魔獣を一匹残らずこの世から駆逐してやる

 そんなこんなで私たちは、ようやくにして魔獣討伐へと繰り出すことになる。

 ブラオ王子が見繕ってきた討伐対象魔獣は【オルトロス】という双頭犬。

 これが帝都へ続く街道に出没して少なからぬ被害が出ているらしいのけれど。

「えぇと、オルトロス……ですか」

 前世が元力士の男だったからということは関係なしに、私(アビゲイル)は魔獣についてそこまで詳しくない。

 それでも双頭犬【オルトロス】とやらについてだけは、よく知っていた。

 むしろ、実際にこの目で見たことがあるはずで――


――双頭の魔獣犬【オルトロス】の群が、私たちの乗った馬車を襲ったのです。

――父さまも母さまも、魔獣の鋭い牙に喉笛をかみ切られて絶命しました。

――当時の私は幼く、細部は曖昧なものの、血の赤だけはよく覚えています。


 というのが、つい先日も思い出したばかりの、少女アビゲイルとしての記憶だからだ。

 しかし、その双頭犬というのは、この世界で普遍的(ポピュラー)な魔獣なのだろうか。

 あるいは、これも何かの偶然や必然なのか。

 色々と思うところはあったけれど――

「オレも、魔獣とやりあったことなんて数度しかねぇから、よく知らないけどな。【オルトロス】被害っていのは、わりと多いみてぇだな」

「……魔獣というのは積極的に人間を襲うものですが、【オルトロス】はその傾向が顕著だということですので。……他の魔獣は隊商を組むなどして警戒していれば滅多に近づいてこないものの、【オルトロス】はむしろ隊商を積極的につけ回しては弱い部分を狙って捕食するのだとか」

「隊商の弱い部分を、狙って……」

 アビゲイルの両親は、たしか商人の類だったハズ。

 ハズという曖昧な言い方なのは、その頃のアビゲイルとしての記憶が上手く思い出せないからだ。

 いや、「思い出せない」というよりも――幼い頃の記憶だから「覚えていない」だとか「理解していない」と言った方が正しいのだろう。

 幼児期に、親が何の仕事をしているのか具体的なところを把握できていないというのは、一般的にもよくある。

 前世の私の場合、両親の仕事は「定食屋」という子供でも分かりやすいものだったけれど。

 そんな私だって、幼児期には「ラーメンを出しているからラーメン屋に違いない」と、微妙にズレた理解をしていたものだ。

 ともあれ、アビゲイルの両親はなにがしかの商人なわけで――

「父さまと母さまは、幼い私という『弱い存在』を伴って隊商に参加していたのでしょうね」

 そう考えると【オルトロス】なる魔獣に襲われやすい状況だったのだろうことは、納得のいくことだ。

 必然とまではいわないけれど、偶然ではない。いわば、なる可能性があるだろうしてなったこと――慨然といったところか。

 とはいえ、別に『弱い存在』である幼子を伴っていたからといって、必ず魔獣に襲われるわけではない。

 むしろ、同じことをして同じ目にあうようなことは百回に一回もない――どころか、千回に一回もないかもしれない。

 そうでもなければ、隊商が幼子を同道させることを許すはずもないのだから。

 ただ、言葉通りに万が一――一万回ぐらい繰り返せば、そうでない場合よりも魔獣【オルトロス】に襲われる可能性は明確に上がるのかもしれない。

 そして、幼かったアビゲイルとその両親は、その一万回に一回を運悪く引いてしまった。

 多分、それだけのことなのだ。

「幕尻力士が大横綱相手に運よく金星を得る方が……いや、それどころか、それに加えて全勝優勝する方が、ずっと可能性としてはあり得るぐらいか」

 相撲の場合、たとえ幕内力士であっても上位でない限り、普通は横綱とは当たらない。

 唯一可能性があるのは優勝争いに絡んだ場合だけれど、幕尻(幕内力士で一番下の番付の力士のこと)にいる力士がその圏内にいることは極めて稀だ。

 少なくとも私が死んだ時点だと、幕尻優勝は史上二人しかいなかったハズ。

 加えて、どちらも全勝優勝ではなく、その場所では金星(平幕が横綱に勝つこと)をとっていない――ちなみに片方は横綱不在だったので金星の取りようがなかったわけだけれど。

 要は、相撲におけるそれは実のところ「相撲史上実現したことがない」ものの――これは単純に試行回数の問題でしかない。

 大相撲は年六場所しかないのだから、試行回数が少なすぎて偶々そういう結果が起こっていないだけの話だ。

 一方、この世界において「幼子を伴って隊商に参加する」なんてことは、本当によくあることだろう。

 それこそ毎日、何十何百も例があるに違いない。

 だから、おそらく同じ数だけ試せれば「幼子を伴って隊商に参加したせいで【オルトロス】に襲われる」よりも「幕尻力士が金星取って全勝優勝する」の方が多く起きるに違いない――逆を言えば、年六回程度しか「幼子を伴って隊商に参加」していない場合、それを百年繰り返したところで「【オルトロス】に襲われる」なんて結果にはほぼ遭遇しないという意味でもある。

