1-4 異星人だらけのシャンゼリゼ
「チャラーン!
ここがあたしらのお仕事スポット!
その名も、リューンシャンゼリゼだよっ!」
居住区から商業区につながる通路のエアロックが開くと、ロニャはひと足早く躍り出て、くるりと振り向きながら両手を広げてみせた。
「おぉ~っ!」
滅多なことでは驚かないつもりの俺だったが、その光景には思わず声を上げてしまった。
様々な容姿の『ポータリアン』たちが、商店街でショッピングを楽しんでいたのだ。
しかも1人や2人ではない。商店街を貫く幅10メートル程の道路に、少なくとも100人以上のポータリアン観光客が見える。
入り乱れる異星の言語は騒音でしかなかったが、近づくにつれてゴーグルの文字表示がオンになり、視界内に翻訳された言葉がAR表示される……。
<ボサッコ男> すげぇ! この地球儀、3Dで回転するぞ!
<ボサッコ女> ねぇあなた! こっちのTシャツ、漢字のプリントがクールよ!
<アンテラ女> ちょっと、押さないでよ! 私の触角が折れちゃう!
<ボサッコ子供> ママー! あれ買って! ユニコーンのぬいぐるみ!
<グレーネ男> ……ふむ。地球の食品サンプルか。本当に食べられるのか?
<アンテラ女> キャーッ! このアクセ、私の肌色に超合うんだけど!
「うわっ……」
俺はたじろいだ。あまりの騒がしさに、あっという間に視界が文字で埋め尽くされてしまったのだ。まるで動画サイトの弾幕のようだ。
大量の情報に圧倒されて立ち尽くすしかない俺を見て、ロニャは状況を察したらしい。
「そっか!
ポータリアンを見るのは初めてなんだね!
大丈夫、大丈夫!
外見は全然違うけど、中身は地球人と同じだよ!」
ポータリアンとは、いわゆる異星人のことだ。
『ポータル』と呼ばれる宇宙のトンネルみたいなところから地球圏にやってきているため、そのように呼ばれている。地球連合との間で交わした条約により、彼らは地球に上陸することができない。だからニュースなどの映像で彼らの姿を観ることはあっても、直接的な接触は、この月でしかできないのだ。
したがって俺も実際に、生のポータリアンを見るのはこれが生まれて初めてだ。
「いや、だけど……異星人なんだろ?
さすがに同じってことはないと思うが……」
ロニャに『同じ』だと言われても素直に信用する気にはなれない。
だが、目の前に広がっている光景は疑いようのない事実だ。遥か何光年も離れた星からやってきた異星人が、普通に店頭で土産物を物色したり、店員に質問したりしている。行動だけを見れは地球人そのものだ。
地球人の店員はゴーグルをかけているから、異星の言語を理解できるのはわかる。だが、ポータリアンのほうは顔に何もつけていない。そもそも、地球と同じ大気に調整されたこの空間で、宇宙服もなしに生きていられるのも不思議だ。恐らく彼らは体内にハイテク装置を埋め込んでいるのだろうが、どのようなテクノロジーを使っているのかはわからない。ポータリアンの技術を探ってはならないことも、地球との条約で決められているのだ。
「彼らは何が目的で来てるんだ?
どうせ地球には上陸できないんだろ?」
商店街を進みながら俺がつぶやくと、ロニャは少し誇らしそうに微笑した。
「うん。
でも衛星軌道から地表を眺めることはできるからね。
地球へのシャトル便はそこそこ人気みたいだよ」
「なるほどねぇ。
ポータリアンにしてみれば、水槽の魚を眺めるみたいな感覚なのかな」
地球はポータリアンにとって、珍しい魚が泳いでいる巨大なアクアリウムみたいなものなのかと想像すると、ちょっと複雑な気分になる。彼らの高性能な望遠鏡なら地上の様子が手に取るように見えるだろうし、いっぽうで地球人の側からは上空から何を覗かれているのかはわからない。
不平等な関係性にも思えるが、ポータリアンとの貿易で得られる超高性能な電池がもたらす効果は非常に大きい。実際、この電池によって地球のエネルギー問題は解消され、国家間の争いも半減したのだ。
「つまりこの商店街は、人気観光地の土産もの屋ってことか」
「そ!
