【朗報】厳しすぎる女上司(26)の正体、俺の推しVだった。毎晩100円スパチャで「部下の褒め方」を教えたら、翌朝デスクに缶コーヒーが置かれて職場がイージーモードになった件
第2話 【検証】お局の弱点を「100円」で教えたら、翌日の会議で上司が無双してイージーモードになった件
第2話 【検証】お局の弱点を「100円」で教えたら、翌日の会議で上司が無双してイージーモードになった件
奇跡は、一度きりではなかった。
「……旭くん」
翌日も。 その翌日も。
氷室課長の様子が、明らかにおかしい。
「この前の資料、クライアントから好評だったわ。 ……助かった。ありがとう」
「あ、はい! ありがとうございます!」
礼を言われた。
あの「氷の女帝」に。 明日、槍でも降るんじゃないか?
それだけじゃない。
指示が、具体的になっている。
以前なら「自分で考えなさい(でも正解は私の中にある)(私が今何を求めているか当ててみなさい)(さあ、ゲームの始まりです)」という理不尽な丸投げだったのが、 「貴方の強みは分析力だから、そこを重点的にまとめて。デザインは外注に回していいわ」 と、俺の適性に合わせたタスク配分をしてくるようになった。
結果。
俺の残業時間は、劇的に減った。
ストレスフリー。
まさに、イージーモード。
(……信じられん)
俺は、定時で退社しながら首をかしげる。
偶然だ。偶然に決まっている。
たまたま課長が「アンガーマネジメント」の本でも読んだとかか?
まさか、夜のV配信での「100円の儀式」が現実に影響しているなんて。
幸運の女神の泉にコインを投げ入れたとかじゃあるまいし。
そんなラノベみたいな設定、あるわけがない。
……あるわけがない、よな?
◇
深夜1時。
俺は、検証のためにPCの前に座る。
『こんココ〜!』
画面の中の推し、常夏ココちゃん。
彼女は今日も、レトロゲームで死にまくりながら、雑談を始めた。
ニンテンドークラシックでゼルダの伝説の配信をしているが、謎解き要素で右往左往してる時間が長いから、必然的に雑談の時間が長くなる。
『そういえばみんな聞いて! 最近ね、仕事がすっごく順調なの!』
嬉しそうな声。 アバターがぴょんぴょん跳ねている。
『部下の子との連携がね、バッチリなの! 私が苦手にしていた「細かい気配り」とか「根回し」を、彼が先回りしてやってくれるようになって……。
私、今まで一人で抱え込みすぎてたんだなぁって』
コメント欄が「よかったね!」「ほう……成長したな」と流れる。
俺は、腕を組んで唸る。
まさかなぁ。
昨夜の俺のアドバイス。
『その部下、実は「根回し」が得意な可能性ない?
ココちゃんはそういうの苦手そうだし、全部彼に放り投げてみたら?
その代わりココちゃんは「決断」だけに集中するとか。リソース配分的に最強の布陣にならないかな』
これを送った翌日。
氷室課長は、抱えていた雑務をごっそり俺に渡してきた。
俺にとって、彼女の「高学歴特有の抽象度が高く説明不足な指示」の暗号解読に比べれば、得意な根回しや雑務なんて遊びみたいなものだ。
学生時代、どんだけ飲み会の幹事をこなしてきたと思ってる。
彼女は決断に集中し、俺は得意分野で動く。
生産性が爆上がりするのは当然だ。
(……いやいや。これも偶然だ)
世の中の上司と部下の悩みなんて、大体似通っているものだ。
ココちゃんの職場と、俺の職場が、たまたま同じようなフェーズにあるだけだ。 うん。そうだ。
『でもね、一つだけ悩みがあって……』
ココちゃんが、声を潜める。
『明日、他部署との合同会議があるの。
相手は、予算を握ってる「管理本部のお局様」で……私、あの人苦手なんだよねぇ』
俺は思う。
(……どこも似たようなもんだな)
思い返すのは。我が社の管理本部の
社内の予算配分を牛耳る、通称「鉄の女」。
彼女のヤバさは、論理に厳しいことだけじゃない。
感情だ。
「生理的に無理」「なんか気に入らない」「若い女が生意気」 。
そんな理由で、完璧な企画書を突き返す、理不尽の権化だ。
年齢的には氷河期世代のど真ん中か。
早稲田かどっかを卒業してデカいコンサルファームに就職したものの、転職を繰り返して数年前からウチの営業企画部で働いている。
これはもう完全な邪推だが、経歴を聞く限り転職のたびに社格を落とし続けて最終的にウチみたいな所に流れてきてるってことは、多分行く先々で上手く行かなかったんだろうなと思う。
そのせいか?
