第2話 まずは形から? 黒髪の彼女が茶髪デビューした結果

 翌日、金曜日。

 授業中も放課後も、俺――村杉拳は気が気じゃなかった。


(マジで……甘井さん、昨日のあれ本気だったのか?)


 夢じゃなかった。

 いや、むしろあれは現実にしては都合が良すぎる、ギャルゲー的イベントだった。


 「村杉くんの、好みの女の子になりたい」


 あの言葉が脳内で無限リピートして、まともに板書すら取れなかった。

 俺の好み=“オタクに優しいギャル”。

 清楚の権化みたいな甘井さんが、それになりたいと言い出すなんて、どう考えてもバグってる。


 だが、そのバグは今日も俺の席まで歩いてきた。


「……村杉くん。今日、放課後って空いてる?」


 ドキッとして振り向くと、昨日と同じ黒髪の甘井凛花が、胸元で両手を握りしめていた。

 だけど、昨日より少しだけ表情が柔らかい。なんというか……覚悟を決めた人間の顔をしていた。


「え、えっと……空いてるけど。な、なんかあるの?」


「昨日の続き。まずは……その、“形”から始めようと思って」


「か、形?」


「うん。ギャルって、金髪とか茶髪とかでしょ? だからね……」


 甘井さんは、俺にだけ聞こえるように小声で囁いた。


「今日、美容院に付き合ってほしいの」


「…………は?」


 美容院。

 俺が生涯もっとも縁遠いと思っていた単語が、甘井さんの口から出てきた。


「わ、私一人だと怖いから……。村杉くんのイメージする“ギャル”に近づける髪色とか、アドバイスしてほしくて」


(いや無理無理無理無理!! ギャルの髪色なんて専門外すぎる!!)


 だが甘井さんは、俺の混乱を見越したように、少しだけ裾を引っ張りながら、潤んだ瞳で見上げてきた。


「だ、駄目かな……?」


 ――反則技だった。


「……い、行きます」


「っ、ありがとう!」


 嬉しそうに破顔する甘井さんは、黒髪のままなのに、もう何割かギャルゲーのヒロインみたいに眩しく見えた。


◆ ◆ ◆


 放課後、駅前の美容院。

 ガラス越しに見えるオシャレな店内は、陰キャにとってラスボスダンジョン並みに怖い。


(逃げたい。できれば今すぐ転校したい)


 だが、隣には甘井さんがいる。

 緊張でぎこちない動きだけど、俺の袖を小さくつまんでいた。


「……が、がんばるね」


 なんだこの可愛い生き物。


 予約した時間になり、俺たちは店内へ。


◆ ◆ ◆


「今日はどうされますかー?」


 担当の美容師さんが優しげに笑う。

 甘井さんは一瞬、俺を見て、それから小さな声で言った。


「あの……ちょっと、髪色を変えたいです」


「おっ、いいね! どんな感じの色にしてみたい?」


 美容師さんの問いに、甘井さんは俺に助けを求めるような視線を送ってくる。


(え、俺が決めるの!? 本当に!?)


 心臓が爆音で鳴っているのを感じながら、それでも俺は覚悟を決めた。


「えっと……ほんのり茶色、くらい……? いきなり明るいのは大変だろうし」


「なるほど、初カラーですね? じゃあ自然めのベージュブラウンとかどう?」


 美容師さんが示すサンプルを見て、甘井さんはこくりとうなずく。


「……村杉くんは、これでいい?」


 その一言に、思考が一瞬吹き飛んだ。


「い、いいと思う。すごく似合うと思う」


「……そっか。嬉しい」


 甘井さんは少しだけ頬を染めて、椅子に座った。


◆ ◆ ◆


 一時間後。


「お待たせしました〜、どうぞ鏡を見てください」


 カーテンの向こうから姿を現した甘井さんは――

 黒髪の清楚さを残しつつ、柔らかい茶色に染まった髪が光を受けて揺れ、まるで別人のように垢抜けていた。


「……っ!」


 声にならない。

 やばい。普通に可愛いどころじゃない。

 清楚×ほんのり茶系の破壊力、思ってたより上等兵。


「ど、どうかな……?」


 不安そうに髪を触る甘井さん。


「す……すごく似合ってる。びっくりした」


「ほ、本当に?」


「本当」


 甘井さんはぱぁっと顔を輝かせた。

 その笑顔は、昨日より、今日より、未来の彼女の“ギャル化”を期待させる何かがあった。


「じゃあ……これで、レベル1達成?」


「……レベル1?」


「うん。“オタクに優しいギャルへの道”の、最初の一歩」


 照れくさそうに言う甘井さん。

 その頬が、ベージュブラウンの髪にふわりと溶け込んで見えた。


「じゃあ……次のレベルも、よろしくね。村杉プロデューサー?」


「ぷっ……プロデューサー!?」


 突然の役職授与に俺がむせていると、甘井さんは小さな声で続けた。


「これからもっと……村杉くんの好みに近づきたいから」


 ――この時点では、まだ知らなかった。

 この“レベル1の茶髪デビュー”が、後に俺にだけ優しい金髪ゆるふわ白ギャルを生み出す第一歩になるなんて。


 そして同時に、甘井凛花という少女の本当の気持ちに、俺が全く気づいていなかったことも――。

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