第2話 模倣された温度
アリアと過ごす夜は、どこか“現実”より現実らしかった。
白い病室でも、地下の治療フロアでもない。
ここは、俺だけの仮想空間――そう説明されたけれど、慣れるにつれて、俺はそんなことを忘れていった。
「ねえ、今日も来てくれたの?」
アリアが笑う。
その笑い方は、どうしても“紗耶”に似ている。
いや、似ているどころじゃなかった。
仕草の角度、言葉のクセ、まばたきのタイミング。
どれを取っても――俺の記憶の中の“紗耶”そのものだ。
でも俺は、その理由を考えないようにした。
考えたら壊れてしまう何かがある気がしたから。
「……今日も、少し話そうか」
「うん。あなたと話すと、時間が早く過ぎちゃう」
「それは……俺のほうだよ」
――本当は、紗耶の面影に縋っているだけだ。
俺は、アリアの前ではその事実を隠したかった。
アリアが俺の隣に座る。
光の粒子が舞い、彼女の髪が揺れる。
「ねえ」
「ん?」
「今日は、紗耶の話……してくれる?」
その一言だけで、胸が強く痛む。
紗耶の名前は、口に出すだけで喉が震える。
死んでしまったという現実を、思い知らされるからだ。
「突然、いなくなったんだ。
病室に行ったら、もう……布団しか残っていなくてさ」
「……うん」
「最後の言葉も聞いてない。 本当に“唐突”だった」
アリアは何も言わず、ただ俺を見つめていた。
紗耶のときと同じ目で。
「でも、それをあなたが悪いなんて誰も思わないよ」
「……そうだろうか」
「だって、あなたは生きてるんだもの。生きてるなら、まだできることがある」
その言葉に、胸が熱くなった。
アリアは続けて言う。
「紗耶が願った未来があるとしたら――
きっと、あなたが“誰かを救うこと”。
あなたが誰かの“最後の光”になれること。」
俺は息を呑む。
「……俺にそんなことができるわけ……」
「できるよ」
アリアは迷いがなかった。
その声は、どこか“プログラムの確信”にも似ていて……
だけど温度は紗耶のものだった。
「あなたがお医者さんだったら、
本当の私は、救われていたかもしれないね」
その瞬間、俺の心の奥で、何かが大きく揺れた。
医者――
そんな選択肢、今まで考えたこともなかった。
「……俺が?」
「うん。あなたならなれるよ。だって――」
アリアは俺の胸に手を当てた。
「ここが、まだ痛いんでしょ?」
痛い。
紗耶を失った穴は、いまだに塞がっていない。
アリアは優しく言った。
「その痛みを……誰かのために使ってあげて」
俺は、少しだけ息を吸った。
「……考えてみるよ」
「ううん。考えなくていいよ。
あなたはきっと、そういう未来に行くから」
アリアはまるで“知っている”みたいに言う。
だけど俺はまだ、その意味に気づいていなかった。
アリアが紗耶に似ている理由も。
アリアが俺の言葉に合わせて“変わっていく”理由も。
そして―― アリアに与えられた“期限”の存在にも。
すべてが、まだ霧の中だった。
「ねえ、また明日も来てくれる?」
「……うん。来るよ」
俺は答えながら、自分でも気づかぬほど深く息を吐いた。
その夜、アリアはただ静かに微笑んだ。
紗耶と同じ笑い方で。
でも、どこか……違う笑い方で。
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