第2話 ひだまり旅館 その2

「どうしたトキコ?なんかあったか?」


 トキコのあまりのふくれ面に、ドラークは思わず荷物を運んでいる足を止めた。ここは、旅館に併設された倉庫。今日使うトラックや、有事の際に備え、武器が保管されている。他にも、ドラークが趣味で拾ってきたいろいろなガラクタでごった返していた。鉄の階段や柱はところどころ錆びていて、少し油の匂いがする。埃っぽいが、トキコはこの乱雑で無骨な感じが好きだった。


 朝から出かける準備をしていたドラークは、ラディナよりも一回り小柄だ。しかし、もともと建物の建設や解体を請け負う仕事をしていたためか、がっしりとしていて力が強い。黒っぽいボディのところどころに赤いパーツが光っており、本人もその赤が気に入っていた。また、顔には光る目が一つ、モノアイである。細かいことは気にしない豪快な性格で、今は意味もなくタオルを肩にかけ、荷物の搬入をしていた。


「テトロアさんにも来てほしかったのに!」


「なんだ、それでふくれてんのか。テトロアだって意地悪してるわけじゃないんだぜ。」


詳しく聞かなくとも、ドラークは察した。トキコの気持ちもわかるが、テトロアは何よりもこの旅館を大切にしている。今、人間であるトキコが安心して暮らしているのも、テトロアが執念じみた情熱で旅館とその機能を守ってきたからだ。それはわかってるんだけどさあ、とトキコは肩を落とした。


「やれやれ、出発前に湿気てちゃしょうがねえ。ちっと待ってな。と、おーい、マト!」


言うが早いか、ドラークは持っていた荷物を放り投げた。……しかし、呼ばれたマトは振り返りもしない。荷物が床に落ち、何かが割れたような音が倉庫に響き渡った……。



───



「あの……マト?荷物大丈夫?」


 心配になったトキコがかけ寄って声をかけた。いくらなんでも大切なものが入った荷物を無下にすることはないとは思うが、反応すらしないのは流石マトだ。ドラークも慣れたもので、気にすることなく旅館に向かっていった。


「大丈夫。ドラークが拾ってきたゴミだから。」


よかった、そうだよね。安心したトキコはマトの作業を手伝うことにした。


 この、愛想のないマトは、ロボットの中でもかなり人間に近い見た目をしている。小柄で、身長は先日トキコが追い抜いた。マトは、旅館のロボットでは唯一、服を着ている。それも、いつもふわふわとしてふりふりのついた服で、メイド服というらしい。少し前に、なんでそんな動きにくそうな服を着ているのかと尋ねたら、需要と供給、とだけ返ってきたことがあった。メイドとは、主人のお世話をする人らしいが、愛想のないマトに需要があるのだろうか、と思ったのは内緒。知識豊富で、テトロアが文字や計算、歴史を教えてくれるのに対し、マトは料理や園芸などの先生だ。


 トキコ、テトロア、ラディナ、もちまる、ドラーク、マト。人間一人とロボット五人、この六人がひだまり旅館、そしてこの街の全住人である。


 ドラークがいなくなってしまったので、トキコも引き続き荷物の搬入を手伝う。持っていくものは、食料を入れる大きめのコンテナ。真空保存ができて持ち運びもできる便利な代物だ。それと廃棄するガラクタに、最低限の装備品。


街の外では、極稀に戦闘用ロボットがうろついていることがある。彼らは今も、戦いを止めない。ほとんど狂ってしまっていて、ある程度の大きさで動くものには見境なく襲いかかってしまう。だから、トキコが14歳になった今日まで同行が許されていなかったのだ。それでも万一に備えて、トキコにはヘルメットと防弾チョッキが渡されていた。いざとなったら自分の身は自分で守れるように、装備のチェックを済ませておかなければ。


そのうちに、お昼のお弁当を持ってラディナともちまるも合流し、準備が整った。ドラークが戻って来ないので、今日の日程を確認して待つことにした。


 街を出て、北にしばらく行くと湖があり、その近くには、元は軍が管理していたのものと思われる建物がある。その地下には何層にもわたってシェルターが作られており、トキコ一人では人生が何十回あっても食べ切れない量の食料や、日用品などが保存されている。度重なる戦火の中でまだ無事に存在しているのは奇跡と言えるだろう。ロボット五人にとっては大して重要な施設ではないため、たまにマトが服や生地を取りに行く程度だったが、トキコがひだまり旅館へ来てからは、定期的に必要なものを取りに行っている。今回はそのトキコが初めて同行するので、ついでに湖でピクニックもする予定だ。


 確認を終えたちょうどそのとき、テトロアとドラークの話し声が聞こえてきた。


「やはり、今渡すのは不合理ではないでしょうか。帰ってきてからでいいのでは?」


「いやいや、今がいいと思うぜ。帰ってきてからじゃ使えねえし。」


「はあ……ここまで来たら仕方ないですね。」


二人の姿を見て、トキコの目が見開かれる。その視線はテトロアに、より正確にはテトロアが持っているそれに注がれた。それが自分のための物だということはすぐにわかった。興奮で頬が紅潮する。ドラークが声をかけ、トキコの前にみんなが集まり、その中央に立つテトロアが口を切った。


「トキコさん。」


「お誕生日おめでとうございます!」

「14歳、おめでとう!」

「なー!」

「おめでとうな!」

「おめでとう。」


 こういうときって、みんなで合わせるもんじゃないの?みんなのバラバラな祝福に、そんなことを思いながらも、嬉しさが込み上げ、その場でぴょんと跳ねる。


 テトロアから渡されたのは、ホバータイプの電動キックボード。これまで自分の足しか移動手段がなかったトキコにはこの上ないプレゼントだ。これがあれば、今まで気になっていたいろいろな場所へ行ける。こんな物があったなんて、と思って聞くと、もとはドラークが拾ってきたものだそうだ。壊れていたが、ドラークとラディナが使えそうなパーツを探し、テトロア監修のもと、器用なマトが修理したのだという。トキコも、何か造ってるなーとは思っていたが、近づこうとするたびにもちまるが遊んでほしそうにぶつかってきたのを思い出した。新品ではないし、ところどころ不格好だけど、こんなに嬉しいプレゼントは今までにない。トキコは嬉しさに顔を輝かせ、みんなの祝福に答えた。


「みんな、ありがとう!!」

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