第7話:泣きたいときは精一杯泣いとけ


貧民街らしいといえば聞こえがまだいい。ルトの拠点は昼間でも夜のように暗く、窓もないため、所々でカビが発生する。長期の依頼で留守にする際は、帰ってからが地獄のようなもので、すぐに掃除しなくてはいけなくなる。


召喚魔法の一件の前は、魔王の弱点を探るという長期の依頼だったため、ユノと出会う日まで、ずっと掃除をしていた。


「あんた、ここ売り払ってさっさと快適な場所に移り住めばいいのに」


この拠点には、認識阻害の魔法がかけられている。ゆえに、ここに来たいと強く願わなければ、辿り着けない。


しかし、どうだろう。ローザはほぼ毎日のようにここに尋ねに来るのだ。


「なぜ、お前はいつもいるんだ......」


「どうせ滅多に客は来ないからいいでしょ」


こんな風に毎日絡みに来ては、他愛もない話をして帰っていく。ハッキリ言って仕事の邪魔だ。それに、認識阻害は面白半分で来る客を寄せ付けないためのものだから、普通に仕事は来る。


だが、それは言わないことにしている。認識阻害魔法を使っててもやってくるという事は、それだけローザが俺を気遣ってくれているからだ。


いつものように向かいに座り、無言で一緒にレモンティーを飲む。今日もそんな日になると思っていた。


ドンドンッ!


ドアのノックが鳴る。いつも夜に来ることが多い客層にしては、珍しいことだと思った。


「......開いてますよ」


普段と違うことに警戒しながら、玄関に意識を集中させる。


……ユノだ。


「お久しぶりです、ルトさん」


「また一人で来たのか、今日はどうしたんだ?」


以前に貧民街で襲われそうになったばかりなのに、なんて無茶を。そんな風に考えていたら、ユノは勢いよく頭を下げてきた。

「お母さんのこと、ありがとうございました」


一瞬、時間が止まったかと思うほどの静寂が流れた。


彼女は知らない、父親が死んだことを。


「あの噴水前でルトさんからお金をいただいて。母はすっかり元気になりました」


ありえない、あの時、俺はユノの父親に返送していた。記憶からも完璧にトレースできていたはずだ。


「でも、ただもらうことはできないと思って......」


「ちょっと待ってくれ、君は噴水前でお父さんに会ったんじゃないのか?」


「......私も、最初はお父さんだと思ったんです。でも違いました」


「......何が」


漏れ出るように声を出した。いったい何が違ったのか、トレースは完ぺきだった。言葉遣いも、ユノへの態度も。何ら不自然はなかったはずだ。


「一つは呼吸の仕方ですかね、父の呼吸の仕方と全く違いました、もう一つは、歩幅ですかね、父はもう半歩遠かったです。それに、この呼吸と歩幅はルトさんのものだとわかったんです。」


絶句した。ただの勘では表現できない。圧倒的な観察眼や聴力、天賦の才とも呼べる才能。


「だから、お金はお返しします!ここで、働かせてください!」


危うい、真っ先に出た答えがそれだった。この道に引き込めば、才能は完全に開花する。それよりも、こんな危険な仕事を10歳の少女に強いるわけにはいかない。


「却下だ、足手まといになる。金は気にしなくていい」


これが最善だ


「あら、いいじゃない」


そう言ったローザは、ユノの頭を撫でると笑顔を向けてユノを安心させていた。


「ルト、女の覚悟に年齢なんて関係ないのよ。あんた、子供だからって言いたいんでしょうけど、失礼な話よ。彼女の眼には覚悟が映っているわ」


「だがな......」


「あなたが居ない時の部屋の掃除なんか、すごく助かるんじゃない?」


弱いところを突く、流石は武人というとこか。


「わかった、料理と掃除全般をお前に任せる。これを仕事としよう。ただし、この首飾りを持っていけ。認識阻害の魔法が込められている。安全にこの場に来ることができるだろう」


目をキラキラさせたユノは、何度も頭を下げた。


「良かったわねユノちゃん。私はローザ、これからよろしくね」


「はい!ローザさん!」


そう残して、ローザは帰っていった。しかし、重要なことを尋ねなくてはいけない。


「ユノ、父親のことは」


「死んじゃったんですよね......」


先に言われてしまった。分かっていたのか、言ってほしくなかったのか、無理やりな笑顔を見せていた。


「わたし昨日、家の横にお墓を作ったんです。元気になったお母さんと一緒に、いっぱい泣いちゃいました」


と笑いながら言うユノ。これだけでも、父親のことがどれだけ好きだったのかが、痛いほど伝わる。


「そうか、俺も、墓参りに行っていいか?」


「はい!お父さんも、喜ん...で、くれ.....」


そう言いかけて涙が光る。俺は、無意識にユノを抱きしめていた。


「大丈夫だ、大丈夫」


それはまるで、自分に言い聞かせるように......。

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