第8話 魂の根層へ
ダンジョンマスターの手が振り下ろされると同時に、
視界が完全な闇に呑まれた。
落下でもなく、上昇でもない。
重力すら存在しない、
“方向”という概念の無い空間。
(……ここは……どこだ)
体の感覚が曖昧になる。
腕があるのか、足があるのかも怪しい。
意識だけが漂っている。
だが、恐怖はなかった。
(身体が……魂そのものに変換されてる……?)
マスターの声が闇の奥から響く。
「そうだ。
ここは肉体という殻を脱ぎ、
魂だけで存在できる層――」
低く、美しい声。
「“魂根層(こんこんそう)”だ」
(魂根層……魂の根っこ、か)
闇の奥に光が生まれた。
白でも黒でもない。
どこか“懐かしい”色だった。
その光が形を成し、
無数の糸のように絡まり合い、
巨大な樹の根のような構造を作っていく。
(……これが……魂の根?)
無数の線が絡み合い、
巨大な“魂の網”を構築している。
線は淡く光り、呼吸するように脈動する。
まるで宇宙の神経網のようだった。
「見えるか、墜落者よ。
これが“魂の基盤”だ」
「基盤……?」
「魂は孤立した一点ではない。
世界群を跨ぎ、無数の魂がこうして繋がっている。
生まれ、死に、また別の形で繋がり続ける。
輪廻とも違う――
“魂域構造”と呼ばれるものだ」
(魂は……ネットワークの一部……?)
マスターは淡く笑った。
「驚く必要はない。
魂が繋がりを持つこと自体は自然だ」
だが、マスターの声が少しだけ曇る。
「異常なのは――
“お前の魂”だ」
(……俺の……?)
マスターが手をかざすと、
巨大な魂の根網から一本の光線が“浮かび上がった”。
淡い白光。
他の線よりも太く、重い。
「――これは、お前の“魂線”だ」
だがその魂線には、
他とは異なる“異質な色”が混ざっている。
漆黒。
深紅。
そして灰色。
魂の根網の中で、
明確に“異物”として浮いていた。
「見ての通り、
お前の魂は三色の値を持つ」
「三色……?」
「通常、魂はひとつの色しか持たない。
それが“魂値”。
世界に適合するための識別信号だ」
「……つまり世界は魂を“色”で認識している?」
「そういうことだ。
だが――」
マスターは魂線を指さした。
「お前には三つの魂値がある。
一つはこの世界の魂値。
一つは前の世界の残滓。
もう一つは……」
マスターの声が低くなる。
「この世界群の外側の魂値だ」
(世界群の……外側……)
魂線の灰色の部分が脈動する。
(これが……俺の魂の“異物”の部分……?)
マスターは続ける。
「本来、世界群の外側の魂値を持つ者は、
世界に存在できない。
世界そのものから排除される。
だからお前は――最初に“処理対象”として落とされた」
(……あの召喚陣の影……!)
怒りが胸にこみ上げる。
(じゃあ俺は最初から……世界の“エラー扱い”だったわけか)
「だが矛盾もある」
マスターが言う。
「その外側の世界値こそが――
お前を“ここまで導いた力”でもある」
(俺を導いた……?)
「魂線を見るがいい」
マスターが指先で魂線を撫でると、
魂に刻まれた“痕跡”が像として浮かび上がる。
炎の世界。
氷河の世界。
都市が浮遊する空間。
星の欠片でできた海。
無限の砂漠。
そして――
その全てを見下ろす巨大な“眼”。
(これは……世界じゃない……)
それはまるで、
世界の根底を監視する存在の視線。
「これが――世界群の“外層意志”だ」
(外層意志……?)
「言葉にするなら……“創造者に近い意思”だ。
世界群を紡いだ何者かの残響。
お前の魂の灰色の部分は、
その意志と“繋がっていた”。」
(俺の魂が……世界の創造者の残響と……?)
「だからお前は呼ばれた。
世界群の乱れを正すために」
(俺が……?)
信じられない。
だが、魂線は嘘をつかない。
灰色の魂値が光り、
俺の胸を強く引っ張った。
(……うっ)
思考が揺れる。
魂が震える。
「落ち着け」
マスターが手を肩に触れる。
その瞬間、魂の震えが静まる。
「外層意志は強い。
未成熟な魂では耐えられない」
「……未成熟?
六十年も生きたんだがな」
「肉体の年齢と魂の成熟は無関係だ」
(なんだよ、それ……)
皮肉なのか、真実なのか。
マスターは魂線に手を伸ばし――
「さあ、墜落者よ。
お前の魂に刻まれた“本来の名”を見せてやる」
(本来の……名……?)
胸の奥が熱を持ち、
何か古く深い“記憶の層”が震え始める。
魂線が眩しく光り――
「――“第二の名”を思い出せ」
マスターの声が響いた瞬間。
光が爆ぜた。
視界が反転し、
俺は古い闇へと引きずり込まれた。
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