第2話「S級指定ダンジョン」

 陽気に浮かれる冒険者たちの喧騒を横目に、俺たち【希望の灯リバティファイア】は酒場の端にあるテーブルで静かに向き直る。


 俺の突然のプロデュース宣言を受けた彼らの顔には驚きと困惑、そしてほんの少しの希望が入り混じった、なんともいえない色が浮かんでいた。


​「……俺のプロデュースの第一歩として、まずは皆のレベルアップと新しい戦闘スタイルを確立していくところから始めたい。明日は休みにして、明後日から修行を始めよう」


​ 俺がそう告げると、リーダーである赤髪の【勇者】燈真トウマが前のめりに尋ねてきた。

 キリッと整ったその瞳に、力強い光が宿っている。


​「明後日? 明日からやらないのかい?  僕は今すぐにでも始めたいけれど……」


​ トウマはどこまでも真っ直ぐで純粋な男だ。すでにすっかりやる気になってくれていて、その気持ちがシンプルに嬉しい。


 だけど最高の舞台を演出するために、まずは最高の準備が必要だ。

 俺は不思議そうに首を傾げる皆をグルリと見渡した後、人差し指を口元に当てて告げた。


​「ああ。一日だけ時間をくれ。ちょっと俺たちの新しい夢の軍資金集め──に行ってくるよ」



​◇


​ そして、一夜が明けた。


 満開の桜が至る所に咲き誇り、ピンクの花びらがハラハラと舞っている。

 澄んだ空の香りが爽やかに鼻を抜けていくような、気持ちいい春の日。


 俺は一人、北海道の札幌市近郊に位置するダンジョンの前に立っていた。


​【S級指定:藻岩山もいわやまダンジョン】


​ 人類が未だに制覇できていない超高難易度ダンジョン。

 その最深部には神にも等しい力を持つ『真竜』が眠っているという伝説があるが、実際にその姿を見た人間はいない。


 ダンジョンには強力な魔物がウジャウジャと巣食い、あまりの危険度の高さからトップクラスの配信者でさえ滅多に近付かない、まさに魔境。


​ そんな場所に俺が一人でやって来た理由は──いたってシンプル、である。


 最速で仲間たちをプロデュースしていくため、軍資金が豊かであるに越したことはない。

 そして金を効率よく稼ぐ方法は、誰も立ち入らない高難度ダンジョンでの素材集めだ。


​「さて、と」


​ 俺は軽く首を鳴らし、目の前に広がる不気味な洞穴を見据えた。


​「それじゃあ始めようか、俺のを」




​ ダンジョン1階層に足を踏み入れた瞬間、景色がガラリと変わる。


 高い空に星が瞬き、見渡す限りの果てしない荒野が広がっていた。大小様々な形の岩が転がっていて、足元には乾いた土。植物の気配はない。


 荒野に生暖かい風が吹き──10数体の獣が岩陰から飛び出してきた。巨大な茶色い狼──【テンペストウルフ】の群れだ。

 その名のとおり嵐のようなスピードと完璧な連携で、獲物を狩り尽くす魔物だ。


 通常はダンジョンの深層に現れるモンスターではあるのだが……さすがは魔境。

 当然のように1階層からお出迎えしてくれるようだ。


​ ちまたで人気を集める高ランクパーティであっても、この1階層すら突破できずに全滅してしまうかもしれない。



 ──テンペストウルフの群れは何の躊躇ちゅうちょもなく、侵入者である俺に向かって飛びかかってくる。


 だがスキルを得た俺の目にはその嵐のような動きの一つ一つがまるで──止まっているかのように映っていた。


​(なるほど……これが新しい俺の実力か)


​ スキル【超優越的追放者オーバーリジェクター】によって、俺は仲間たちが将来的に到達し得る『最大値』の力を手に入れた。


(この1階層ではそうだな……魔法使い絵舞エマの未来、【賢者】の大魔法から試してみようか)


​ 俺は嵐のように迫りくる狼の群れに向かって、静かに右手をかざした。


 だけ力を込める。体中を溢れんばかりの魔力が迸り、伸ばした指先に向かって収束──高濃度の魔力が眩い光となって、俺の右手を輝かせた。


​「──【地殻の揺り籠クレイドル・オブ・アース】」

​ 瞬間、隆起した地面が無数の土の腕となって彼らの四肢を掴み、その動きを封じた。


 悲鳴を上げる狼たちに俺は間髪入れずに次の魔法を放つ。


​「──【真空の断頭台ギロチン・ヴェイパー】」

​ 風が薄く鋭い刃となり空間を薙ぐ。土の腕に捕らわれた狼たちの首が一斉に宙を舞った。

 残った数体が甲高い鳴き声を上げながら逃げ出し始める。


​(──逃がすかよっ)


​ 仕上げだ。俺の頭上に出現したのは数十本の鋭い氷の槍。


​「──【氷槍連弾アイシクル・ガトリング】」

​ 放たれた氷の槍が逃げ惑う狼たちを正確に貫き、その場に縫い付けた。


 嵐と恐れられる狼の群れは戦闘開始からわずか数秒で──静かな氷のオブジェへと変わっていた。




​ テンペストウルフが全滅し、夜の荒野に静寂が訪れる。


 もう敵がいないことを確認したあと、俺は満天に輝く星空を見上げながら両手を広げ、肺いっぱいに大きく息を吸い込んだ。


 ──スゥゥゥッ。



















 ………………………………………………。


















「ダンジョン攻略、たんのしぃぃぃぃいいいい!!!!!」



















 夜の荒野の1階層に、俺の声が響き渡った。


 つい昨日までは何のスキルも持っていなかった俺が、自分の手でモンスターを倒して、高難度ダンジョンを攻略している!


