第9話 甘井さん、放課後に“距離感バグった甘え方”をしてくる件

放課後の教室。

 夕日が差し込んで、黒板がオレンジ色に染まっている。


 俺は荷物をまとめて帰ろうとしていた。

 すると、ポン……と背中に何かが触れた。


「……村杉くん」


「うおっ!? な、なに!?」


 振り返ると――甘井さんがいた。

 しかも、指先で俺の背中をつついている。


「び、びっくりした……?」


「いや普通に死ぬほどしたけど!?」


 甘井さんは、胸の前で両手を揃えて、気まずそうに笑う。


「その……ちょっと、やってみたかったの。

 スキンシップ……っていうの? そういうやつ……」


「え、ええぇ……!」


 急すぎる。

 距離の詰め方が“異常に直球”なんだが……!?


◆ ◆ ◆


「で、なんでそんな急に……?」


「……だって」


 甘井さんは目をそらし、机の角を小さく指でなぞった。


「昨日、一緒に帰ったとき……私、すごく幸せだったの」


(あ……)


「だから今日……もう少しだけ近づいてみても、いいかなって……」


 その言い方が妙に恥ずかしげで、

 俺の心臓がもう耐えられないレベルで跳ねる。


「で、でも……スキンシップって……具体的に何を……?」


「…………こういうの、とか」


 甘井さんはそっと近づき、

 気づけば俺のネクタイを、指で“ちょん”と触った。


「ね、ねぇこれ……いつも思ってたんだけど……

 ネクタイの結び目……少し曲がってるよ?」


「へ、え!? そ、そうなの!?」


「うん……ずっと直してあげたかったの」


 そう言って、甘井さんの手が――俺の胸元に伸びる。


(やばい近い近い近い……!!)


 甘井さんの指が、俺のネクタイを優しく整え始める。


 距離は完全にゼロ。

 顔も、呼吸も、髪の香りも近い。


「……動かないでね」


「う、うん……」


 胸元に触れる指先が温かくて、

 息を吸うたびに甘井さんのシャンプーの匂いがして。


(む、無理……死ぬ……)


「……はい、できた」


 手が離れたとき、胸元にぽっかりと熱が残った。


「ど、どう……かな。変じゃない……?」


「あ、ああ……すげぇ似合ってると思う……じゃねぇや!

 キレイに整ってる! サンキュ!」


 言葉がぐちゃぐちゃになる俺を見て、甘井さんはくすっと笑った。


「やっぱり……近いと、恥ずかしい?」


「いやまあ……そりゃあ……」


「……私も、すごく恥ずかしいよ?」


「えっ」


「でも……嫌じゃなかった。

 むしろ……もっと近づきたいって思ったの」


 甘井さんは、目を伏せながら言った。


「だから……少しだけ、練習したいなって。

 村杉くんと、一緒に」


(練習……!? なんの!? 何の技術を磨こうとしてるんだ甘井さんは……!?)


「……ダメ、かな?」


 潤んだ瞳で見上げてくる。


「ダメじゃねぇよ……! 全然……!」


 自分でも驚くほど、即答だった。


 甘井さんはほっとして、胸の前で手をぎゅっと握る。


「……よかった。

 私ね、もっと村杉くんと仲良くなりたい。

 一緒にいたいって思っちゃうから……」


(もうこれ、すでに告白寸前じゃねぇか……)


 心臓が一瞬止まりそうになった。


 そして甘井さんは、顔を赤くしながら言った。


「……明日も、ちょっとだけスキンシップしてもいい?」


「………………っ、うん」


 その返事をした瞬間――


 甘井さんは嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ……帰ろう?」


 また並んで帰ることにした。

 その距離は、昨日より少しだけ近かった。

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