やっぱり……相撲と、同じなのか
そうして、どこか吹っ切れた気持ちになれていたからこそ、いざ目的の魔獣と遭遇したときにも冷静に対処できていた。
今いるのは、地平線のかなたまで見渡せるような、視界のひらけた街道なのだけれど。
そこで、今まさに【オルトロス】の襲撃にあっている隊商を見つけ――私たちはそれを助けるべく飛び出していたのだ。
先鋒をつとめるのは、身の丈ほどもある大斧を振りかぶった茶髪侍女グレナ。
「……【屠殺切(ブッチャーカッティング)】!」
何やら物騒な宣言と共に放たれるそれは、彼女のロール【料理人】特有のスキル。
唐竹割りに繰り出された一撃に、双頭犬の魔獣は「Bow-wow……」と断末魔の声をあげながら、呆気なく頽れていく。
獣(四つ足で毛のある生き物)に高い効果を発揮する、一撃必殺の攻撃技なのだけれど――
「二本の首のつけ根から、内臓こぼしながら真っ二つ……ですか」
「ああ、グレナの戦い方……あいかわらず、グロいぜ」
私は前世では定食屋をやっていて、トリやウシやウサギの解体は見慣れていたので耐性があるけれど。
そうでもなかったら、三日三晩は夢に見そうな、なかなかグロテスクな絵面のスキルである。
その【オルトロス】も、真っ二つにされながらもまだ立ち上がろうともがいているあたり、さらに気色悪さを醸し出しているか。
とはいえ、そちらにばかり意識を向けるわけにもいかないわけで――
「おっ! 敵の憎悪(ヘイト)が、こっちに向いたな。……来るぜ!」
「ええ、分かっています。……【張り手(ドスコイ)】!」
魔獣犬【オルトロス】は集団で行動する魔獣で、群の一体が倒されるとすかさず他の仲間が迎撃行動に移るという性質がある――というのはブラオ王子が事前に受付で収集していた情報だったか。
茶髪侍女のグレナが一体の【オルトロス】を撃破したところ、その情報どおり、他の個体がこぞって私たちの方へに攻撃対象を移してきたのだった。
そうして飛び掛かってきた魔獣犬の一体を、私はここ最近でみっちりと鍛えた技能で迎え撃ち――地面にたたきつける。
ただし、グレナのような特効はないゆえ、一撃で絶命させることはできない。
「Bow-wow!」
「……【弓殴り(ボウストライク)】【弓殴り】、【踏み込み(ドスコイ)】!」
地面にたたきつけられる反動を利用して、再び飛び掛かってこようとする双頭犬。
が、まず私はその左首を振り抜いた【アダマスの弓】で払い、次いで返す手で右首を薙ぎ、最後に開いた距離を詰めるように踏み込む。
ちなみに最後の踏み込みの際には前傾姿勢で、相手の胸――もとい胴体に額を合わせるように突き出す。
まるきり相撲の立ち合いのごとき踏み込みは、力士のそれであれば優に一トンは超えるほどの威力で――これが魔法やスキルの実在する世界であればその比ではない。
双頭犬の魔獣は、例えるなら若いツキノワグマ(体長一二〇センチメートル)ほどもあるのだけれど。
それが大型トラックにでも跳ね飛ばされたかの如く吹き飛び、街道沿いの岩やら並木やらに衝突してはぐったりと動かなくなる。
よく見ると、私の額や手のひらが当たった箇所がひしゃげ、陥没して絶命しているようにも見えるか。
「オイオイ、オレは屋敷での訓練で見慣れてるからいいけどよ。……体当たりで魔獣を吹き飛ばす修道女とか、よく考えりゃ、トンデモねぇよな」
などとブラオ王子がいうように、修道服を着た少女が魔獣を吹き飛ばす姿に、襲われていた隊商の人々は目を丸くして驚いている様子だ。
一応、教会には神官戦士団と呼ばれる、主に魔獣討伐遠征を目的とする一団もいるのだけれども。
修道女の姿でこういったことをするのは、やはり珍しいらしかった。
ちなみに、そうやってぼやいている第二王子も「【一閃(ファストスラッシュ)】!」と、発生の速い攻撃スキルでそつなく魔獣を屠っている。
魔獣討伐はあまり経験がないという話だったけれど、人間相手の実戦は幾度も経験があるからか、やけに肝が据わっている。
もちろん、それを言えば私も――生きた動物を殺すのはニワトリを絞めたことがあるぐらいだというのに、やけに落ち着いている方か。
勝負の世界に身を置いて、体一つで生きていたという経験が、あるいは活きているのかもしれないけれど。
それにしたって、自分でも少し不思議だった。
――教会でのおつとめの中には、ウシやブタを手ずから絞めることもしました。
――人間の糧を得るためには土に汚れ、血に染まることも必要だと、その実感を得ることが大切だからです。
と思ったのだが、それはあくまでも元力士の五十歳男としての記憶の方が強かっただけらしい。
