白ギャルな彼女と、永遠より熱い夏。
~第一章:日差しの下、極彩色のマーメイド~
1. 待ち合わせは灼熱の中で
夏の日差しというのは、どうしてこうも暴力を孕んでいるのだろうか。 アスファルトから立ち昇る陽炎が視界を歪ませ、蝉の合唱が脳の思考回路を焼き切ろうとしてくる。市民プールの入り口前、極彩色の浮き輪やビーチボールが並ぶ売店の軒下で、俺――村杉拳は、じっとりとかく汗を拭った。
(暑い……。いや、気温のせいだけじゃないな、これ)
スマホの画面を確認する。待ち合わせ時間の十分前。遅刻なんてありえない。むしろ、これから起こるイベントの重大さを考えれば、心臓が早鐘を打って体温を上げている可能性の方が高かった。 ――プールデート。 その響きだけで、俺のような陰キャオタクには致死量に近い刺激だ。しかも相手は、かつては黒髪清楚な図書委員、今や全校生徒が振り返るほどの「白ギャル」へと変貌を遂げた、俺の彼女――甘井凛花なのだから。
「……落ち着け、俺。たかが水着だ。布の面積が少し減るだけだ。アニメやラノベで予習は散々してきたはずだろ……?」
自分に言い聞かせるように呟くが、口から出る言葉は熱気に溶けて消える。 本編――つまり、俺たちが紆余曲折を経て恋人同士になってから、初めての夏休み。凛花の方から「プール行こ!」と誘われた時、俺がどれほど動揺し、そしてどれほど歓喜したか、彼女は知っているのだろうか。
「――おーい! 拳ちゃーん!」
思考の海に沈みかけていた俺の耳に、聞き慣れた、けれど聞くたびに胸が甘く疼く声が届いた。 ハッとして顔を上げる。 バス停の方から、日傘をさした人影が小走りで向かってくるのが見えた。
「悪い、待たせちゃった? ってかマジ暑くない?」
日傘をたたみながら現れたその姿に、俺は一瞬、呼吸を忘れた。 色素の薄いブラウンのカラーコンタクト。丁寧に巻かれたミルクティー色の髪が、強い日差しを受けてキラキラと輝いている。服装は、肩が大胆に出たオフショルダーのサマーニットに、ダメージ加工のショートパンツ。その隙間から伸びる脚は眩しいほどに白く、健康的な色気を放っていた。
甘井凛花。俺の自慢の、世界一可愛い彼女だ。
「……いや、全然。俺も今来たとこ」 定番の嘘をつく。三十分前から待っていたなんて言ったら、重いと思われるか、あるいはからかわれるのがオチだ。 「ほんとー? 拳ちゃん汗だくだけど?」 凛花は悪戯っぽく笑うと、ハンカチを取り出して俺の額に触れた。ふわりと、甘いバニラ系の香水の匂いが鼻孔をくすぐる。 「あ……悪い」 「んーん。あーしのために早く来てくれたんでしょ? ありがと」 上目遣いで覗き込まれる。その仕草一つ一つが、かつての清楚だった頃とは違う、計算された小悪魔的な「ギャル」のものだ。けれど、その瞳の奥にある優しさが変わっていないことを、俺だけが知っている。
「じゃあ、行こっか。早く水に入んないと、あーし溶けちゃいそう」 「そ、そうだな。行こう」
差し出された左手。俺は少し躊躇いながらも、その細い指に自分の指を絡ませた。 熱い。気温のせいか、それとも緊張のせいか。繋いだ掌の温度が、俺たちの距離の近さを雄弁に物語っていた。
2. 更衣室の向こう側
チケット売り場を抜け、男女それぞれの更衣室へと別れる際、凛花は不敵な笑みを浮かべて言った。 「拳ちゃん、あーしの水着、期待してていいよ? マジで気合い入れたから」 「……お、お手柔らかに頼む」 「あはは! 鼻血出さないでねー」
ひらひらと手を振って女子更衣室へと消えていく彼女の背中を見送りながら、俺はすでにキャパシティオーバー気味だった。気合いを入れた水着? 俺の精神力を試すつもりか?
