第10話 終戦

 鋭い斬撃が瞬く間に15回走った。5人の猛攻は途絶えてしまった。さらにここで遠藤、波照間、凪人の充電残量が無くなり技の使用が不能になった。酒鬼将軍の手には禍々しい日本刀が握られていた。「だめだ。退却を…。」遠藤がそう指示しようとした瞬間、背後には酒鬼将軍が現れる。遠藤の脳に背後の脅威に対する回避の指示が発令されようとしたその時には、もう間に合わなかった。一瞬の内に幾度となく浴びせられる斬撃、遠藤とその近くにいた波照間が倒され戦闘不能になる。湧永と東雲は凪人を逃がすために凪人へ近づく。千鳥に乗った湧永が素早く凪人を救い上げた瞬間だった。あの斬撃、湧永と凪人にその攻撃は及ばなかったが、千鳥とその後ろにいた東雲は攻撃を受け倒された。湧永と凪人は近くに不時着した。湧永がすぐさま反撃に出ようと詠唱する。しかし詠唱のためのわずかな呼吸をしたときには、斬撃が放たれていた。ここにいる誰もが酒鬼将軍の斬撃攻撃に反応すらできていなかった。酒鬼将軍は凪人にも容赦なく刀を振るった。

 ここで終わるんだ。本来ならそんな凪人の思考も間に合わない速度で倒されていた。しかしその思考は完結した。瞬間浮いたような感覚、目を開けると片目と髪が紅色に染まった人が凪人を負ぶっていた。35歳男性の吉村佐々野介、各守に聞いた使いたかった都道府県の力ランキング2位の京都の力を使って戦う守。「ギリギリ間に合ったようだ。よくぞ頑張った皆の衆。後は私が収拾をつけよう。」彼は酒鬼将軍の前に立つ。酒鬼将軍も凪人もこの人物の強烈な覇気に慄いていた。「雄大な山河、荘厳な寺社仏閣、京都はどこを見ても美しいところ。その一部がこんなに荒廃してしまうとはなんと嘆かわしい事。ここは私の故郷である。それを傷つけた代償、高くつく事を理解していないわけでは無いだろう?」酒鬼将軍は先手を取らせまいと突撃する。しかしその目にも止まらぬ斬撃は、鳳凰のような両翼によって全て防がれてしまう。「私は既に郷愛風土を使用している。君が私に勝つことはもうあり得ない。」その発言に酒鬼将軍は「そうか、ではその分討ちがいがあるってことよ。」といって「恋情嫉妬怨霊」を詠唱、無数の炎の霊と刀を構えた酒鬼将軍が突撃を敢行した。京都の守は黙ってそれを睨み続ける。凪人は、「何をしているんだ。」と守りに行こうと考えたが、自身の第六感が彼は大丈夫だとどこかで諭していた。そしてその六感を凪人は信じた。「仕留めた。」酒鬼将軍がそう確信し刀を振り落とそうとした瞬間、「鴨の濫水」の詠唱が響く。凄まじい轟音と共に京都守を中心に、大きな濁流が発生し技ごと酒鬼将軍を襲った。酒鬼将軍が必死に耐えていると京都の守は「南無阿弥陀仏。」と言葉をかけた。「橋立八千松」先ほどまで押し寄せていた水が2つに割れたと、誰もが認識した瞬間酒鬼将軍の体にも両断するように1つの線が入る。酒鬼将軍の体は崩れることなくそのまま半透明の状態になって、やがて消えていった。全員のスマホ画面に討伐完了の表示が出た。ここに酒鬼将軍の討伐が完了した。京都の守は凪人の下に駆け付け「私の名は吉村佐々野介と申す者です。到着が遅れたことをお詫びする。佐賀と三重の事案に対処していたため許してほしい。」と言った。凪人は「それより、戦闘不能になった4人を助けてあげないと」と共に戦った4人の下へ急ぐ。そんな凪人に吉村は「安心しなさい。変身した体と変身前の体は別の状態だから皆無事だぞ。」と落ち着くように諭した。凪人が皆の下に駆け付けるとすでに返信が解除された4人が無傷の状態で気絶していた。22時18分酒鬼将軍の討伐を以て本作戦を終了とする。

