第2話 ・・・ユルサナイ

突然の不運に見舞われたものの、しばらく辺りを散策していたらだいぶ落ち着いてきた。

俺はスマホを取り出し、マップアプリを起動する。


気晴らしにカフェに行きたいんだ。


(俺、カフェとかあんま行かねぇけど大丈夫かなぁ? ちゃんと注文できるか? なんか呪文みたいなやつ言うんだろ? でもたまにはそういうところも行ってみてぇよな……)


検索すると一番近くには評判の高いカフェがあるようだったが、そこはハードルが高すぎる気がして、少し離れたチェーン店のカフェに向かうことにした。名前の知らない店に一人で入るのは、元ぼっちだった俺には敷居が高い。


「・・・んーと・・・えっとぉ・・・・」


カフェに到着した俺は、レジ上のメニュー表を睨みながら冷や汗をかいていた。注文チャレンジの開始だ。


「このっ、ストロベルっ・・・ストロベリーチョコレートクレームフラペチーノぉ・・・」


噛み噛みだった。


「ストロベリーチョコレートクリームフラペチーノをお一つですね! サイズはいかがなさいますか?」


「んーと・・・Lで・・・」


「当店ではドリンクのサイズが『ショート』『トール』『グランデ』『ベンティ』の4サイズとなっておりまして、少し大きめですと『グランデ』となりますがそちらでよろしいでしょうか?」


「はぅわ! は、はい・・・っ」


「グランデサイズでお一つ。以上でよろしかったでしょうか?」


「はいっ!」


なんとか無事に注文を終えた俺は、商品を受け取ると店内の空いているカウンター席に腰掛けた。どっと疲れが出た。


(やったぁ! ちゃんと買えたぞ!! あっ・・・そうだ写真撮っておこう)


俺はパシャリと写真を撮った後、自身のSNSに画像を投稿した。

数分後、すぐに投稿にコメントが付いた。


『いちごが甘酸っぱくておいしそう。燈真がカフェに行くなんて珍しいね』


コメントにはそう書かれていた。投稿者の名前は『KR』。


「え・・・? 誰だ・・・?」


思わず声が漏れる。


俺はKRのプロフィール欄を確認する。過去にチビッターでやり取りした形跡も残っており、その内容を追っていくうちに、相手が誰なのか確信した。


「これ玲か!!」


思わず大声をあげてしまい、周りの客から怪訝な顔をされた。俺は取り繕うように周りに軽くペコペコ頭を下げて顔を赤らめる。


如月玲(きさらぎれい)、俺の高校の同級生で性格も顔もイケメンなやつだ。

俺たちは友だちだったはずなのに、世界がおかしくなってからはなぜか玲が俺の恋人ってことになっていた...。


(この感じはぜってぇ玲だよな・・・。俺たちめちゃくちゃイチャイチャしてんじゃねぇか。どうなってるんだよ! ・・・やっぱり俺たちが付き合ってるっていうのは本当・・・なんだろうな・・・)


・・・やっぱりおかしいのは俺の方なのかな・・・。


胸がざわつく。だが、すぐに首を振った。


(いや! もうその話は決着つけただろ! おかしいのは俺じゃない!! コウは絶対いたはずなんだ!)


思考を切り替えるために、俺は別の可能性を探る。


(そうだ! あいつのアカウントは・・・つーか俺のフォロワー数489人もいるーー!)


自身のチビッターアカウントのフォロワー一覧をスクロールして物色する。


(・・・ダメだ。やっぱりあいつのアカウントはねぇ。DMの履歴もねぇしな・・・)


「はぁ・・・」


大きくため息をつく。

うつむきながら握ったスマホをぼーっと眺めていたが、気持ちを切り替えるように深呼吸をした。

スマホをテーブルに置き、ずっと下げていた目線をふと上げると――


ガラス窓の向こう。

先ほどぶつかってきた少年が、窓ガラスに張り付いて俺を睨みつけていた。


「うわぁ!!!」



思わず大きな声を漏らす。周りの客たちに睨まれているが、そんなことを気にする余裕もない。

数秒が経ち、ようやく自分が大きな声を出してしまったことに気づいて慌てて口をふさぐ。だがもう遅い。俺の声はうるさかった。

口をふさいだまま窓の外の少年を見つめる。窓の外の少年もまた、窓ガラスに張り付いたまま俺を睨み続けている。


「ヤットミツケタ・・・ユルサナイ・・・ッ!!」


ガラス越しに怨嗟の声が聞こえた気がした。

しばらくこう着状態が続いたのち、先に動きがあったのは窓に張り付いた化け物――少年の方だった。彼は店の入り口をチラッと見遣ると、そちらに向かって動き出した。


(やべぇ! あいつ店の中に入ってくる!!)


俺は急いで残りのストロベリーチョコレートクリームフラペチーノを飲み切ると、キーンとする頭痛に苦しみながらトレー返却口に向かう。


入れ違いでカウンター席にやってくる少年。彼は先ほどまで俺がいたはずのカウンター席付近をきょろきょろと物色している。

俺は身をかがめ、気づかれないようにそろりそろりと少年の背後を通って出入口の方へ向かう。

あと少し、もうすぐ店を出るという寸前のところで、少年の眼球がギョロリと俺の姿を捕らえた。


「ミーーーツケ・・・タ・・・・・!!!」

「ふぃぎきゅあっ!!」


俺は店を出ると全力で走りだした。少年も後を追いかけてくる。



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