「この私がこんな会社のこんな部署にいてやってる」という態度を
いっちゃんキツいのは相手の性別でめちゃめちゃ態度を変えるところなんだよな。
特に若くて(相対的に)優秀な男に対しては猫なで声で対応するが、俺みたいな地味キャラは存在自体見えないように振る舞い、女性社員に対する横暴さはちょっとここでは言えないレベルだ。
特に「若く」「美人で」「優秀な」「自分よりも高学歴(東大卒)な」氷室課長は、彼女にとって最も忌むべき存在なのだろう。
いやまあそれを言ったら氷室課長がなんで東大出てウチなんかに来てるんだよって疑問はあるが。
『いつもロジックで説明するんだけど、全然聞いてくれなくて……「なんか違う」「血が通っていない」「得意なのはお勉強だけ?」って突き返されるの。
部下の子の前で、カッコ悪いとこ見せたくないなぁ』
コメント欄には「論破しろ!」「録音してパワハラで訴えろ!」という過激な意見が並ぶ。
俺はため息をつく。
どいつもこいつもわかってない。
あの手のお局に正論(論破)は逆効果だ。火に油を注ぐだけだ。
以前、氷室課長が提出した案を全否定して、課長が必死で案の改善をして(俺も深夜残業付き合わされました)も再度全否定して、その後軽井沢課長が最初の全否定された案をそのまま出したら大絶賛して承認されたという伝説のエピソードが想起された。
俺は、少し迷ってからキーボードを叩く。
これは、実験だ。
もし、この「個人的な観察」に基づいた攻略法が通じたら。
その時は、この「ありえない妄想」を少し信じてやってもいい。
『サトウ:¥100』
『正論は逆効果です。まずは「共通の話題」で懐に入りましょう』
送信。
『……共通の話題? でも、私、あんな怖い人と共通点なんて……』
ココちゃんが、困った顔をする。
『サトウ:あの手のお局様って、意外と可愛いもの好きだったりしない?
例えば……そう、「ぬい活」とか』
これは、俺の観察眼だ。
先日、給湯室で馬場さんとすれ違った時、彼女の高級ブランドバッグに、妙にファンシーな少年のぬいぐるみがぶら下がっていたのを俺は見逃していない。
後で検索したが、あれはとある男性ジュニアアイドルのぬいぐるみのようだ。
キャストオフ機能が付いており、下着を脱がせると簡素な男性器が付いていると知ったときはブルっちまったよ。
人の趣味をどうこう言うのもなんだが、ああいうのどうかと思うな。
ん?俺?俺の趣味は毎晩零細Vtuberの配信に数時間かじりついて投げ銭してコメントすることだけど、それが何か?
『サトウ:もしもカバンとかにぬいぐるみとかついてるようなら、会議のアイスブレイクで、「そのぬいぐるみ、可愛いですね」とか振ってみるといいよ。
相手が「あ、これ?」って笑顔になったら、勝ち確。あとは相手の早口の説明に笑顔で相槌いれる音ゲーを攻略するだけだからさ。
ひとしきり満足させてから、誰か男性、それこそ例の部下君とかに資料を出させれば、機嫌よくハンコ押してくれるって。ココちゃんなら企画の中身自体はしっかりしてるだろうからさ』
『……ぬい活? あの怖い人が?』
『サトウ:人間、理屈じゃないからね』
半信半疑って感じだな。
でもまあ、やってみる気になったらしい。
『わかった。サトウさんの人間観察力、すごいね……』
さて、どうなることやら。
面白くなってきたぜ。
◇
翌日。
合同会議室。
空気はピリピリしていた。
営業企画部の馬場さんが、不機嫌オーラ全開で氷室課長を睨んでいる。
そういや今朝、人気男性アイドルグループのメンバーの性的スキャンダルが報道されていたが、まあそんなことは関係ないに決まっているよね(すっとぼけ)。
「で? 氷室課長。今回の販促費、対費用効果(ROI)はどうなってるの?」
「こちらが試算表です。前回よりもCPAは改善しており……」
「はぁ……。あのねぇ」
馬場さんが、氷室課長の説明を遮った。 資料なんて見ていない。
「数字合わせは上手いけどさぁ。なんかこう、危なっかしいのよね、貴方の企画は。 現場の空気感とか、わかってる?机上の空論じゃないの?
