レギオン】が、カタカタと不気味な音を鳴らしながら立ち上がった。


​ 同時に、足元からジワリと紫色の霧が湧き上がってくる。

 ステータス画面を確認すると、そこには『継続ダメージ:HP減少』という警告が表示されていた。


 これは3階層のギミック──【生命力吸収の呪霧】だ。


​(立っているだけでHPが削られる死の空間……。ここは【聖女】遥歌ハルカの力が必要だな)


​ 俺はすぐさまハルカの未来の一つである、【大聖女】のスキルを唱えた。


​「──【絶対聖域サンクチュアリ】」

​ すると、俺の足元から金色の光の波紋が広がり、直径十数メートルの光のドームが形成された。

 呪いの霧は金色の光に触れた瞬間に霧散し、少しばかり削られていた俺のHPがグングンと回復し始める。

 ──絶対的な安全地帯の完成だ。


​ そして俺は襲いかかってくるスケルトンの軍勢には目もくれず、祭壇へと続くバージンロードをと歩き始めた。


 金色の光のドームに触れた骸骨たちはその身を聖なる力に焼かれ、悲鳴を上げる間もなく塵となって消滅していく。


 奥からは次から次へと、無限にスケルトンが湧いてくる。


 だが関係ない。


 俺はただただ、歩くだけ。


 それだけで死の軍勢がみるみる内に浄化されていった。


​ ──やがて大聖堂の最も奥、巨大なパイプオルガンの前にたどり着いた。

 壁際にある演奏席には誰もいないが、なぜか静かな音色が響いている。


 中心に置かれた玉座に腰かけていた、ひときわ巨大で豪奢ごうしゃな王冠をかぶった骸骨が、忌々しげに立ち上がる。

 この階層の主──【骸骨王スケルトン・キング】だ。


 骸骨王スケルトン・キングが、俺に向かって杖を振るう。

 そのたびに、新たな骸骨騎士団スケルトン・レギオンが次々と召喚される。まさに無限といった様子だ。


​(これは……結界を張って守っているだけじゃ、埒が明かないな)


​ 今まで俺はハルカの未来の一つである【大聖女】のスキルを使っていた。

 防御と浄化を兼ね備えた、神聖なる守護の力だ。


 だが──


​ 俺はハルカのもう一つの未来──より攻撃に特化した、神の代行者としての姿を展開する。


 膨れ上がる聖属性の魔力を感じると共に、俺の背中に六枚の光り輝く翼が出現する──【熾天使セラフィム】の覚醒だ。


​「悪いけど、押し通らせてもらうよ」


​ 俺が右手を広げると、それに呼応するように背中の六枚の翼が眩い光を放ち始める。



 この階層の元凶である骸骨王スケルトン・キングに、最後の審判を。



​「──【断罪の聖柱ジャッジメント・ピラーズ】」

​ 六枚の翼から放たれた光の柱が、寸分の狂いもなく骸骨王スケルトン・キングの体を貫き──その眼窩の奥に妖しく灯っていた魂の光がフッ、と消えた。


 その瞬間、王冠を戴いた頭蓋骨がゴトリと床に落ち、全身の骨がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。

​ それと同時に、無限に湧き続けていたスケルトンたちもその場で消滅していった。


 広大な大聖堂には誰が奏でているのか──パイプオルガンの空虚な音色だけが静かに響いていた。3階層もクリアだ。


(うん、ハルカの未来も良い感じだね!)


​ 俺はアイテムボックスに骸骨王スケルトン・キングの骨や王冠を格納し、そのまま4階層へと向かった。




 休むことなく辿り着いた4階層。

 そこには先ほどの階層とは明らかに違う空気が漂っていた。


 広大なドーム状の空間に溶岩が川のように流れ、灼熱の空気が肌を焼く。そしてその空間を埋め尽くすように、奴らはいた。


​ 燃え盛る鱗を持つ【レッドドラゴン】、凍える吹雪を吐き出す【ブルードラゴン】、電気を纏った【イエロードラゴン】──。

 数十体はいるであろう色とりどりのドラゴンたちが、俺を一斉に見下ろしている。


​「お邪魔しますっと……おお、これは壮観だな」


​ 4階層【龍の巣窟】。

 この階層をクリアした人類はおらず、このダンジョンが未攻略ダンジョンとされている理由である。


 普通の人間であればこの絶望的な光景を目の当たりにした瞬間に戦意を失うか、己の無力さを呪いながら死を覚悟するだろう。



───GWOOOOOOOOOAAAAAAAAARRRRRR!!!!