 この戦闘は大規模土砂災害として多くのメディアが取り上げた。多く崩れた山肌、土砂に飲み込まれた道路や土砂を被った家屋、この光景を見て大概の人は疑う気すら起きないだろう。しかしその報道に懐疑的な見方を持つ者がいた。国家公安庁職員の秀島である。彼は休みの日に部下と共に与謝野町付近に来ていた。部下の名前は越橋、一匹狼で組織の意向にそぐわない事を平気でやる秀島の監視役として日々行動を共にしている。「秀島さん、今日休みの日ですよ。明らかに旅行じゃないですよね。せっかく京都に来るんだったら、もっと観光地に行きましょうよ。」その嘆きに秀島は一切耳を貸さず「いいか、我々は市民の安全を第一に考える公務員だ。名目上休みの日だろうが国家国民の事を第一に考えて動くのが我々の取るべき行動だ。」と持論を展開した。すると秀島は突如車を止める。「わっ。急停車してどうしたんですか?」越橋が急停車の訳を聞こうとすると道路が土砂に埋まっていた。「どうやら嘘じゃなかったらしいな。少し前に通行止めの看板があり、無人だったから無視して走ってきたんだが…」と秀島は残念そうに言い車を降りた。「えっ。秀島さん、どこ行くんですか。」と越橋が慌てると「どこって調査に決まってるだろう。ここからは歩いて移動する。道がこんなありさまだからな。」と当然のように答えた。越橋は「危ないですよ、次いつ地震が起きてそれによる土砂災害が起こるかわからないのに。」と制止を試みる。すると秀島が越橋のスマホに地震のデータを送った。「なっ何ですかこれ?」越橋が質問する。秀島は車に戻りながら「政府がメディアに向けて行った記者会見での今回の事案の説明図だ。違和感を覚えないか?」と越橋に質問した。越橋は一通り目を通すも見つけられず「特に違和感はないと思いますけど、与謝野町や大江山付近の土砂災害についてどれも適切な図だと思います。」と言った。秀島はうなずき「そうだな、土砂災害に関しては確かに適切な図だ。しかし何か抜けてると思わないか?この土砂災害は何が原因で起きている?」と指摘する。越橋も改めて見直し「あぁ、確かにマグニチュードや震度に関して触れてはいるものの土砂災害についての言及がほとんどですね。でもそれは土砂災害の被害がこの町の損害のほとんどを占めているわけですから、こうなるのも当然と言えば当然ですけどね。」と秀島の杞憂ではないかと伝えた。それに秀島は車のドアを開けて越橋の目を見ていった。「とにかく我々すら知らない隠し事を政府がしていることは確かだ。それを皆が信じえる証拠として国民に開示する。私の杞憂であることが万民にとって良い事だろう。だが現に多くの違和感が我が国各地で発生している。それは確実に我々の生活を脅かしている。その脅威を明らかにし排除するのが我々国家公安職員の使命である。」越橋はそうした彼の志だけは素晴らしいと評価していた。しかしそれと同時にもう少し規律も尊重してほしいと思っていた。

 3月20日東京都板橋区、朝6時にスマホから鳥部が元気よく飛び出て騒いだ。「おめでとう。隠の五柱が君の貢献度を高く評価して申に昇格することが決まったよ。一気に昇格だよ。」鳥部が凪人の方へ視線を向けると、凪人は枕を頭にかぶせていた。鳥部は体当たりして枕を吹き飛ばし「何でそんな反応が鈍いんだよ。申だぞ。守に任命されて半年もたたずに3段階も階級が上がるなんて凄い事なんだぞ。」と騒ぎ立てた。凪人は意識に霧がかかった状態だったが、仕方なく起床することにした。起床後しばらくして意識もはっきりした時、凪人はふと疑問に思った。「そういえば吉村さんってめっちゃ強かったけど階級いくつなの?」その素朴な質問に鳥部は「寅だよ。」と平然と答えた。凪人は思わず聞き返す。「寅?」鳥部はまた平然と「そうだよ。上から3番目になるね。」と答える。「そりゃ、あれだけ強いわけだ。」凪人は吉村の強さに納得した。すると鳥部は「でもより強く見えていたと思うよ。吉村さんは京都の力の使い手だから。」と補足説明を始める。「戦闘場所が自身の力と同じ都道府県だと威力が上がるんだよ。君たちがあの時戦っていた場所は京都だったから、吉村さんは本来よりも高い火力で技を使えていたんだ。だから君も鳥取で戦えばもっと活躍できるかもしれないよ。」それを聞いて凪人は「僕東京在住だよ。今から鳥取に住む理由なんてないよ。」と嘆いた。そして「そういう感じなら、現地の人に任命すればいいじゃん。」と指摘すると鳥部は難しい顔をして「それが上手くいかないんだよ。この国人が住んでいる場所が局所的すぎるし、守に任命される絶対条件には年齢もあるから、地方の都道府県程適切な任命者が現地在住っていう確率が低いんだ。あと意外と現地在住者は、在住の都道府県との強力な思い出を持っていないんだよね。」と現状を説明した。すると鳥部は思い出したように「そう言えばみんなが言ってた東野さんは、階級子だけど山梨出身だから決して鳥取の力だから強くなれないとは限らないよ。」と言った。「でも主戦場は東京でしょ?」と凪人が指摘すると「うん。」と鳥部は静かに言った。「あと、なんとなくわかってはいたけどやっぱり一番上の階級なんだね。」と凪人が無感情で言うと、鳥部は再び静かに「うん、あの人別格だからね。あれは目標にしちゃいけないと思うよ。」と言った。

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