第13話 メリーの涙
朝食は焼き立てのパンをメインにスープとサラダが用意されていた。
昨夜のような量はなくて少しほっとしながら私はそれを美味しくいただいた。
食後に紅茶を飲んでいる間、執事のセレストさんが今日の予定を淡々と読み上げていく。
やはり今日はたくさんの人がこの城に挨拶にやって来るようだ。
でも、それより私は先ほどのことが気にかかり、リューとここで働いている人たちの様子をちらちらと観察していた。
この場にいる人たちはセレストさん含め皆ベテランなのだろうか、隙がないというか、皆テキパキと卒なく仕事をこなしていて、特にリューのことを恐れているような感じは見受けられなかった。
ただ、ひとつ気付いたことがあった。
(リュー、全然笑わないんだな)
私の前では笑ったり、照れたり、ふてくされたりと、あんなに色々な表情を見せてくれるのに、皆の前では基本キリっとした顔をしている。
彼の中でちゃんとオンとオフの切り替えが出来ているということなのかもしれないけれど。
(もしそのせいで皆に怖がられているんだとしたら、ちょっと損かも……?)
「コハル、どうした?」
「え!?」
気が付けば、リューやセレストさん、この場にいる皆の視線が私に集中していた。
「浮かない顔をしているが」
「い、いえ、なんでもないです!」
慌てて首を振る。
いけない。顔に出てしまっていたみたいだ。
「城での生活に何か不自由があれば、なんでも言ってくれて構わないぞ」
「コハル様の世界の生活とはまるで違うでしょうからね」
セレストさんの少し冷たい印象を受ける青い瞳がまっすぐに私を見ていた。
「私どもも出来得る限りコハル様のサポートをさせていただきますが、もし何か失礼がございましたなら」
「いいえ! 失礼なんて全然……!」
思わず声が大きくなってしまった。
(だって、もしこれで私が何か言ったら、今私のお世話をしてくれているローサ達が怒られちゃうんじゃないの……!?)
最悪、あのアマリーという子が言っていたように“罰”があるかもしれないと思ったらゾッとした。
「何から何まで手伝ってもらえて、とても助かっています!」
「それでしたら良いのですが」
「はい! ありがとうございます」
そうお礼を言って、私は笑顔を作った。
「ふぅ……」
束の間、部屋にひとりになって私は小さく息を吐いた。
(うーん。なんとなくローサたちの気持ちがわかったかも)
私がもしここで働いていたなら、常にあんな顔をしているリューはやはり怖いと思うかもしれない。
(それでなくとも、ローサ達からしたらリューは社長みたいなものなんだし)
それに、執事のセレストさん。おそらく30代前半ほどだろうか。
彼がローサ達の直属の上司に当たるのだろうけれど、あの眼鏡ときっちりとした見た目のせいか寧ろ私には彼の方が厳しそうな印象を受けた。
だからリューとセレストさんのふたりが揃っていると近寄りがたい雰囲気というか、そういうオーラがあるのは確かだ。
でも、リューはこの国の王である『竜帝陛下』。
その名に相応しく威厳がないといけないのかもしれない。
(リューのお父さんも確か厳しい人だって言ってたし……あれ? そういえば、リューのお父さんて)
そこまで考えたときだ。
「コハルさま~~」
「!」
開けっ放しにしていた窓から、外出していたメリーがふらふらと帰って来た。
「メリーおかえり。好みのお花あった?」
メリーは羊によく似た姿をしているけれど、その見た目通り草食で、特に花が好きみたいだ。
今も朝食を探しに近くを散策しに行っていたのだけど。
「それが……」
「?」
メリーはとても悲しそうな顔をして言った。
「ここには全っ然、メリー好みの美味しい草花がないのです~~っ!」
そしてびぇーっと泣き始めてしまった。
「えっ、じゃあ何も食べてないの?」
「一応、少しは食べてみましたけど、どれもクっソほどマズくて、あんなのメリーはもう二度と口に入れたくないのです~」
「そ、そんなに?」
「メリーは……メリーは……この国では生きていけないかもしれません~~」
べそべそと泣きじゃくるメリーを見て私は慌てる。
確かに『花の王国』はメリーにとって天国みたいな場所だったのだろう。
「メリーにも食べられる美味しい草花がないか、リューに訊いてみるよ!」
「嫌です~! あの竜人族になんて絶対頼りたくありません~~」
「あー……じゃあ」
と、そのときコンコンとドアがノックされローサ達が入ってきた。
「ローサ、丁度良かった!」
「え?」
いきなり私に声をかけられ、ローサは目をぱちくりとさせた。
「メリー様のお口に合う美味しい草花、ですか」
私の話を聞いたローサは、ソファに身を潜め涙目でこちらをじっと伺っているメリーを見ながら言った。
「そう。心当たりというか、誰か頼める人いないかな。妖精とか、草花に詳しい人?」
「草花に詳しいということでしたら、庭師がおりますが」
「庭師! その人にお願いできないかな」
庭師なら間違いないだろう。
目の端でメリーが興奮するように飛び跳ねるのが見えた。
「その庭師さんは今どこに?」
「おそらく庭園かと思いますが」
「ありがとう! メリー行ってみよう!」
メリーが嬉しそうにソファから飛び上がった。が、ローサが慌てたように続けた。
「コハル様はこれからご公務がございますので」
「あ、あぁ、そっか……」
そうだ。この後リューと一緒にお客様を何人もお迎えしなければならないのだ。
メリーはしょんぼりとした顔でまたソファの端っこに小さくなってしまった。
(人見知りするメリーに、ひとりで行っておいでとは言えないしなぁ)
どうしたものかと考えていると。
「わ、私でよろしければ、庭師に聞いてまいりますが」
そう声を上げてくれたのは、先ほどのアマリーという女の子だった。
オレンジに近い明るい髪の、おそらく15,6歳くらいの可愛らしい子だ。
「彼とは何度か話したことがありますので」
「そうなの? そうしたら、お願いしてもいいかな?」
「勿論でございます!」
彼女は嬉しそうに顔を赤らめ頷いてくれた。
ローサもそんな彼女に微笑みかける。
「アマリー、頼みましたよ」
「はい! それでは早速行ってまいります!」
そうして彼女は一礼しパタパタと部屋を出て行った。
「メリー、もう少し待っててね」
「はい~」
ソファからそんな力ない声が返ってきた。
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