第3話 【悲報】俺の推しV、謎の太客(5万円)に「札束」で殴られて雲行きが怪しい件

 イージーモードは、加速している。


 あの日以来、氷室課長との連携は神がかっていた。

 俺が夜に「100円」で伝えた攻略法を、彼女は翌日、完璧に実行する。


 理不尽なダメ出しは消え、俺の提案は通り、残業はゼロ。

 周囲の同僚たちは「最近の旭、何か覚醒してないか?」「氷室課長の扱い上手すぎだろ」と噂している。


 気分は悪くない。

 いや、最高だ。


 だが、光が強くなれば、影もまた濃くなるのが世の常だ。(超かっこいい)(最近黒子のバスケを読んだ)



     ◇



「……やぁ、旭くん。調子はどうだい?」



 給湯室でコーヒーを淹れていると、ふわりと甘い香水の香りがした。

 振り返ると、ロマンスグレーの紳士が立っていた。



 軽井沢部長だ。

 この殺伐とした営業部における、聖域(サンクチュアリ)のような存在。



「あ、お疲れ様です! おかげさまで順調です」



「そうかそうか。君の活躍は聞いているよ。

 ……氷室くんも、君には随分と助けられているようだね」



 彼は、目を細めて微笑んだ。

 その笑顔には、上司特有の威圧感がない。



「彼女は優秀なんだが、少し『あそび』がなくてね。

 タイヤも空気パンパンだと、ちょっとした段差でパンクしてしまうだろう?

 私がいくら言っても、彼女はいささか頑張りすぎてしまうのでね」



 部長は、憂いを含んだ溜息をついた。



「君のような、柔軟な考えができる若手が彼女を支えてくれて、私は安心しているよ。

 ……彼女が潰れてしまわないよう、君からもよろしく頼むね」



 俺の肩に置かれた手は、温かい。


(……なんて、いい人なんだ)



 俺は感動すら覚える。

 氷室課長は変わったとはいえ、やはり緊張感はある。

 対して、軽井沢部長は「逃げ場」を作ってくれる。



「何かあったら、いつでも相談しなさい。私は君の味方だからね」



 彼はニッコリと笑い、去っていった。

 俺は、その背中に深く頭を下げる。


 この会社には、厳しいけれど熱い課長と、優しくて器の大きい部長がいる。

 まあ、恵まれているんだろう。


 ブラック企業だと思っていたが、住めば都とはこのことか。



     ◇



 深夜1時。

 いつもの儀式の時間。



『こんココ~!』



 画面の中のココちゃんは、今日も元気だ。

 最近、俺のアドバイスのおかげで、リアル仕事のストレスが減っているらしい。  配信の声にも張りがある。



 そのせいか、同接数も徐々に増え始め、コメント欄の流れも速くなっていた。



『えー、というわけで! 今日は質問箱マシュマロを読んでいこうと思います!』



 平和な雑談枠。

 の、はずだった。



『えっと……PN「名無し」さんから。 「ココちゃん、最近調子乗ってない? ゲームも下手なくせに、仕事できるアピールうざいんだけど。てか声がキモい。引退しろ」』



 空気が、凍る。


 ココちゃんのアバターが固まる。

 いわゆる「荒らし」だ。

 人が増えれば、こういう手合いも湧いてくる。



『あ、えっと……ごめんね、不快にさせちゃったかな……』



 ココちゃんが萎縮する。

 彼女は真面目すぎる。こういう悪意を、真正面から受け止めてしまうタイプだ。



 コメント欄がざわつく。 「無視でいいよ」「通報通報」「気にすんな」。



 俺もキーボードに手を置く。

 何か、フォローを入れないと。

 だが、俺の100円スパチャで、このドス黒い悪意を払拭できるか?



 その時だった。



 ドォォォォン!!



 画面全体を覆い尽くすような、ド派手な真紅のエフェクト。

 鼓膜を揺らす、重低音の通知音。



 赤スパチャ、50,000円。



 送り主の名は、『会長K』。



『会長K:ココさん。雑音など気にする必要はありませんよ。  貴方の魅力は、大人の私が保証します。  貴方は、貴方のままで素晴らしい。  自信を持ちなさい。私がついています』



 圧倒的。

 圧倒的な、財力と包容力。


 アンチの小賢しい暴言など、5万円という物理的な質量の前では塵に等しい。



『えっ……!? か、会長Kさん!?  ご、5万……!? ありがとうございます!』



 ココちゃんの声が裏返る。

 コメント欄が一気に沸騰する。


「うおおおおお!」「ナイス赤スパ!」「かっけぇ……」「これが大人の余裕か」 「アンチ息してるー?w」



 荒らしのコメントは、称賛の嵐に流され、跡形もなく消え去った。



『すごい……。会長Kさん、本当にありがとうございます。  私、元気出ました! 雑音なんて気にしません!』



 ココちゃんが、安堵の笑顔を見せる。

 俺は、打ちかけていたコメントを消した。



(……すげぇな)



 俺の100円は、彼女の「行動」を変えることはできる。

 だが、彼女を「守る」力においては、この太客には勝てない。



 会長K。

 アイコンは、高級そうなワイングラス。

 言葉選びも知的で、落ち着いている。

 きっと、社会的地位のある人物なのだろう。



 俺は、少しだけ複雑な気持ちになりながらも、安堵の息を吐く。


 よかった。

 彼女には、俺(サトウ)以外にも、強力な味方がいる。

 これなら、彼女の配信活動も安泰だ。


 俺は、祝杯代わりにストロング缶を開ける。

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