第1話:灰かぶりの情報屋

ステイル王国の外れにある、貧民街。その名の通り、貧しさと汚れ、闇が渦巻く場所。石畳は割れ、空気は淀み、昼間から喧騒と怒号が飛び交っていた。


そんな場所を、一人の少女が歩いていた。彼女の名は――ユノ。十歳。手にはくたびれた布袋、足元はすり減ったサンダル。その小さな目は、不安と決意を携えていた。


「……いるはずなんだ。“灰かぶりの情報屋”が……」


どんな情報でも金で買える。王族の秘密も、魔族の動向も。消えた家族の居場所すら――。


彼女が信じているのは、貧民街の住人すら眉をひそめる噂だった。父がいなくなったのは、一週間前の夜。買い出しに出たきり、何の痕跡も残さず消えた。 王都の衛兵は相手にしてくれず、母は病で床に伏せている。 ユノにできたのは、噂に縋ることだけだった。


「一体……どこにいるの……?」


ぽつりと呟いた声は、すぐにざわめきに飲まれた。その時だった。


「おい、嬢ちゃん。こんなとこで迷子かぁ?」


背後から、ねばつくような声が届いた。 振り返ると、油じみた服の男がニヤニヤとこちらを見下ろしていた。


「……ち、ちがいます……っ」


「へぇ、そうかいそうかい。ここは危ないから、おじさんが安全な所へ連れてってあげる」


逃げようとした足を、男の腕ががっちりと掴んだ。身体が強張る。声が出ない。心臓が跳ねたその瞬間――


「その子、私の連れなんです」


女の人の声がした。

振り向くと、路地の影からすっと現れたのは、一人の女性だった。

無駄のない軽装に、深い紅のマント。フードで素顔は見えないが、綺麗な顔立ちなのは分かる。


「な、なんだぁ……?てめぇが相手してくれるってのかよ!」


男が腕を振り上げる。 だが次の瞬間、女は向かってきた拳を体をずらして受け流し、腕を掴んで壁に投げつけた。


無駄のない動きに、ユノの目には綺麗とすら感じた


「……っあぐっ!?」


男の身体が石壁に叩きつけられ、どすんという音が響くと、そのまま動かなくなった。


ユノは声も出せず、ただ、呆然と立ち尽くしていた。

女は静かにユノを見て、フードをとって綺麗な顔を露わにしてから、笑顔を作った。


「……怖かったね。もう大丈夫。ほら、立って」


差し出された手に、ユノは反射的に手を伸ばした。


「あなたのお名前を、聞いてもいいかしら?」


「ユ、ユノ……」


「私はルーナ、貧民街の人間よ。」


その声は、暖かく、まるで母親のような優しさを感じた。ルーナは言った。


「こんなところでどうしたの?貧民街を一人で歩くなんて……。」


ユノは話すか少し迷った後、助けてくれたルーナを信じて打ち明けることにした。


「……灰かぶりの情報屋を、探してて……」


「……へぇ。灰かぶりの情報屋を……。」


ルーナは小さく笑い、ユノの手を引いた。


「ついておいで。……案内してあげる」


──そして、数分後。


連れてこられたのは、貧民街の中でも最も古びた酒場の裏階段。 軋む木の階段を登ると、古い扉が一枚。ルーナはノックもせず、そこを開けた。中には机と椅子が一つずつ。


書類の山、魔法で浮かぶ羽ペン、棚にずらりと並ぶ記録の本。

静かな空間だった。


ルーナは顔に手を当て、端麗な顔を引き剝がすと、青く淡い光を放って消えた。

その素顔は――優しくも冷たい、曖昧な目をした青年だった。


「ようこそ。灰かぶりの情報屋オムニシアへ」


「……えっ……?」


「さて、話を聞こう。……君は、何を“知りたい”んだい?」

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