第12話 竜帝陛下


「メリー、なんでリューのことそんなに嫌うの?」


 寝室から隣の部屋に移り、私は溜息交じりに腕の中のメリーに訊いた。

 リューは私の少し前に寝室を出て行った。


「奴が竜人族だからです!」


 メリーはまだ腹を立てている様子ではっきりと答えた。

 昨日、リューもそんなようなことを言っていたけれど。


(確か相性が悪いって……)


「じゃあ、リュー個人のことは嫌いじゃないってこと?」


 そう訊くと、メリーは元々つぶらな瞳を更に真ん円にして私を見上げた。


「あの無礼で遠慮がないところとか上から目線で偉そうなところとかまんま無駄にデカくなりやがった奴のどこに好きになる要素があるのですか?」

「そ、そっか」


 一息で言われて私は苦笑する。

 どうやら竜人族だから、という理由だけではないみたいだ。

 でもそれがわかって少しほっとしている自分がいた。


(妖精と竜人族は相性が悪いから嫌いっていうのは、なんかちょっと寂しい気がするし)


 と、そのときトントンとノックの音が聞こえた。

 廊下の方の扉からだ。


「はい!」

「失礼いたします」


 扉を開け入ってきたのは昨日のメイドさんたちだった。

 彼女たちは扉の前に一列に並ぶと深く頭を下げた。


「コハル様、おはようございます。朝のお支度に参りました」

「あ……おはようございます。よろしくお願いします」


 私も同じように頭を下げ挨拶をした。


 ワゴンに用意されていたお湯で洗顔を済ませると、彼女たちはまた私の着替えを手伝ってくれた。

 私はその中で一番歳が近そうな、おそらくリーダーなのだろう子に声をかけてみることにした。

 柔らかそうな栗毛をきちんとお団子にした真面目そうな子だ。


「毎回ごめんなさい。ドレスの着方、早く覚えますので」


 すると、彼女は驚いたように手を止め私を見た。


「とんでもございません。これがわたくしたちの仕事ですので」

「でも、毎回全部やってもらうのは申し訳なくて……」

「コハル様は我が国をお救いくださった聖女様。そんなコハル様のお世話をさせていただくことがわたくしどもの誇りであり喜びなのです」


 他の子たちも一斉に頷いてくれる。

 でも、これまで極力自分のことは自分でなんとかしてきたからか、やっぱり慣れないというか、どうしても恐縮してしまう。

 確かにこのお城で私がなんでも一人でやってしまったら彼女たちの仕事を奪うことになってしまうのかもしれないけれど……。


「……じゃあ、その、もう少し友達みたいに接してもらえたら嬉しいかも……なんて」


 思い切ってそんなお願いをしてみる。


 ……私がこの世界で友達と呼べる相手はティーアとメリーくらいで。

 出来ればこの国にも、なんでも話せる友達がいたらいいなぁと思ったのだ。


 ちなみに、今メリーは私たちから少し離れたソファの端っこに身を潜め、こちらの様子をじっと伺っている。実はあれでかなりの人見知りなのだ。


 と、栗毛の彼女は少しぽかんとした顔をした後で小さく笑った。


「コハル様がお望みでしたら」

「! 是非、お願いしたいです!」 


 私は嬉しくて思わずパンと手を合わせていた。


「かしこまりました。……ですが、このお部屋の中でだけということでよろしいでしょうか。陛下やセレスト様に知れてしまうと、わたくしこの城を出て行かなくてはならなくなるかもしれません」

「え!? そ、そうなんだ……。わかった」


 私は頷く。

 それでも、この場だけでも気軽に話せる相手は欲しかった。


「では、コハル様。わたくしのことはローサとお呼びください」

「ローサ。これからよろしくね!」


 少し照れながら笑うと、ローサも微笑んでくれた。


「コハル様は、本当に聖女の名に相応しいお優しい方なのですね」

「え?」

「正直を申しますと、コハル様のお世話係をお任せいただいたとき、喜びもありましたが、少し緊張もあったのです」

「え……?」


(緊張?)


「ですから、コハル様のお人柄に触れて今とても安堵しております。おそらく、ここにいる皆がそうですわ」


 他の子たちも恥ずかしそうに頷く。


「いやいや、私なんてほんと、そんな緊張されるような人間じゃないから! 向こうの世界じゃただの役立たずのOLだったし」


 ……それもクビになってしまったばかりだし。


 するとローサはゆっくりと首を振った。


「いいえ。わたくしは今こうしてコハル様のお世話が出来て、改めて幸せを感じております」


 そうして頭を下げられて、なんだか気恥ずかしくなった。


 ――と、そのとき一番若い子が堪りかねた様子で声を上げた。


「わ、私もです! 何か粗相があればどんな罰がくだされるかと実は不安で……」

「罰!?」


 流石にぎょっとして声がひっくり返ってしまった。


「これ、アマリー!」

「あ、し、失礼いたしました……!」


 ローサに窘められ、彼女――アマリーは深々頭を下げた。


 ……そういえば、先ほどローサも私と友達のように接しているのがバレたら城を出て行かなくてはならなくなるかもと言っていた。


(も、もしかして……)


 嫌な予感がして、私は慎重に訊ねる。


「えっと、リュー……あ、陛下って、そんなに怖いイメージある?」


 するとローサは慌てたように首を振った。


「怖いだなんて滅相もございません! ……ただ陛下はとても厳格なお方ですので」


 他の子たちも肩を竦め俯いてしまって、私は大きな衝撃を受ける。


(もしかしてリューって、お城で働く人たちにとってパワハラ上司的な存在……?)


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