 などと、私が長々回りくどい理解の仕方をしていたのも――

「だから、そう。父さまと母さまが、特別不用心だったとか愚かだったとかいうことはない、ハズ……」

 と、今は亡いアビゲイルの父親と母親のことを思っていたからだ。

 これでも一応、私も前世では人の親をしていた。

 何の瑕疵もない完璧な親ができていたとは、口が裂けても言えないものの。

 子供を育てる苦労というのは多少なりとも分かっているつもりだったし、それこそ親の責任とやらの実感もある。

 そしてだからこそ、彼らが「不用心や愚かさから、娘ひとりだけを残して死んでしまった」とは認めたくないのだ。

 仮に落ち度があるのだとしても、それが責められてしかるべきものだとは思わない――思いたくない。

 いや、あるいは――


――私のせいで両親が死んだとは、思いたくない。


 というのは、元力士の五十歳男が「子に罪を感じさせたくない」と思う、親心なのか。

 あるいは、少女アビゲイルが抱く「自分の責任から逃れたい」という、言い訳なのか。

 今の私には、上手く区別がつけられない。

 もしかしたら、その両方なのかもしれないけれど――

「アビゲイル……? そうか、オマエがその歳で修道女をしているってことから、そうじゃないかとは思ってたが……やっぱ魔獣禍で親を亡くしてんのか」

「あっ、いえ! ……えぇと、私、声に出して言っていましたか?」

 が、そんなおり、声をかけてきたのは青髪の第二王子だった。

 転生してから、どうにも自問自答が多く、ひとりごとを口にしてしまうことが増えていたけれども。

 今もまた、余計なことまで口にしてしまっていただろうか。

「そりゃ、アビゲイルはよく、ひとりごとを言っているもんだけどな」

「……今日のそれは、割とハッキリと声に出ておられましたね。……アビゲイルさまのご両親が、商人だったですとか、それで亡くなっただとか」

「うぅっ、ほとんど声に出してしまっているではないですか……」

 相撲がどうこうという部分については、あまり上手く聞き取られていなかったようだけれども。

 どうも、それ以外の部分については、あらかた声に出して伝わっていたようである。

「魔獣がどうこうって話をしだしてたのも、つまりはそういうことか? ……あー、『魔獣を一匹残らずこの世から駆逐してやる!』って」

「そこまで思いつめてはいませんが……きっかけは、そうですね」

 前世では「巨人に親を殺された少年が『巨人を一匹残らず駆逐してやる』」と決意するようなマンガもあったけれど。

 修道女アビゲイルは、あんな極まった思想ではない。

 たしかに、マンガに限らず小説や神話などでは、何千年も昔から復讐譚が人気だけれど。

 そこまで突き抜けられる人間なんて滅多にいないし、仮にそれができる人間がいたとしても、現実には「ヤバいヤツ」でしかないだろう。

 もちろん、そういう「ヤバいヤツ」の方が得てして大衆にはウケるのだろうことは理解できる。

 以前も思ったことだけれど、現役時代には、その手の力士がえらく女性にモテていたものだし――ついでに同性である親方や先輩力士からも、その手の力士は「困ったヤツだ」と苦笑いされながら、良くも悪くも一目置かれていた。

 ただ、私はそうはなれなかったし、なりたいと思ったこともない。

 むしろ、そうなってはいけないのだという思いが強く――そんな私だからこそ、最終的に部屋内での人間関係が上手くいかなくなってしまったのだともいえるか。

「あー、アビゲイルは、なんつーか……」

「……色々とぶっ飛んでいるようで、存外、マジメ過ぎるように思えますね、アビゲイルさまは」

「えぇと、お行儀がよすぎるとは、よく言われますけれど……」

 前世では、三人兄弟の長男だったからか。

 あるいは家族の他の面々が、癇癪持ちだったり仕切り屋だったり、アクが強いものたちばかりだったからか。

 私は昔から、自分を律しようと思いが強くなりがちな性質だった。

 本質的には、弟や両親たち同様に激しやすい方なのだが――それを表に出すのがはばかられて、無理してでも飲み込むことが多かったのだ。

「ってか、ガマンしすぎなんだよな、アビゲイルは。もっと……ほら、オレみたいに好き勝手してみろって!」

「……好き勝手した挙句、誰ぞに恨まれて、ウマ頭の呪いをかけられた殿下がいいますと説得力が違いますね。……ぷふっ」

「ぐ、グレナ、お前なぁ……」

 ただ、私の事情のすべてを理解しているわけでもないのに、青髪の第二王子たちはそう言ってくれる。 

 もちろん、グレナがいうとおりにそんなブラオだからこそ、呪いをかけられるという災難に見舞われたのだろうけれど。

 同時に、そういうあけすけな物言いは彼の美点でもある。

 それこそ、この時の私は――そんな彼の言葉に救われた気持ちになっていたのだから。

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