バッファはこれで足りてるの?ちゃんとグリッヂできるの?社内基準を満たしてるって言っても、貴方みたいな若い子がホントに予定通りにやり抜く姿がイメージ出来ないのよね」
始まった。
必殺、感情論攻撃。 「なんか危ない」。
これを出されたらどうしようもないんだよな。
社長が拾ってきた人材だけに、向こうの部長さんも迂闊に制止できないようだ。
氷室課長が、唇を噛む。
見かねた軽井沢部長が「ままままままま、ウチの氷室も馬場さんが相手では緊張しますって。可愛いものじゃないですか」ととりなし、「もう、大変ねえ軽井沢さんも。女性管理職比率だかなんだか知らないけど、そんな小娘を課長にしちゃって。尻拭いで寝る暇もないんじゃない?」と甘ったるい声が響き、「ダハハ!それも仕事の内ですから。例の計画のためだと思えば私みたいのが汗かかないとね!そういえばあの件ですが……」と別件に話が移る。
一旦仕切り直しの空気か。
会議室はまだ借りていられるが、若干雰囲気がだれてしまった。
トイレや電話で部屋から出る者もいるため、10分後に改めて会議再開という事になった。
そこで氷室課長が動き出した。。
彼女の視線の先は、馬場さんの手元に置かれたポーチ。
そこには、例の男性ジュニアアイドルの「ぬい」が鎮座していた。
「……あの、馬場さん」
「なによ」
「その……ぬいちゃん。
Reiwaフレンズのキー君ですよね?」
!?
時が止まった。
俺は、自分の耳を疑った。
あの氷の女帝が男性ジュニアアイドルの話をした?
「……あら。わかる?」
馬場さんの表情が、一瞬で緩んだ。
さっきまでの鬼の形相が嘘のように、少女のような顔になる。
「はい。
すごい……かなりレアなモデルですよね。私もSNSで見ていいなあって思ってて。
ライブ限定発売の衣装だけど、まずライブに当選するための応募からしてファンクラブ入会が必要じゃないですか。
会費もキツいんで迷うんですけど、でもキー君って今までのアイドルにはないような、いい意味でアイドル的じゃない本質的な音楽のセンスがある人で、できれば推したい気持ちがあるんですけど、私みたいなのが推していいのか勇気が持てなくて」
「あらやだ! 氷室さん、意外と話せるじゃない! これね、実は『ぬい撮り』専用の子でね、この前この子と温泉旅行に行った時も……」
空気が、解凍された。
馬場さんのスマホから、大量の「ぬい撮り写真」が放出される。
氷室課長は、引きつった笑顔で「可愛いですね」と相槌を打っている。
完璧だ。
昨晩コメントで「例えばReiwaフレンズのキー君のぬいを持ってる人ならばどう褒めたら喜ぶかをAIに考えさせた文章」を指南した
5分後。
完全に馬場さんが満足したタイミングで、氷室課長が俺に目配せをした。
俺は、昨日用意しておいた補足資料を、スッと差し出す。
「……なるほど。まあ、それなりに説得力はあるわね」
馬場さんは、機嫌よく資料に目を通し、あっさりと判子を押した。
さっきまでの「熱意がどうこう」はどこへ行ったんだ。
「氷室さん、貴方もっと堅い人かと思ってたけど。……意外と可愛いとこあるのね」
「いえ、勉強不足で……また教えてください」
会議終了。 完全勝利だ。
廊下に出た瞬間。 氷室課長が、壁に手をついて大きなため息をついた。
「……はぁぁ……。寿命が縮んだ……」
その横顔は、いつもの「女帝」ではなかった。
慣れない愛想笑いで疲れ切った、年相応の女性の顔。
彼女は、俺を見上げた。
少しだけ、頬が赤い。
「……旭くん。 資料、完璧だったわ。
それと……その、私の雑談に付き合ってくれて、ありがとう」
「いえ。課長がぬい活に興味があるとは、意外でした」
「……実は、昨夜『ある人』に教わったの。
お局様は『ぬい活』が好きだって」
彼女は、少し照れくさそうに、でも嬉しそうに言った。
「半信半疑だったけど……その人の言う通りにすると、全部うまくいくの。
まるで、魔法みたいに」
俺の心臓が、ドクリと跳ねる。
これは、本当にそんなことがあり得るのだろうか。
「その人」とは、俺(サトウ)のことだ、なんて。
「……頼りにしてるわよ、旭くん」
彼女はそう言って、俺の背中をポンと叩いた。
その手は、もう冷たくはなかった。
俺は、呆然と彼女の背中を見送る。
もし。
万が一。
億が一。
彼女が本当に「ココちゃん」だとしたら。
俺はたった100円で、上司を「攻略」してしまっていることになる。
「……まさかな」
俺は乾いた笑いを漏らす。
だが、俺の背中には、彼女の手の温もりが確かに残っていた。
この平和な「イージーモード」の裏で。
俺の常識を覆すとんでもない事件が動き出しているだなんて。
このときの俺はまだ、想像さえしていなかった。
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