 ひときわ巨大なレッドドラゴンが、地響きのような咆哮をあげた。

 同時に周りのドラゴンたちもその牙を剥き出しにして威嚇しはじめ、殺意が一斉に俺に向かって突き刺さる。


 その凄まじいプレッシャーは、並の冒険者ならそれだけで卒倒してしまうほど。

 ──しかし俺の心は、この場面でも穏やかに凪いでいた。


(じゃあここは……剣で攻略してみよう!)


 そう考えた俺は、アイテムボックスから二つの素材を取り出した。

 一つは2階層で回収した青く輝く『共鳴水晶』、もう一つは3階層の主が遺した『骸骨王の堅骨』。


​(イメージはシンプル。とにかく頑丈で切れ味の良い剣だ)


​ 二つの素材を両手に持ち、俺はジョージの未来のスキルを発動させる。


​「──【即席創造インスタント・クラフト】」

​ 俺の手の中で青い水晶と白い骨が溶け合うように融合し、眩い光と共に一つの形を成していく。

 ──光が収まった時、俺の手には青と白の美しい紋様が浮かび上がった、一本のシンプルな片手剣が握られていた。


​(名前はそうだな……共鳴剣トモナリノツルギと名付けよう)


​ 俺はできたての剣を片手に、ドラゴンたちに向き直る。

 彼らは前傾姿勢のまま俺を警戒しており、今にも一斉に襲いかかってきそうな様子だ。


​(ドラゴンにはやっぱり、【勇者】の固有スキルだよな)


​ 俺は燈真トウマの最大値の未来──【勇者】の権能を解放、その奥義とも言われるスキルを発動させる。


​「──【滅竜光剣ドラゴンスレイヤー】!」

​ 手にした共鳴剣トモナリノツルギが眩いばかりの光を纏い、その刀身を数倍にも膨れ上がらせる。

 勇者だけが扱える、ドラゴンを屠るためだけの究極スキルだ。


「それじゃあ、行くよ」


​ 次の瞬間、ドラゴンには俺の姿が消えて見えただろう。彼らの認識を遥かに上回るスピードで、俺は飛び出した。


​ 一閃。


 最初に咆哮したレッドドラゴンの巨大な首が宙を舞う。


「うん、良い切れ味だ!」


 返す刀で隣のブルードラゴンの翼を両断し、心臓を貫く。

 漆黒のブレスを吐き出そうとしたブラックドラゴンの顎を、下から上へ斬り上げる。


​ そこからはまさに──蹂躙だ。


 俺が空間を縦横無尽に駆け巡って剣を振るたび、誇り高きドラゴンたちが悲鳴を上げる間もなく巨大な肉塊へと変わっていく。


​ 一分も経っていない。

 ものの数秒後──あれだけいたドラゴンたちは、一体残らず全滅していた。


​「地獄絵図だけど……これだけ素材があれば、しばらく金には困らないな。やっぱりここを選んで正解だった」


​ 俺は山のようにあるドラゴンの素材をアイテムボックスに収納する。


(これでも充分だけど……せっかくだし、人類の入ったことない5階層も行ってみようかな?)


 好奇心が抑えきれない俺は、5階層へと続く階段を足軽に降りていった。




​ 鼻唄まじりで階段を降り、俺は意気揚々と5階層へと足を踏み入れた。


 辿り着いたそこは、これまでの階層とは全く違っていた。なんというか……神聖な空気に満ちているのだ。

​ 溶岩の灼熱地獄から一転、ひんやりと澄んだ空気が肌を撫でる。見上げれば、どこまでも広がる夜空と白銀に輝く巨大な月。

 まるで神殿のような、静かで美しい空間が広がっていた。


​(これが人類が未到達の領域か……)


​ と、その時。

 凛とした、それでいて脳を揺さぶるような荘厳な声が空間全体に響き渡った。


​『誰だ……我の聖域を汚す者は……』


​ 月の光を背負ってゆっくりと姿を現したのは──またしてもドラゴンだった。

 だが4階層にいた竜たちとは存在の格が、次元が違うことが一目でわかった。


 その巨体は穢れを知らない純白の鱗に覆われ、神々しいまでの魔力を放っている。

 一挙手一投足が世界の法則に干渉しているかのような、絶対的な存在感。


​『我は真竜【アルビオン】。ここは人の子が踏み入れて良い場所ではない。ここから立ち去れ、愚かなる者よ──』

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