男子更衣室の湿っぽい空気の中で、俺は機械的に服を脱ぎ、家から履いてきたシンプルな水色の海パン姿になった。ロッカーに荷物を押し込み、鏡を見る。 ……貧相ではないが、特別鍛えているわけでもない、普通の体だ。凛花の隣に立って釣り合うのだろうかという不安が、今更ながらに鎌首をもたげる。 「いや、ウジウジすんな。凛花が選んでくれたのは俺なんだ」 両頬をパンと叩き、気合を入れる。
プールサイドへの通路を抜けると、そこは別世界だった。 塩素の匂いと、水面の輝き。黄色い歓声と監視員の笛の音。夏のすべてを凝縮したような光景が広がっている。 待ち合わせ場所として決めていた、プールサイドの時計塔の下へ向かう。 まだ凛花は来ていないようだ。俺は柱に寄りかかり、出口の方を凝視して待つ。
一分が、一時間のように長く感じられた。 周囲の男子高校生たちが「あの子可愛く音?」「いやあっちの子も……」などと浮ついた会話をしているのが耳に入る。悪いが、これから現れる俺の彼女に比べれば、誰だって霞んで見えるはずだ。
その時だった。 女子更衣室側の通路から、周囲の空気が一瞬止まるような気配がした。
「――お待たせ、拳ちゃん」
声がした方を向き、俺は硬直した。 そこにいたのは、太陽の化身のような凛花だった。 さっきまでのカジュアルな服は脱ぎ捨てられ、その身を包んでいるのは鮮やかなショッキングピンクのビキニだ。 トップスの布面積は、俺の理性を試すように際どい。胸元のフリルが逆にボリュームを強調している。ボトムスはサイドが紐になっているタイプで、白く滑らかな腰のラインを惜しげもなく晒していた。 かつて黒髪に隠されていた彼女が、ここまで大胆になれるなんて。
周囲の男たちの視線が、一斉に凛花に突き刺さるのが分かった。 「うわ、すっげぇ美人」「ギャルじゃん、レベル高ぇ」「彼氏持ちかよ……」 ざわめきが聞こえる。優越感と、独占欲が同時に湧き上がる。
「……どーしたの? そんな呆けて。変……かな?」 俺が言葉を失っていると、凛花が少し不安そうに眉を下げ、自身の二の腕を抱くようにして体をくねらせた。その仕草がまた、破壊的に可愛い。
「いや……変なわけないだろ。その、似合ってる。すごく」 精一杯の言葉だった。ボキャブラリーが死んでいる。 だが、凛花にはそれで十分だったらしい。彼女はパッと表情を明るくし、とろけるような笑顔を見せた。
「ふふ、あーしのこと、褒めるの? じゃあもっと褒めて♡」 一歩近づいてくる。肌の露出が増えた分、彼女の存在感がダイレクトに伝わってくる。 「かわいいよ。世界一かわいい」 「……ん。合格。拳ちゃんも、その水色、爽やかでいいじゃん。好きだよ」 さらりと言われた「好き」という言葉に、俺の顔が一気に熱くなる。 この空間に二人きりなら抱きしめているところだが、あいにくここは衆人環視のプールサイドだ。
「よし! じゃあ行こ! まずは流れるプールね!」 凛花は俺の腕をとり、自分の胸に押し付けるようにして抱きついた。柔らかい感触と、少し冷んやりとした肌の温度が伝わる。 「ちょ、凛花! 近いって!」 「いいじゃん、減るもんじゃないしー。ほら、エスコートしてよね、彼氏さん?」
3. 水飛沫と高鳴り
水の中に入ると、火照った体に冷たさが心地よかった。 流れるプールに身を任せながら、俺たちは浮き輪につかまって漂っていた。周囲には家族連れやカップルが多く、時折ぶつかりそうになるのを避ける距離感が、逆に二人の密着度を高める。
「ねえ拳ちゃん、あーしメイク落ちてない?」 「大丈夫だ。完璧だよ」 「よかったー。ウォータープルーフ命だからさ」
そんな他愛のない会話をしているだけで、幸せが満ちてくる。 ふと、少し開けた場所に出た時、凛花が悪戯な目をした。
「……ねえ、拳ちゃん」 「ん?」 「油断大敵、だよっ!」