そゆこと!」
「みんな、地球の土産に何を買ってるんだ?」
俺の脳内では表紙に『地球に行ってきました!』と印刷されたクッキーの詰め合わせが浮かんだが、そもそも地球のお菓子がポータリアンの味覚に合うのかという疑問も湧く。
「定番のお土産は地球儀だね。
ほら、あれ!」
ロニャが指差す方向を見てみると、確かに店頭の目立つ場所に、大小様々な大きさの地球儀が並んでいた。表面は立体ディスプレイになっているようで、パリのエッフェル塔やローマのコロッセオなどの映像が表示されている。興味ある場所を凄まじい倍率で拡大表示できる商品のようだ。確かにこれはちょっと欲しくなる。
「でもね。
最近はこっちのほうが売れてるらしいよ!」
そう言いながら彼女が手に取ったのは、手のひらに乗るぐらいのサイズのグランドピアノだった。
「ミニチュア?」
「そーなの!
いっぱい種類があってカワイイでしょ!」
確かに階段状の陳列棚には、動物、日用品、乗り物など、様々な種類のミニチュアが並べられている。どれも良くできてはいるが、日本人の俺からするとガチャの景品にしか見えない。価格表を見ると、40cとか50cなどと書かれている。『c』は恐らく『セル』の略で、ポータリアンとの貿易に使われている通貨単位だ。後で分かったことだが、1セルは日本円でおよそ1000円。ガチャの景品に1個あたり5~6万円の値がつけられていることになる。地球からの輸送コストもあるだろうが、さすが観光地の商売はエグい。
「ロニャ~!」
その時、人混みの中から金髪の女性が現れた。
白いスーツを身にまとい、さっそうとした身のこなしでこちらへと近づいてくる。
笑顔が爽やかな美少女だったが、肌は黄色く、さらに頭部には2本の触角がはえていた。
『アンテラ人』だ。
ポータリアンは主にグレーネ人、アンテラ人、ボサッコ人から構成されているが、その中でアンテラ人はもっとも地球人に近い容姿をしている。しかも、ほっそりとした体型は繊細で美しく、身のこなしも優雅。地球人の遺伝子から無駄な要素を省いて、何万年かかけて洗練させるとこんなふうに進化するんじゃないかと思える種族だ。
「おひさ~っ」
笑いながら近づいてきた彼女も、ファンタジー映画に出てくるエルフのように美しさと可愛らしさを兼ね備えている。
「元気だったぁ?」
「もっちー」
気楽に挨拶を交わす様子を見ると、どうやら2人は親しい友達のようだった。
俺が呆けたようにアンテラ人の容姿にみとれていると、ロニャがバツの悪そうな顔をして近寄ってきた。
「紹介するね。
あたしの親友、ケーミン!
ケーミン、こっちは日本人の……ええと何だっけ?」
こいつ、俺の名前を忘れてやがる!
俺は一瞬イラッとしたが、すぐに冷静さを取り戻した。
外国人の名前を覚えるのは難しいものだ。ここは大人として寛容な態度をとらなければならない。
「……宮塚練馬」
「そうそう、レンマ!
レンマはねぇ、なんと誘拐されて月に連れてこられちゃったんだって!
マジウケるでしょ!」
ロニャはケラケラと笑い、また俺のイライラが沸騰しそうになる。
だが……じっと耐えた。
こいつの無礼さにいちいち反応していたら疲れてしまう。それは相手の思う壺だと……俺は悟りつつあった。
いっぽうのケーミンはただ優雅に微笑みを浮かべているだけだ。
さすがはアンテラ人。ロニャとは大違いで見惚れるほど品がある。
「というわけで、レンマ!
悪いんだけど、あたしちょっとケーミンと用事があるから、先に事務所に行っててくれる?」
ロニャが発した想定外の発言に、俺は呆然となった。
「はぁ?」
「目的地の事務所は、あっち! もう目と鼻の先だよ。
緑色のゴミ箱みたいな建物だからすぐわかるし、全然大丈夫!
つーわけで、あたしの業務はこれにて完了!
じゃね!」
彼女はそれだけ言うと、俺の返事など待たずに、アンテラ人と連れ立って逆の方向へと歩き出してしまった。
「完了してねぇだろ!」と突っ込む余地もなく、俺はこの見知らぬ土地で取り残されてしまったのだ。
=== 異星人 ===
ボサッコ人
身長は低く、全身が毛に覆われている。ぬいぐるみのように愛らしい。
感情変化が激しく、集団で感情を共有する。熱いバトルアニメが好き。
アンテラ人
男女ともに容姿端麗。地球人に似ているが肌は黄色く頭にアンテナがある。
コスプレ好き。競争心が強いため、推しキャラのために身を滅ぼすことも。
グレーネ人
小柄で灰色の肌。アーモンド型の大きな目。いわゆるリトルグレー。
知能が高くプライドも高い。アニメを小難しく論じるが、美少女アニメが好き。
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