 ずっと皆の荷物を持ってモンスターから逃げ惑っているだけだった俺が、だ。


 初めての感覚に、胸は高揚感と興奮でいっぱいだった。クールに決めようと思っていたけど、どうしても我慢できなかった。


(やっぱり俺の【超優越的追放者オーバーリジェクター】は最強だった! パーティの皆に大感謝だな)


​ 俺は初戦闘の成果に満足しながら、ウキウキでダンジョンの奥へと歩を進めた。






​ 1階層をクリアした俺は2階層へと続く階段を降りていく。

 ひんやりとした空気が、先ほどの興奮で火照った体を少しずつ冷ましてくれる。


​ ──階段を降りた先に広がっていたのは、さっきまでの荒野とは全く違う景色だった。全体像としては巨大な洞窟。だけど、普通の薄暗い洞窟ではない。


 天井も壁も床さえも、内側から発光しているかのような──淡い青色の結晶に覆われている。

 まるで巨大な宝石の胎内にいるかのような、神々しい空間だった。


​ そして洞窟の通路を塞ぐように、十体ほどの魔物が鎮座していた。

 よく見るとそれは、青色のスライム。

 ゼリー状の体が周囲の光を反射してキラキラと輝いている。


 俺はその美しさに若干の感動を覚えながら、スタスタとスライムたちの方へ歩いていく。


​ 俺がスライムまであと数メートルという距離に近づいた、その瞬間。

 一体のスライムの体が何の予備動作もなく鋭い槍のように変形し──俺の心臓めがけて射出された。


​「──おっと」


​ 俺はその槍を半歩だけ動いて避けながら、この【藻岩山もいわやまダンジョン】に関する数少ない探索記録を思い出していた。


(こいつらは【クリスタル・スライム】。物理・魔法どちらの攻撃に対しても驚異的な再生能力を持つ、厄介なモンスターだ)


 過去の挑戦者たちはスライムの再生速度を上回るために大技をひたすら連発しながら、一体ずつ無理やり倒していくという消耗戦で攻略したらしい。


​(記録のとおり、魔法を打ちまくっても良いんだけど……できれば楽に終わらせたいよな)


​ そう考えた俺は、この2階層では【盗賊シーフ丈志ジョージの未来の力を使って、に挑戦することにした。


​(効率的な攻略のために──まずは分析だ)


​「──【万物解読オール・アナリシス】」

​ 俺はジョージの最大値の未来の一つ──【アイテムマスター】のスキルを発動した。


 その瞬間、俺の目の前にクリスタル・スライムの「設計図」とも言うべき、詳細な情報が可視化される。



───────────────


​【クリスタル・スライム】


《特性》

 高純度の魔力ゲルに微量の『共鳴水晶の粉末』が混入。

 周囲の共鳴水晶から常にエネルギー供給を受け、永続的に99.9%の自己修復を行う。


《弱点》

 特定の高周波振動(7,777ヘルツ)に極端に弱い。


───────────────



​(なるほど! 底なしの超再生のヒミツは、ダンジョンを囲む水晶との共鳴にあったのか。そういうことなら話は早い)


​ 俺はスライムたちが次々と放ってくる水晶の槍を鼻歌交じりで避けながら、周囲の壁に生えている青い水晶をいくつか砕いて回収した。


 そして水晶の欠片を掌に乗せ──再び【アイテムマスター】のスキルを発動させる。


​「──【即席創造インスタント・クラフト】」

​ スキルを発動した瞬間、俺の手に握られた水晶が淡い光に包まれる。

 まるで粘土のようにその形を変えていき──水晶でできた美しい音叉おんさとなった。


​「よし、できた! このアイテムは【ハウリング・ストーン】。今から君たちが一番キライな音を聴かせてあげよう」


​ 俺がその水晶の音叉おんさを人差し指で軽く弾くと──キィィィィィィィンッ──という甲高い音が洞窟内に響き渡った。


 その音の波がダンジョンを囲む水晶と共鳴して洞窟全体が大きく揺れ出し──バキバキと音を立てて崩れていく。


 そして最も苦手とする周波数の波を大量に浴びたクリスタル・スライムたちは動きを止めて水晶のようにカチカチに硬直した後──パリンッッ、と乾いた音を立て、粉々に砕け散った。


​(よし、もう終わった! これは中々にだったな)


​ 俺はジョージの未来の力に満足してウンウンと頷いた後、アイテムマスターのさらなる便利スキル【アイテムボックス】を発動。


 スライムたちがドロップした魔石の核や水晶の欠片を大量に格納し、意気揚々と3階層へと続く階段を進んでいった──。

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