バシャッ! 不意に視界が水しぶきで覆われた。凛花が両手で水を掬い上げ、俺の顔面にぶちまけたのだ。 「ぶはっ! おま、やったな!?」 「きゃはは! 拳ちゃんの顔、ウケるー!」
凛花は楽しそうに笑いながら、水の中を逃げていく。その無邪気な笑顔は、ギャルメイクをしていても隠せない、彼女本来の純粋さそのものだった。 「待てっ!」 俺も負けじと水を掛け返す。 「きゃーっ、やめてよ! 冷たいってば!」 「先にやったのはそっちだろ!」 「いやー、やられたな! 降参降参!」
大の大人が、いや高校生が、子供のように水を掛け合う。周囲から見ればバカップルそのものだろう。でも、そんな視線などどうでもよかった。 キラキラと舞う水滴の向こうで笑う凛花が、あまりにも眩しかったから。
4. 接触事故(アクシデント)
ひとしきり遊んで息が上がり、プールサイドへ上がろうとした時のことだ。 階段付近は水に濡れていて滑りやすくなっていた。
「あー、楽しかった。ねえ、なんか飲み物……あ」
俺の方を振り向きながら足をかけた凛花が、ツルリとバランスを崩した。 スローモーションのように彼女の体が傾く。 足場はコンクリートだ。転べばただでは済まない。
「凛花ッ!」
思考より先に体が動いた。 俺は一歩踏み込み、倒れ込んでくる彼女の体を真正面から受け止める。 ドン、という衝撃。 俺の足も滑りかけたが、なんとか踏ん張った。 結果として、俺は凛花を強く抱きしめる形になり、凛花は俺の首に腕を回してしがみついていた。
「……っ、ビックリした……」 凛花の震える声が耳元で聞こえる。 俺の腕の中には、水着越しの彼女の柔らかな肢体があった。濡れた肌が密着し、互いの心音が伝わってきそうなほどの距離。ピンクのビキニ越しに伝わる体温と弾力が、俺の理性を激しく揺さぶる。
「お、おい、大丈夫か!? 怪我ないか?」 俺が焦って声をかけると、凛花は顔を上げないまま、俺の胸に額を押し付けた。 「あーし……大丈夫だよ……。拳ちゃんが助けてくれたから」
少しの間があった後、彼女はゆっくりと顔を上げた。 その顔は、日焼け止めやメイクのせいだけではない、明らかな朱に染まっていた。 潤んだ瞳が、至近距離で俺を見つめる。
「……でも、ドキドキしちゃった。怖かったからじゃなくて……拳ちゃんが、男の子だったから」
その言葉は反則だった。 俺の心臓は爆発寸前だ。 濡れた髪から滴る雫が、彼女の鎖骨を伝って胸の谷間へと滑り落ちていく。その軌跡を目で追いそうになり、慌てて視線を彼女の瞳に戻す。
「……凛花、俺……」
言葉が詰まる。好きだ、とか、大事にする、とか、そんなありきたりな言葉じゃ足りない。 今、この瞬間の彼女を、誰にも渡したくないという強烈な独占欲。
凛花は、俺の背中に回した手に少しだけ力を込めた。 「大丈夫、あーしも……同じ気持ちだから」
その瞳は真剣で、どこか甘く、俺の胸の奥深くに刺さる。 周囲の喧騒が遠のいていく。水面の反射とプールのざわめきの中、俺たちは磁石が吸い寄せられるように、互いに顔を近づけていた。 あと数センチ。唇が触れそうになる距離。
「……ちょっと……待って、拳ちゃん……」
凛花がふと、恥ずかしそうに視線を逸らし、俺の胸に小さく手を置いた。拒絶ではない。それは、「ここではダメ」という合図だった。 「あ……ご、ごめん」 「ううん。……あとでね?」
その「あとで」という言葉の響きが、俺の脳内を麻痺させた。 あとで。 それはつまり、二人の時間になってから。 俺たちは顔を見合わせ、同時に顔を真っ赤にして、パッと体を離した。
「の、喉乾いたな! ジュース買ってくる!」 「あーしも! クレープ食べたいかも!」
誤魔化すように声を張り上げるが、二人の間に流れる空気は、明らかにさっきまでとは違っていた。 それは単なる「恋人」の空気を超えた、もっと濃密で、逃れられない「予感」を含んだものだった。
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