第2話 状況把握


 さて、状況を整理しよう。


 地方公務員の俺は勇者召喚の儀とやらでこの世界、バニータ国という国に召喚されたが、持っているスキルは「お針子」でした。


 以上。


 いや、お針子って、あまりにもあんまりじゃないか。

 どうやら俺を召喚した異世界人さんたちもそう思ったみたいで、これからの処遇をどうするか一緒に考えてくれるらしい。スキルを判別した魔導士のお姉ちゃんに連れられて、大広間から続く廊下を歩く。

 足元に敷かれた赤い絨毯は、踏むとふかふかと沈み込む。壁には等間隔で明かりが灯り、揺らめくこともなく廊下を照らしていた。なるほど、これが魔法か。

 案内された部屋は、さっきの豪華絢爛な大広間とは打って変わって、素っ気ない空間だった。石造りの壁に木製の長テーブルと椅子。装飾は最小限で、いかにも仕事をする場所という雰囲気だ。役場の会議室か? 異世界に来てまで仕事感を味わわせないでほしい。


「と、いうわけでねぃ。どうしようかねぃ、シロちゃん」


 この、ねぃねぃネットリした語尾の気だるいお姉ちゃん、名はシルビア・ネイネイ。テンションは近所のスナックのママさんみたいだが、こう見えてこの国随一の魔導士で高貴なダークエルフなのだという。

 ちなみにシロちゃんという呼び名はやめるように一応頼んでみたものの「オォン? 30代なんてまだ赤子じゃないか」と一蹴された。赤子の定義どうなってるんだよ。この人一体いくつなんだろうな……

 豊満すぎる胸元も隠してほしいと思ったが、女性相手にそれを指摘するのもセクハラになったら嫌だし。


「どうしようかと言われても…… できれば元の世界に帰して欲しいがそれは無理なんですか?」

「現勇者が魔王退治をするか、次の勇者が召喚されれば帰れるよ」

「ああ、赤井くんか」


 もうひとりの召喚者、同じく現代日本から来た赤井イサムくんという若者は(学校名の入っているジャージを着ていたからすっかり学生さんだと思っていたが、話を聞くに高校を卒業したばかりのフリーターらしい)光魔法のスキル持ちだとかで、あっさり勇者認定されて俺とは別室に連れていかれていた。

 あちらでは今頃、重役たちに囲まれて盛大に歓迎されているんだろうな。「予言の勇者様!」なんて持ち上げられて、きっと戸惑っているに違いない。

 あんな若者に危険なことをさせるのは正直気が引けるが、背に腹は代えられない。すまん、赤井くん。


「退治にはどのくらいかかる予定です?」

「いや、それがここ百年以上魔王は活動してなくてねぃ。無辜の魔王に攻撃を仕掛けるのはちょっとねぃ」

「無辜の魔王」

「ま、自分の代で余計な揉め事は起こしたくないっていうのが上層部の本音さ」


 そう言ってネイネイはどこか諦めたように茶を啜った。

 変な奴だと思ったが、この人はこの人で微妙な立場にあるのかもしれない。優秀だからこそ面倒ごとを押し付けられる、公務員として同情しちゃうよな。


「じゃあ早く次の勇者を召喚してもらえますか」

「それが召喚に使用する希少な魔法植物を今回の召喚で使い切ってしまってねぃ、新しいものは現在育成中なのでどうしようもできないんだよねぃ」

「それって結構……」

「最低でもあと10年だねぃ」

「じゅうねん!?」

「すごーく育てるのが難しい植物なんだよねぃ」


 驚く俺を見て、ネイネイは何が可笑しいのかニヤニヤ笑う。俺の慌てぶりを見て楽しんでいるかのような、そんな笑みだ。前言撤回、こいつたぶん性格が悪いぞ!


「はぁ!? こちとら働き盛りだぞ、どうしてくれる!」


 仮に10年後、無事に元の世界に戻れたとしてもそんなにブランクがあったら元のキャリアに戻るのは絶望的だ。そもそも失踪か死亡扱いにされている可能性の方が高いが。

 県庁福祉課職員、帰宅時に謎の失踪、行方不明、なんてニュースの見出しを思いついてゾッとする。

 敬語も取っ払って噛みついた俺を、またしてもネイネイは「ダイジョブ、ダイジョブねぃ!」とグラマラスすぎる胸元を揺らして笑い飛ばした。

 この大らかすぎるマインド、どこかで知ってると思ったらインド人だ。

 学生時代に旅したインドで出会った現地のオッチャンたち、みんなこんな感じだったんだよな。トラブルが起きても「ノープロブレム!」で終わらせちゃう、そんな感じ。


「そこは安心するといいよ。大天才大魔導士ネイネイちゃんが召喚されたその時その場所に戻してあげるからねぃ。シロちゃんは10年間、この世界で好きに暮らせば良いだけ。ねぃ、悪くないだろ?」


 つまり……


「10年、長い休暇…… スキルアップのチャンスじゃないか!」

「そこに気付くとは流石だねぃ! ささ、それじゃ早速今夜の寝床を決めようねぃ!」


 何ひとつ解決していないのになんだか解決した気になってしまった。

 これもまた、インドの空気がなせる業なのか。ネイネイのペースに巻き込まれたまま、俺は異世界での10年間の生活に向けて、半ば強引に準備を始めることになったのだ。

 この世界にカレーライスがあるといいな……

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