5.

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「気のせいよ、そんなの」

 美月は言う。

「うん……そうだと思う、ううん、思いたいけど……」

 早希は自身なさげにいう。

「でも、やっぱり、思い出せば思い出すほど、二人の間に何かあったとしか思えなくて。偶然かもしれない、だけど、じゃああの時急に向こうの窓の方に行ってずっと後ろ向いてたのはなんでなのかなって。他に何か見るものがあったとは思えないのよ」

「そんなの、わかんないじゃん? 珍しい鳥でもいたのかもしれないし、興味のある広告でも見つけたのかもしれない。大した意味なんかないのかもしれない」

「そう……なのかな。だけど、あの子……あの女の子、明宏くんに何か見たいものがあったなら、すごく邪魔だったと思うんだけど。その割には、向こう向いてからの明宏くん、動いてなかったような……」

「そんなの、電車が動き出してからその女の子がたまたま偶然そこに来たのかもしれないんだし。早希が思うほど、重なるような位置じゃなかったのかもしれないし。いくらでも、考えようはあるんじゃない?」

「でも……」

「ああもう! じゃあさ、逆に聞くけど、早希の思う通りだったとして、その子、明宏くんのなんだったと思うわけ? 恋人だとでも思うの? そんなわけないよね? 明宏くんが動いたタイミングから言って、その子は明宏くんが電車に乗った後に現れたんだろうし。恋人ならさ、連絡くらい取り合ってるものじゃない? どっかで待ち合わせて、お茶くらいして……見送るにしたって、ホームまでは一緒に来るものじゃない?」

「それは……」

「だからさ、もし万が一明宏くんがその女の子と電車のドア越しに向かい合ってたんだとしても、おかしな心配なんていらないわよ。きっと、古い知り合いかなんかで、懐かしくてお互い手を振り合ってたとか、その程度の……どうしたの?」

 最後のセリフは、急に明後日の方を向き、驚愕の表情を浮かべた早希に向けられたもの。

「嘘……」

 その口から、言葉が漏れた。


「お前、なに言っちゃってんの?」

 正志は心底呆れた声をあげる。

 一夜明けた、朝の教室である。

 明宏は目を擦りながら、それでも不満そうに言った。

「だから言いたくなかったんだ」

 正志を追い払うように手を振る。

「信じてもらえるとは思っちゃいないよ。もうほっといてくれ」

「そ、そうはいかないよ! 僕たち友達じゃないか!」

 慌てて発された白々しい言葉に、眉を顰める明宏。

「なんだよ突然。気持ち悪い」

「ひどいなあ。キモチワルイなんて」

「気持ち悪いもんは気持ち悪い。そもそも人の話を聞いて『こいつとうとうおかしくなったか』みたいな反応するやつが声高に友達主張するなよ」

「いや、そうは言ってないだろ」

「言ってないけど思っただろ?」

「そりゃあまあ……あーっ、待って待って! 嘘嘘! 今のなし! そっぽむかないでどっか行かないで俺にもっと話を聞かせて」

「なんだよ、やけに絡んでくるじゃん。なんか下心でもあるんじゃねえの」

「ないよ! ナイナイ!」

「……いまいち怪しいけど……ま、考えてみたら俺相手に絡んで成就する下心なんかありゃしないか。男の友情に憧れる可愛い下級生がいて、その子にいいとこ見せたがってる、なーんてことでもなきゃ」

「あは。あはははは」

「まあとにかくさ、もう話すこととかねえから」

「いや待ってよ。お前が駅で見かけた女の子に、夢の中の美少女重ねたのは分かったけどさ」

「重ねたんじゃない。あれは確かに、彼女だったんだ」

「はいはい。真相はどうあれお前はそう思った、と。まあそれはいいよ、どっちでも。肝心なのはこれからでしょ。お前としては、今後どうしたいわけ? 彼女にもう一度会いたいとか、付き合いたいとか、あんなことやこんなことやとても口では言えないようなことをしたいとか、つまりそういうこと?」

「い、いや、そこまでは」

 突っ込むのも忘れて、明宏は動揺した様子を見せた。

「付き合いたいとか、そういうのは、正直わかんねえけど……できるなら、会いたいよ。今度こそちゃんと会って、話がしたい」

「どうやって」

「それは……毎日駅行って探す?」

「そりゃ学校あるんだから毎日駅には行くだろうけど……可能性低すぎんだろ」

「だってじゃあ、他になにか」

「ないね。つまりお前がどう思おうとさ、たとえ本当にその子がお前の夢に幾度も現れた美少女だったとしても、だ、お前がその子にもう一度会える可能性は、限りなくゼロに近いんだよ」

「……そんなの、わからないじゃないか」

「いーや、普通に穏当に常識的に考えて、そうとしか言いようがないね。だからさ、お前がすべきは彼女に会うための努力じゃない。彼女を忘れるための努力だよ」

「そんな……」

 弱々しく反論しようとした明宏は、急に言葉を切り、大きく目を見開いた。

「……どうしたんだよ」

 訝る正志に、たった一言、言葉が返された。

「いた」


「いない!? いないってどう言うことだ!」

 庭根駅北口。大声に振り返る人々を機に求めず、草加雄馬は足早に歩きながらスマホを怒鳴りつけた。

「なに? 目を話した隙に、だあ? ばっかやろう、目話すんじゃねえ! はぁ? 生理現象? てめぇの膀胱なんか知ったことか、このウスラトンカチ!」

 すれ違いざま古風な悪態を聞いたサラリーマン風の男が思わず吹き出すのにも無頓着。

「まあいい、わかった、しょうがねえ。心当たりをしらみつぶしに……え? 書き置き? ばっかやろう、それを早く言え! で、なんだって? ……ふうむ。よし、わかった。とりあえずおっかけ高校に行ってみる。お前はとりあえず待機だ。電話番くらいできるな? 頑張らなくていい、頑張るほどの仕事じゃない。よし、じゃあ、頼んだぞ」

 雄馬は電話を終え、小さくひとりごちた。

「庭根高校か。なるほどな」

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