脳裏をよぎった修道女アビゲイルとしての記憶によると、どうやら前世以上にそれらの経験はしていたようだ。
そもそも幼い頃に魔獣に襲われたことがあるのだから、その意味での慣れもあるだろう。
もちろん、それらの経験があったとしても、魔獣と戦うというのはまた違った経験なのだろうけれど――
「えぇと、ウマ頭の怪人よりは……ずっと弱い気がしますね。正直、拍子抜けです」
「オイオイ、ウマ頭の怪人って、そりゃオレのことか? うぅーん、それは『強いと褒められている』と喜ぶべきか、どうなのか……」
「……笑えばよいと思いますよ。……ぷふっ」
などと軽口を言い合うも。魔獣【オルトロス】の厄介なところは、その数である。
たしかに一匹当たりは難なく倒せる強さであるものの、敵は一匹二匹ではなく十や二十を優に超す。
これをさばくのは一苦労だろう。
ただ、同時に思うのは――
「相撲のぶつかり稽古……いや、申し合いのようなものと思えば、案外できるかもしれない」
しばしば、格闘マンガなどで「力士は短期決戦型でスタミナがない」と言われることがあるけれど。
それはおそらく、取り組み時間の短さからくる誤解だ。
というのも、部屋では早朝から昼までぶっ通しで稽古をするのだけれど――これに耐えるには相当な体力がいる。
中でもぶつかり稽古や申し合いなどでは、体力が尽きるまで幾人もの相手とやりあうのだから、なまなかな体力ではとてももたない。
「【張り手】、【張り手】……。【張り手】【蹴手繰り】【張り手】【張り手】【内無双】【張り手】!」
双頭犬は、次から次へとこちらへ飛び掛かってくるものの、こうなるとむしろ最初の頃よりも楽だ。
距離を詰めるための【踏み込み】や、空いた距離を埋めるための【弓殴り】をせず、単純な【張り手】で叩き落せばよい。
ただし、時折適当な投げをはさみ、単調になりすぎないよう気をつかうことも忘れない。
簡単に勝てると奢って単調になると、そこを突かれて簡単にやられてしまいかねないからだ。
「ある程度以上の実力を持つものたち同士の戦いというのは、ほんの少しの精神的な乱れや油断だけで、その結果が簡単に覆されてしまうのだから……」
というのは、現役時代から私が思い続けていたことだけれども。
多分、それはこの世界でも同じだろう。
何よりも、これは決まり事(ルール)にのっとって行なわれる試合の場ではなく、己の命をかけ合った殺し合いなのだ。
先のウマ頭となっていたブラオ王子とのときも――あのときは偶々治癒魔法を覚えていたから命を拾えていただけで、そうでもなければ私はおそらく失血死していたのだ。
――魔獣は生きるために人類を襲い、捕食します。
――魔獣狩り(ハンター)は、人類の生命を守るために魔獣を狩ります。
そも、このクルール大陸とやらでは、何千年も人類と魔獣との生存競争が続けられているという。
それこそ歴史上には、ファンタジーゲームにありがちな「人類を救う勇者」のような存在がいたときもあるらしい。
幾度か話題に出ている、教会の神官戦士団というのもその流れのひとつなのだとか。
他の大陸では国家や貴族が、それにあたる場合もあるともいう。
ただ、少なくとも今現在は、その役割の大半は職業としてのハンターが担っていて、それで安定している。
理由は、多分、単純なことだ。
「そうしなければ生き残れない。だから、お互いに本気で……。いつからか実力は拮抗して、一方的なこと(ワンサイドゲーム)には決してならないようになった」
物語によくあるような「絶対的な力を持つ勇者が魔獣を殲滅する」ようなことは、そう簡単にできるはずがない。
もちろん、そうして「できるはずがないことをしてのける」のが、物語の醍醐味なのだろうけれども。
この世界には「勇者のような存在がいた時代もある」のに、現に魔獣は駆逐されきっていない――魔獣だって生き残るのに本気なのだ。
なら、元力士の五十歳男が転生して、どうしてそれができるだろうか。
できるのは、ただ、相手と同じ土俵に立つということ。
その「少し気を抜くだけで簡単にやられてしまう」という状況で、愚直にその「少し」を取りこぼさないように全力で立ち向かうということだけ。
「やっぱり……相撲と、同じなのか」
この世界に、相撲という競技はない。
神事としての相撲も、おそらくない。
ただ、相撲と同じような状況、相撲道と同じような精神というのは間違いなくある。
双頭の魔獣犬と戦いながら、私は改めてそのことを認識するのだった。
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